第百九十四話 館
私たちが苦戦した腐竜を、ジルが息の一吹きで倒してしまった。
流石は本物の真竜……亜竜のゾンビとは格が違う。
とりあえず、私たちはジルとカナが目醒めるのを待った。
先に起きたのはカナだけど、ナイトメア姉妹を見るなりまた気絶してしまった。
そして、ジル。気がつくなりの開口一番がこれ。
「あの、腐れ二本脚はどうなりましたの?」
腐れ二本脚とか、聖女らしからぬ雑言を吐いている。
よっぽど飛竜がドラゴンと呼ばれるのが嫌だったんだろう。
「ジルのお陰で、もう灰しか残ってないよ」
「ふふふふふ……あんなのがドラゴンだなんて、おこがましいにも程がありますわ!」
飛竜が竜かどうかは、ジルにとって相当に根が深い問題みたい。
目の前に高く詰まれた灰を見ると、余計にそう思えてしまう。
「ねえ、ジル」
「なんですの?」
「前に私、あれ食らったんだよね……?」
「そうですわね」
そう、私は以前、ジルの《竜の吐息》を食らっている。ミスリルの服があったとはいえ、巨大な骨が灰になる程の火力だ。露出していた頭は消し飛んでいたはずだし、脚だって炭になって断裂していたはず。
どうしてあの時、私はぎりぎりで助かったんだろう。
「なんで私、生きていたの?」
「それはアリサさんが、『剣聖の能力』だって仰って……」
「そんなのあるわけないじゃない。あんなの、ただの強がりよ」
「うーん……」
ジルが両腕を組んで考える。
「おそらく、ですけど」
「うん」
「私、あの時は変身してましたわよね? 真竜に」
確かにジルは真竜になっていた。
吐息を吐いたのは、その後だ。
「うん」
「真竜に戻るのに、多大なMPが必要なんですの」
「うん」
「つまり、変身後の残りかすなMPで吐息を使ってしまって、威力がたいして出なかったのでは……と思いますわ。あの時は、調子に乗って《加速》も先に使ってましたし……」
そういう理由だったんだ。
そう言われてみると、確かに納得が出来る。
「でもさ……それって、変身しないで吐息だけ撃ってたら、私の事倒せてなかった?」
「……あっ……!」
ジルの頬を、汗が一筋伝って落ちた。
「ま……まあ、とにかく……今はもう『お友達』なんですから、過ぎた事はよろしいんじゃなくて?」
ごまかした。
普段のジルは切れ者なんだけど、たまにこういう間抜けをやらかす。
それが憎めないところなんだけどね。
§ § § §
「……それで、そちらのヴァンパイアさんたちは、どうしますの?」
ジルがナイトメア姉妹に問いかけた。
姉妹は少し悩んだ後、こう答えた。
「私たちはボスだもの……二階、いえ二階層のボス部屋で待ってるわ。また、遊びましょう……。そうよね、妹」
「そうね、姉様。多分、この後はまた三百年待ちかも知れないもの……。また遊んで欲しいわ。……あっ、今の《竜の吐息》は……なしでね?」
あの腐竜の末路を見た後だから、妹が予防線を張っていた。
いくら全力じゃなかったといっても、あの吐息の中、よく生きてたなあ……私。
「それじゃあ、またね」
「またね」
軽く挨拶をすると、姉妹は館へと飛び去っていった。
え……? あとで、もう一回戦うの?
「さあ、これでカナさんを起こせますわね。また気絶されたら面倒ですから」
実はもう既に一度起きて、ジルの懸念通りだったという事は伏せておこう。
「ほら、カナさん。起きて……!」
カナの頬を軽く叩きながら、ジルがカナを起こす。
目醒めたカナは、激しくびくんっと跳ね起きると、周囲をきょろきょろと見回して、はっきりしていない意識で私に尋ねてきた。
「ハッ……! アタシ、どうしてたんだ? ここは?」
恐怖のあまり記憶まで飛んでしまっている。
それ程までに、アンデッドが怖かったんだろう。
「カナ、ここは墓場迷宮で、今はレンちゃんたちを探してる最中よ」
「迷宮……?」
「そう。アンデッドたちが運営してる迷宮だって」
「ア……アンデッド……! アリサ、あの女のバケモンはどうしたんだっ?」
アンデッドと聞いて、今までの事を思い出したらしい。
女のバケモン……おそらく、ナイトメア姉妹の事だろう。
どう説明すればいいやら。
「いや、カナだって女の化けものじゃない」
「あんなのと、一緒にすんなよおーっ!!」
そこで、カナの肩にそっと手をそえてジルが優しい口調で説明した。
その代わり、大事な部分だけはぼかして。
「大丈夫ですわ。あのヴァンパイアでしたら、アリサさんが追い払いましたわ」
それを聞いてほっと胸をなでおろすカナ。
嘘じゃないけど、倒したって訳じゃないんだよね……。
どうせまた、館の二階で遭遇する事になるし。
……そう、館。それよりも大事なのは、館の事だ。
あの中にレンちゃんたちはいる。身の安全だけは保証されているけど、アンデッドだらけの場所で、きっと怖い思いをしているだろう。
だからこそ、早く助け出さないといけない。
「ジル、カナ。レンちゃんたちはあそこ。助けにいくよ!」
私は館を指差し、二人を促す。
ジルは錫杖を構え直して、力強く返事をした。
「承知しましたわ!」
「……」
カナの返事がない。
いつもなら、応と元気よく答えてくれるのに。
「カナ……?」
「ひっ……! やだあああああっ!!! あんな怖いトコ行けるかあああああっ!!!」
カナがまた泣き出してしまった。
今回は本当に、カナの戦力に期待が出来ない。
見たところ三階建てだけど、三階層分もカナの精神は持つんだろうか。
――私とジルは、嫌がるカナを引きずりながら館の中へと入っていった。




