第百九十三話 腐竜
大地を抉って現れたのは、腐竜――ドラゴンゾンビ。
巨大な飛竜が死した後にアンデッドと化した、恐るべき魔物。
飛竜ですら人の手に余る恐ろしい敵なのに、こういう時に頼りになるカナが、今回は気絶してしまっている。頼りにするどころか、倒れているカナを庇いながら戦わないといけない。
その大きさ、十五メートル。
今の状況で普通に考えたら、敵う相手じゃない。
「ねえ、あなたたち……なんて名前?」
「何百年も生きてて、もう名前なんて忘れてしまったけど……ナイトメア姉妹と呼ばれてるわ。それがどうしたの、剣士さん」
「あっちが姉で、こっちは妹でいいわ。剣士さん」
「わかった。ねえ、ナイトメア姉妹さん。ここは協力してあいつを叩かない?」
私は共闘を申し出た。
駄目で元々だけど、手段はそれしかない。さっき、『私たちまで殺すつもり』と言っていたから、多分利害は一致するはず。
「面白い事を言うのね、剣士さん。分かったわ、協力しましょう。いいわね、妹」
「いいわ、姉様。本当は敵だけど、手伝ってあげる」
交渉は成立した。
それと同時に、腐竜の尻尾が私たちに迫る。
私は大斬刀を地面に突き立て、ナイトメア姉妹を庇うように盾にした。
すぐに散開して、尻尾の範囲から逃げる。
そして、大声で二人に即興で立てた作戦を伝える。
「お姉さん! お姉さんは、飛んであいつの上まで私を連れてって!」
「分かったわ」
「妹さんは、腐竜の注意を引き付けて!」
「いいわよ」
二人共、作戦を快諾。
それから、私は一言付け加えた。
「……くれぐれも、怪我はしないでね」
「了解よ」
姉が私の所まで飛び、私を抱えると上昇。
妹は腐竜の周りを目立つように飛び回って、作戦通りに腐竜の注意をそらしてくれた。
「頭の上まで来たけど、どうするの? 武器がもうないでしょ?」
大斬刀は先程、地面に突き立てたままだ。
疑問符を投げかける姉に私は答えた。
「こうするのよ……! 《剣創世・大斬刀》っ!!」
私の手元にもう一本の大斬刀が現れる。
重さが急に増して少しバランスを崩すも立て直し、姉は艷やかに笑う。
「……やるじゃない、剣士さん」
そんなやり取りをしている間に、とうとう妹が腐竜に捉えられ、その骨で出来た尻尾を打ちつけられて弾き飛んだ。
「きゃああーっ!」
叫び声を上げながら、きりもみ落下していく妹。
すぐに腐竜を倒さないと、妹に追撃が来てしまう。
「私を思いっきり、あいつの頭めがけてぶん投げて!」
「分かったわ……いくわよ、せーのっ!」
姉は私を振り上げると、腐竜に向けて投げつけた。
凄い速度でその頭蓋に向けて飛んでいく私。大斬刀を構えて、全力で叩き込む。
大きな音を立てて、首の骨数本ごとその頭が地面に崩れ落ちた。
「「「やった!」」」
三人同時に喜びの声を上げる。
しかし……。
§ § § §
しかし、私たちの喜びは、数秒後に打ち砕かれた。
打ち崩したはずの頭や首が宙に浮き、みるみる間に元の位置へと収まった。腐竜は、また無傷の状態に戻ってしまう。
「……再生能力!?」
「お館様から聞いてないわ、そんなの!」
「お館様の意地悪!」
私たち三人の胸中を襲ったのは、絶望。
あれだけの打撃を与えても、勝手に治ってしまうなんて……。
妹は地面に座り込んで脱力し、姉は空中で唖然としている。
私も、もう打つ手なし……そう思った時。
今まですっかり忘れていた、もう一人の仲間。ジルが動き出した。
地面を強く、だんっと音を立てて踏み鳴らすと、その地面に亀裂が走る。
ジルは小さい声で呟きながら、怒りの表情をあらわにしている。
「……まったく……あんな飛びトカゲごときが『ドラゴン』ですって……? ……ありえませんわ。こんなモドキと一緒にされるなんて、真竜の誇りが許せませんわよ……」
独り言の内容が怖ろしい。
どうやら目の前の腐竜は、ジルの誇りを傷つけてしまったらしい。
ジルの技――《竜闘志》……本来の竜としての力を発揮するその技が、ジルの底知れぬ怒りで勝手に発動している。
「……ドラゴンだって言うなら、ゾンビなんかにされてるんじゃありませんわよ……! ……ああ、もう腹立たしい……!」
ジルは、もう何度か地面を踏み鳴らす。
《竜の力》によるそれは、一踏みごとに亀裂を広がらせた。
「このクソトカゲに、真の竜というものを見せて差し上げますわ!」
声を大きくして叫ぶジル。
「喰らいなさい! 《竜の吐息》!!!」
その攻撃名を宣言したと同時に、ジルの喉が煮えたぎるマグマのように赤く光り、次の瞬間……口から超高熱の炎が放たれた。
爆音を上げて、炎は腐竜を襲う。
声にならない断末魔の悲鳴を上げて、もがき苦しみながら崩れていく腐竜。
――十数秒後、私たちに絶望を与えていたはずの腐竜は、その形を微塵も残す事なく……灰の山へと姿を変えてしまった。これでは再生のしようもない。
「ふん! これが、本物の真竜の力ですわ!」
呆気にとられる私たち三人。
あれ程敵わないと思っていた相手が、わずか十数秒で灰になるなんて。
アンデッドで元から血の気がないはずの姉妹も、顔が青ざめてしまっている。
「これで邪魔者は消えましたわ。……ところで、アリサさん」
「う……うん……」
「MP切れ……ですわ……」
そう言うと、ジルはばたりと倒れてしまった。
うん……まあ、そうなるよね。