第十一話 御前試合
「御前試合?」
私は、素っ頓狂な声を上げていた。
御前試合なんて寝耳に水だ。
一体、何がどうして御前試合が行われるなんて話になったんだろう。
「はい。今期の実力試験は、御前試合形式になるみたいなんです。お姉様」
この事を教えてくれたのは、同級生で私をお姉様と慕う子の一人、エンタちゃん。この世界では珍しい色眼鏡をファッションとして頭にかけて、制服を怒られない程度に着崩してるお洒落な子だ。
彼女は、日本にも学年に一人はいた、いわゆる『情報通』
校内の噂を見つけては広める。そんな子だ。
「御前試合っていうと、偉い人が来るのよね? 一体誰が来るの?」
「なんと! 王太子ですよ、王太子!」
両手を頬の横で合わせて、嬉しそうに答えるエンタちゃん。
「王太子殿下が、試合をご覧になりたいと仰ったんですよ!」
騎士学校では、日本と同じように中間、期末の試験がある。
日本との違いは、ここで成績が悪いと『騎士として不適格』と見なされて、退学になる事だ。
そのため、試験の内容は生徒の誰もが気になっている。そこにエンタちゃんが持ってきたこの情報だ。当然、休み時間の教室がざわめく。
私にとっても、試合で勝ち進めば進級というのはシンプルでいい、けど……。
「王太子殿下ねえ……」
半人前ばかりの騎士学校の試験なんかを、わざわざ王太子殿下が見にいらっしゃるというのは大げさ過ぎないかな。
ちょっと呆れた私の表情を見て、エンタちゃんがお喋りを続ける。
「だって、王太子殿下ですよ! もし、御前試合で好成績を残して、殿下にお目に止まったら……次期国王の側室になれるチャンスかも知れないんですよ!」
興奮して私の机をばんばんと叩くエンタちゃん。
「私たちは皆、下級貴族の次女、三女に生まれて……そのせいで、結婚相手に恵まれなくて、『とりあえず』騎士学校に来た訳じゃないですか! たとえ側室でも王家に嫁げるって、凄い玉の輿ですよ!」
「顔が近いよ……」
「あ、すみません。興奮してしまって」
興奮するのは分かる。確かに皆が玉の輿を狙うのも分かる。
事実、エンタちゃんの『玉の輿』の言葉に、周りの女子が一斉に黄色い声を上げたんだから。
でも、私としては『戦隊』……いや、『冒険者』になるために、第何王子とやらの縁談を断ってこの学校に来た訳だから、皆が思い描くような旨味って全然感じないんだよね。
そんな気持ちが、思わず口からついて出てしまった。
「でも……御前試合の成績でお嫁さんを決めるって、どんな武闘派王子よ?」
ちょっと意地悪を言っちゃったかもしれない。
少し後悔して訂正しようとすると、エンタちゃんはこう言い返してきた。
「いいえ、わざわざ学生ごときの芋試合をご覧に来られるんですよ! これは絶対、側室探しに決まっていますよ!」
この子、言い切っちゃったよ。
エンタちゃんの強い言葉に、教室内ではもう一度黄色い歓声が上がった。
§ § § §
それから試験までの一週間。
少なくとも女子の間では、王太子殿下の話題で持ちきりだった。
私としては、お姉様と慕って囲ってくる子が減って、王太子殿下に感謝な訳だけど、彼女たちは真剣そのもの。本当かどうか分からないけど、王家側室への道が開けるかもしれないって話だから。
私が冒険者を目指していなかったら、飛びついていたかもしれないし。
こう見えても、私だって女の子。前世での小さい頃は、白馬の王子様に憧れた事もある。
いや、本当に。
格好いい戦隊のレッドが、格好いい戦隊マシンに乗って、私を迎えに来る……なんて夢を見た事もある。
こうして一週間は平穏な日々を過ごせた。王太子殿下様々だ。
あとは万が一、噂が本当だった時のために『王太子殿下に目をつけられないよう、適度な成績を残して、適度に進級』を目指すだけ。
あの時のシュナイデンのような不正行為でもない限り、私には誰も勝てないというのが現状なので、どこで負けるかが重要になってくる。
……頑張って、負けよう。
わざとらしく見えないように負ける練習もしなくちゃ。
私の日課に『自然に負ける練習』も加わった。
……そして、それをエンタちゃんに見られて「お姉様がご乱心、転ぶ練習をしている」と噂になってしまったのは、ご愛嬌。
§ § § §
――御前試合当日。
いつもの演習場とは別の場所に闘技場があり、そこで試験が行われる事になった。観客席と呼べるような場所には、教官各位、今日は試合がない学年の先輩方、それに御前試合の噂を聞きつけた生徒たちの家族が座っている。
来場している家族は近隣の領の人たちばかりで、私の家族までは来なかった。仮に便りを送っても、試験日までに届くはずもないし、来られたとしても傷痕だらけになった姿を見られて、心配させてしまう。
こんな姿を見られたら多分、領に強制送還……なんて事もあるかも知れない。
だから、誰も来なくて良かったと思っている。
しばらくすると、すでに賑わっているこの試験会場に、更なる歓声が響く。
――王太子殿下のご到着だ。
車輪と蹄鉄の音が鳴り響き、次々と馬車が到着する。
最初の馬車から降り立ったのは、真鍮色の鎧に赤マントをたなびかせた隊長らしき正騎士。
後に続く馬車からも何人もの正騎士たちが降りてきた。
さらに後続の馬車からは、メイド姿の侍女がずらりと現れる。
最後に一際大きく豪華な金銀の装飾が施された、真っ白な馬車――まさに『王子様の馬車』といった外観の馬車が停まり、先の騎士たちの手によって仰々しく扉が開けられると、中から現れたのは――。
一言で言ってしまうと、もの凄いイケメン。
すらりとした長身を白い軍服で包み、端正な顔立ちに、青い瞳と非常に珍しい青の髪を備えた美男子。髪色に合わせた青の装飾も、涼やかな姿に映える。
理想の王子様像をそのまま現実に落とし込んだような出で立ちの、紛う事なき王子様がゆっくりと降車した。
放つオーラすら見えそうな、王族の気品と気迫を醸し出している。
そんな王太子殿下が、侍女と騎士たちを従えて颯爽と貴賓席へ向かった。
普通の観客席より数段高い貴賓席。これから始まる試合を一望出来るその場所に到着すると、騎士、侍女たちが左右に広がって待機する。
王太子殿下が一歩前に出ると、それまで響いていた観衆の声がぴたりと止み、下にいる生徒全員が殿下に剣礼――剣を胸元に構えて一礼した。
勿論、私も剣礼をする。
帯剣していない来賓や教官も、手をかかげて敬礼している。
そこに王太子殿下の激励の一言。
「シュトルムラント王国第一王子、ワルツ・ギル・フォン・シュトルムラントである! 皆、存分にその力を発揮し、日頃の鍛錬の成果を見せて貰いたい!」
そして、王太子殿下が着席されたと同時に、彼を讃える大きな歓声が上がる。王国万歳、王太子殿下万歳と言って両手を挙げる来賓も沢山いた。
ただの騎士学校の一試験なのに、王太子殿下が主役の一大イベントになっている事に思わず苦笑いしてしまう。
「本当に王太子殿下、来ちゃったね……」
「ですから、言ったでしょう……お姉様」
「本当に武闘派だったりして?」
「それなら本当に、側室になれるチャンスですよね……」
激しい歓声の中で、私はエンタちゃんと噂が本当だった事を確認し合っていた。
勿論、疑っていた事は後でエンタちゃんに謝ったけど。
§ § § §
試合が始まる。
入学当初の酷い開墾合戦こそなくなったものの、どの試合も素人同士の打ち合いで、とても退屈な試合展開となっていた。
王太子殿下も貴賓席の上で、時折あくびをしている。
騎士学校の試験なんてこうなる事が分かっているのに、どうして王太子殿下はわざわざ試験を見にいらしたんだろうと不思議に思っていると、ようやく私の出番がやって来た。
緒戦の相手は、カットマン男爵子息。
カットマン家は王都より北に領を構える古参の貴族で、八十四人も息子がいて、彼はその六十四男らしい。戦隊に出てくる敵戦闘員並の子沢山領主……って、子沢山にも程があるでしょ。
子息は例によって、両手持ちの大剣に頑丈な全身鎧。
対する私は、制服に魔法で出した刃引きの片手剣。
私と子息は互いに舞台に上がり、中央まで歩み寄って剣礼をした。
「始め!」
教官の号令と共に、私は駆け出す。
「三蓮げ……ヒイッ!!」
遅い!
スキル宣言をしようとする子息の腹を、刃引きの剣で殴りつける。
吹き飛ぶ子息。
わずか数秒、試合は一撃で決まった。
とりあえず緒戦は勝った。あと一、二回も勝ち抜けば、退学はないかな。
……教官が右手を高らかに上げて宣言する。
「アリサ・レッドヴァルト――反則負け!」
ええええっ!? 反則負け? なんで――!?
「待たせたな!」
やっと、再始動です。本当にお待たせしました!
次回は12月8日頃(勿論、年内)を予定しています。