第百八十八話 墓地
少女が治り始めて、もうすぐで二週間が経つ。
オオカミだった部分は完全に消え去って、その歳の子供らしく元気に遊ぶようになっていた。
今では同い年の子と、村中を駆け回っている。
ほとんど完治したと言っても、差し支えのない状態だった。
「もう、安心ね」
「ですわね……明日にでも《軽癒》をかけて、安定させましょう」
獣人化がぶり返さない事を確認して、再発防止に念のため《軽癒》を使うのだとか。そうすれば、本当の意味で完治となる。これで私たちの心配事もなくなって、ようやくゾディアック捜索の範囲を広げる事が出来る。
一応、少女の経過を見ながら、何度か一、二日で行き帰り出来る場所を選んで、情報が入った場所には向かったけれど、どれもハズレ。行動範囲を広げないと手詰まり、という状況に陥っていた。
多少、捜索は滞ったとしても、少女が快方に向かうのは嬉しかった。
§ § § §
翌日、この村を出発する準備をして、少女の家へと赴いた。
すっかり人間に戻った少女の体を、ジルが検査する。
どこも普通の女の子である事を確認すると、聖句を唱える。
「《軽癒》――」
少女の体を光が包んで、これで治療は完了。
やっとジルの肩の荷が下りた。
面倒な検査の中、遊びたくてうずうずしていた少女を送り出す。
「さあ、遊んでいらっしゃい。……でも、あまり遠くに行ってはいけませんわよ?」
少女は友達と一緒に、外へと走っていった。
「私たちは、夕ご飯を食べてから出発しましょう」
「え……、今からじゃないの?」
「だって……ここのギルドのお食事、凄く美味しいんですもの!」
ジルの未練は、少女の事だけじゃなかった。
ここでの食事……それは、この村におけるジルの最大の楽しみだった。
今日はギルドからの報告もないし、少しはゆっくりしてもいいかな。
§ § § §
――夕方。
ジルがまるで最後の晩餐かのように、ちびちびと惜しみながらご飯を食べている。日がある内に食べ始めたのにもかかわらず、すっかり外は暗くなっていた。
「今日で、このギルドのご飯ともお別れですわ……」
「いくらなんでも、時間かけ過ぎでしょ」
「でも……でも……だって……」
言い訳をしながら、おかわりを続けるジル。
ここのギルドマスターの料理は本当に美味しいから、気持ちは分からないでもない。もうちょっとだけ、食べ終わるのを待ってあげよう。
……と、そこに少女の母親が、血相を変えて飛び込んできた。
「あ……あの、娘が……娘がこちらに来ていないでしょうか!?」
母親は酷く狼狽した様子で、息を切らせながら聞いてくる。
辺りはもう夜、子供はもう帰っていないと心配される時間だ。私も昔、これくらいの時間に帰って、父上に怒られた事を憶えている。
「どうしたんですか?」
「レンが……レンが、帰ってこないんです!」
レンとは少女の名前だ。
「今までこんな事……なかったのに……」
心配のあまり、とうとう母親は泣き出してしまった。
ジルが彼女の背中をさすってなだめている。
「どこに行くとか、言ってませんでした?」
「あれから、すぐに帰ってきて……それから、また友達と出かけて……。二人で墓地へ探検に行くって言っていました」
「墓地……」
墓地なんて、村の中にあったかな?
私が首をかしげて思い返していると、カナが母親に聞いた。
「そ……その、墓地ってーのは、どこにあるんだ?」
「村外れの森の……隣です」
村外れの森……。前に少女が遊びに出かけて、病気にかかった場所だ。
しかも今は夜。魔物が跋扈し始める時間だ。
「森の隣って……村の外じゃない! 夜だし早く行かないと、魔物とかも出てきちゃう!」
私は食べかけの夕食もそのままに、飛び出そうとした。
しかし、カナが私の裾を掴んで言う。
「な……なあ。本当に、行くのか?」
「行くに決まってるでしょ。カナも用意して!」
「どーしてもか? 朝になってからじゃ、駄目か? ……ホラ、夜って見通し悪いだろ。朝になってから探した方が、見つかりやすいんじゃね?」
カナはまるで、これから助けに行くのを反対しているよう。
何か考えでもあるんだろうか。
「それじゃ、手遅れになっちゃうかも知れないじゃない」
「だ……だよな?」
口に骨付き肉をほおばりながら、両手に料理を一杯に持ったジルをむりやり引っぱって、すぐに少女を探しに出発。
「待ってて下さい。必ずレンちゃんを連れ戻します」
母親に力強く宣言して、私たちはギルドを後にした。
「さあ、ここからは私たちのヒーロータイムの始まりよ……!」
§ § § §
「ところで、ジル。墓地なんてあったっけ?」
墓地へ向かう道すがら、私はジルに尋ねた。
ジルは、何故そんな当たり前の事を聞くのかという顔をして答える。
「ありましたわよ。熊草……劫温草でしたっけ? あれを探した時に、行きは森で隠れてましたけど、帰りで見ましたわ」
「へー……。これでレンちゃんが助かるって思ったら、森の近くに何があるなんて私、全然気にしてなかったから……」
言われてみれば……程度でしか思い出せなかった。
確かにそれっぽいものがあったかも知れないような、そうでもないような。
ジルは呆れたような笑顔で私を見つめ、やれやれといった口調で話した。
「アリサさんは、そういうところがありますわね。人助けの事となると視野が狭くなるんですもの、そこは気をつけた方がよろしいですわ」
「ごめん……」
話している間にも、墓地に到着。
確かに、森に隠れるようにして墓地があった。
いくつのも墓石が乱立し、管理棟だろうか大きな洋館が奥に見える。
「結構、雰囲気あるわね」
「ですわね。アンデッドでも出そうな感じですわ」
「ねえ、ジル……それ、わざと言ってない? そういうのって、『戦隊』では言うと出るのよ」
「奇遇ですわね、異界の英雄譚でもそうですわ」
やっぱりわざとだった。
とはいっても、私たちの会話はあくまで冗談で、早々簡単には……。
「出た!」
いくつもの墓から次々と、骸骨が這い出す。
スケルトン――アンデッドの一種。白骨死体に悪霊が憑依した魔物だ。
「きゃああああーっ!!!」
アンデッドの登場と共に、絹を引き裂くような乙女の悲鳴も同時に聞こえた。