表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
228/290

第百八十七話 万丹丸

「その通り。ここにある草こそが、熊草でありライオン草でありコンドル草。獣性を抑える秘薬、劫温草(ごうおんそう)ぞ。さあ……持ち帰るがよい!」


 マンティコアはにやりと笑みを浮かべ、顎で私たちに採取を促した。


 必要な草が、たったの一種類だった事に驚く私。

 ジルは納得したかのように、顎に手を添えうんうんと頷いている。


「どういう事なの……ジル?」


「つまり、本当はたった一つの材料で済むものを、三つという伝説にこだわったせいで誰も作れなかった……という事ですわ」


「そんな単純な話なの?」


「そんな単純な話ですわ」


 つまり万丹丸(まんたんがん)という薬は、この劫温草だけで作れるって事かな。一刻も早くと考えている私には都合がいいけど。


 ……それと都合がいいといえば、気になる事がある。


「ところで、ジル。人狼病(ライカンスローピイ)にかかった患者のすぐ近くに、その薬の元があるなんて……ちょっと、都合良過ぎない?」


異界の英雄譚(ラノベ)あるあるですわ。そうでもしないと、お話が続きませんもの」


「えー……。ラノベならそうかもだけど、これって現実でしょ?」


「まあ、女神(あの女)が創ったこういう世界ですもの。ご都合主義でもなんでも、薬が見つかるのはいい事ですわ」


 うーん……、なんだか釈然としない。


「それとも、あの子が助からなくてもいい……とアリサさんは仰いますの?」


「そうは言わないけどさ……」


 必要な草がこんなに都合よく生えているのは、きっと何か裏とか、理由があると思うんだけど……。


 なんとなく合点がいかない中、マンティコアの好意で劫温草を摘ませて貰った。

 近付いてみると癖のある匂いがする草で、試しに少し噛むと凄く苦い。


「うわっ……苦っ!」


「伝説によると、そのままでは食べれませんわよ」


「先に言ってよ」


 とにかく、必要な分を三人で集めた。

 二、三百本程採集したあたりでジルが、こんなものですわねと止める。

 一人の子供を治すだけなのに、結構な本数が必要で驚く。


「これをすり潰して、煮詰めて丸薬にしたものが万丹丸ですわ」


 一人仕事終えたという仕草で、汗を拭うジル。

 そこに、私たちの採取を最後まで見届けたマンティコアが告げる。


「それでは行くがよい、人の子らよ。必要になったら、いつでも訪れよ」


「ありがとうございます」


 私がお礼を言うと、マンティコアは翼を広げて飛び去っていった。

 熊も、いつの間にかいなくなっている。

 魔物だからと無益な争いをしなくて済んだ事に、私は安堵した。


「話が分かる魔物でよかったね」


「そうですわね。これも劫温草の持つ、獣性を抑える効果のおかげかも知れませんわね?」


 言われてみれば、そうかも知れない。

 いつもこの草を食べているから、熊もマンティコアも穏やかだったんだ。



    §  §  §  §



 目的の草を手に入れて、村まで戻ってきた私たち。

 しかし、ジルは腕を組んで、頭を悩ませていた。


「うーん……ええと……」


「どうしたの、ジル」


「手に入れたはいいんですけど、この草……凄く苦くて臭いんですの」


「そうね」


 集めている最中に味見をしたけど、かなりきつい味だった。

 苦いというか、えぐいというか……もう一度味わえと言われたら、お断りしたくなるような酷い味。


「薬にするのに煮詰めると、もっと臭く、苦くなりますわ」


「苦いと困るの?」


「飲ませるのは子供……ですわよ?」


「あっ……!」


 そうだ、飲むのは少女。

 苦くて臭いものなんか、飲みたがらないだろう。


「ですから、悩んでますの。せめて甘ければ……」


「甘ければ……?」


 私はひらめく。そうだ、あれを使おう。


「ねえ、ジル。私の背嚢(バックパック)出してくれない?」


「構いませんけど、はい」


 ジルは胸の《次元収納(アイテムボックス)》から、するりと私の背嚢を取り出した。


「でも……なんに使いますの?」


「ええと……、あった!」


 私は、とても小さな瓶を取り出した。

 蜂蜜だ。


「なんですの?」


「蜂蜜。ほら、ちょっと前に私の領の迷宮(ダンジョン)に行ったでしょ?」


「行きましたわね」


「その時、コボルトから買っておいたの。……これなら、なんとかならない?」


 金貨一枚、日本円にして一万円分。

 50ミリリットルにも満たない量で、そのお値段である。

 でもこれで少女が助かるなら、安い買い物だったと本気で言える。


 私は迷わず、ジルにその小瓶を差し出した。


「確かに……これなら、いけますわね!」


 これで少女が助かるという嬉しさに、二人で手をつなぎ飛び跳ねてしまった。



    §  §  §  §



 劫温草は臭いので、ジルが外で煮詰めて成分を抽出し、それを魔法で丸薬に固めた。そして、その丸薬に蜂蜜を何度も塗り、それも魔法で固める。


 煮るのと固めるので、あわせて三日三晩もかかっている。

 何日も徹夜で煮詰めて、数百本の草花がわずか数ミリの丸薬に凝縮された。


「ふう……、忘れてなくてよかったですわ。《凝結(コアギュレーション)》の魔法」


 ジルがそう独りごちると、万丹丸が完成。

 さっそく少女に飲ませてあげた。


 苦しそうに呻いていた声が嘘のように静かになり、荒かった息も少しずつ安定していく。数十分後には、熱で真っ赤だった肌も元の色に戻っていた。


「凄い効き目ね」


「それはもう、『伝説の』秘薬ですもの。効いて貰わなければ困りますわ」


 ジルは少女の額をなでながら言った。

 その表情は、まさしく慈愛に満ちあふれた聖女のそれだった。


「治るといいね」


「ええ」


 少女の安らかな寝顔を見て、私たちも休みを取った。



    §  §  §  §



 それから、数日。


 少女は普通に歩けるようになり、牙や犬のような鼻先は縮み、獣の耳も小さくなっていた。体の所々を覆っていた剛毛も少しずつ減っている。


「治ってきたね」


「それでも安心は出来ませんわ。経過を見る必要がありますもの」


「どれくらい?」


「そうですわね。完全に獣の部分が消えるまで……二週間程でしょうか」


 前にジルが助けた盲目の少女、アミちゃんの時のように経過観察が必要らしい。

 私たちは、少女が完全に治るまで、この村に滞在する事になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ