第百八十二話 次の地へ
毒月光はそのまま王都へと護送された。
毒蜈蚣の時のように、騎士団による取り調べがあるらしい。
クレオは、お兄さん――クジョウとやっと再会。
一年に一度は逢う約束をしていて、だからこそクレオがこの領で暮らしているのだとか。
クレオは樹海に入ってから、三日間もゾディアック軍に追われ続けたという話。彼女が妹である事を調べ上げて、森で待ち伏せをしていたって……ゾディアック、なんて暇人……いや、なんて執拗な。
街で誘拐すれば、もっと早かったのに。
本当にゾディアック軍はお間抜けさんが多い。
森に奴らの残党がいたら大変だから、兄妹は二週間ばかりギルドに保護して貰う事になった。その間のクジョウの代わりは、カナと私で請け負い、ゾディアックの残党探しもする手はずに。
思いがけず、私が最初に予定した通りになった。
それから二週間、森を駆け巡って魔物を退治。カナもすっかり『狩猟者』の勘を取り戻した。……ゾディアックの残党はというと、一人もいなかった。毒月光と二十人で全てだったみたい。
§ § § §
充実した二週間を堪能した、私とカナ。
久しぶりに領主官邸に戻ると、そこには……すっかりお姫様気分になっているジルの姿が。中庭に設えたテーブルにお酒を置いて、ロングチェアで日光浴をしていた。
私を差し置いて、女領主の貫禄を見せつけている。
……いや、領主は私だから。
そんなジルのチェアをひっくり返して、私はジルに告げた。
「ほら、ジル! もう行くわよ」
「行くってどこにですの?」
「次の旅に! こんな所にまでゾディアックの魔の手が来たんだから、他の領も狙われてるかも知れないじゃない」
剣聖領にもゾディアックが来ていた。
もしかしたら国中何かしら、ゾディアックの手が及んでいるのかも。
カナの話によると、故郷レッドヴァルトは大丈夫だったらしいけど。
なんでもカナが捕まったのは、待ちきれなくなって私探しの旅に出た時だったとか。
「だって……アリサ、三年経っても帰ってこなかったじゃん」
それは全面的に私のせいだ。
カナ、寂しい思いをさせて本当にごめん。
ただ、その大丈夫というのも、カナがレッドヴァルトを出るまでの話だから……今はどうなっているのかは分からない。故郷にも立ち寄って、両親や妹の無事も確認しないと。
期せずして、ジーヤたちの無事はここで見る事が出来た訳だけど。
「ゾディアックにはまだあと三人も騎士がいるんだから、こっちから叩きに行こう!」
「えー……面倒ですわー……」
「ジルだって、ここに居続けても信者は増えないでしょ?」
信者をちらつかせたら、ぶうたれながらも渋々旅支度を始めてくれた。
彼女にとって信者は命の源だからね。
私たちの話をいち早く聞きつけて、ジーヤがアスナ、テラソマ、デルマの三人を呼んできてくれた。昔から気の利く執事だった。
「皆はどうする?」
私の問いに、デルマが首を横に振る。
彼は、私とカナがいない間、何度か迷宮に挑戦していたのだとか。
地下階層のボス、ヴィルギスとすっかり好敵手になり、切磋琢磨の相手となったらしい。
ヴィルギスとの一対一……召喚師相手に一対一というのも変だけど、彼との決着がつくまでは領を出たくないという話。戦いを好む魔族らしい返事だった。
次にテラソマ。
「わたしは、そろそろ湖に戻りますのー。生まれ故郷ですものー」
すっかり忘れていたけど、彼女は人魚。
本来なら悠々と湖を泳いでいるはずの彼女に、ずっと人間の姿で旅をさせるのも負担だし、何より彼女は群れの長でもあった。長としての責任もある。
結局、ついて来てくれるのはアスナだけとなっていた。
§ § § §
「では……いってらっしゃいませ、お嬢様。旅のご無事をお祈り申し上げます」
ジーヤたちに別れを告げて、馬車で三日。
乗り合い馬車と違って、専用馬車は直線距離で到着した。
――領堺の宿場町。
この領での冒険は、ここから始まった。
アスナと出逢ったのもこの町だ。
ここに来ると、色々と想い出も蘇ってくる。
「それじゃあ、私もここでお別れだね」
アスナが唐突に別れを切り出した。
私に向けて手を差し出して、握手を求めている。
「えっ……?」
「ほら、私って領付きの騎士だから。領から出る訳にはいかないんだ……ごめんね」
その一言で気付かされた。
そう、彼女は私の騎士ではなく、領の騎士。
領を守る役目があるから、私たちと一緒に旅をする訳にはいかない。
「だから……私の旅はここまで。また、この領に来てくれたら……今度もアリサの事、守るから!」
「うん……」
握り返したアスナの手は、とても大きかった。
「じゃあ、私がいない間……領の事、お願いね?」
「任せてよ!」
別れの寂しさに、泣きそうになるのを堪えながら強く握りしめる。
ひんやりと冷たい手から、アスナの心の暖かさが伝わってくる。
「またね、アスナ」
「またね、アリサ」
アスナも抜けて、また三人旅になった。
私たちが街を出た後も、アスナはずっとその大きな手を振り続けて、見送ってくれていた。