第百八十一話 毒月光
二十人のゾディアック兵が私たちを取り囲む。
沢山の雑兵が次々と襲ってきて、ばったばったと倒すこの展開。これは……完全に『戦隊の雑魚バトル』だ! 私の夢がまた一つ叶った!
……と思ったら、一分もかからずに戦いは終わってしまう。
気がつくと、気絶したゾディアック兵の山が出来上がっていた。
一人あたり三、四人じゃ少なすぎる。
戦隊の雑魚バトルなら、一人につき十人ずつは倒さないと物足りない。
いくらなんでも、歯ごたえがなさ過ぎた。
「えっ……、これだけ?」
「そんなバカな! ゾディアック軍の中でも、選りすぐりの精鋭二十人ですよ!?」
「ええー……。私たちを倒したかったら、最低でも百人は連れてきなさいよ」
本当に、百人は欲しい。
そうでないと、私が夢にまで見たあの光景が再現出来ない。
「ぐぬぬ……二本角の魔族なんか、普段は十人もいれば制圧できますし……こんな所に『剣聖の姫君』が来るなんて、想像もしてなかったんですよ……!」
ゾディアック獣人は愚痴を零し出した。
「それもこれも全部、キサマが悪いんですよ……クジョウ! のらりくらりと樹海の中を逃げ回って、中々捕まってくれないから……!」
耳を貸していると、とうとう責任転嫁まで始めてしまった。
普通に考たら、捕まって角を折られて奴隷にされるとか誰だって嫌でしょ。
私はため息をついて、魔法剣を獣人にかざした。
「とりあえず、観念しなさいトカゲ獣人! ここからは私のヒーロータイムよ!」
「ト……ト……トカゲエエェェ!? 俺は帝国五騎士が一人、毒月光……ヤモリ獣人ですよ!! 気持ち悪いトカゲなんかと一緒にしないで下さい!」
「大して変わんないでしょ……」
「ぐぬぅ……言ってはならない事を。もう、許しませんよ!」
獣人、改め『毒月光』が、私に襲いかかって……。
§ § § §
……来なかった。
全速力で近くの木に走り、その木をよじ登っていく。
ヤモリ獣人を名乗るだけあって、するすると器用に上昇していった。
慌てて追いかけはしたものの、既に彼は手の届かない高さにいた。
十数メートルの高さまで登ると、毒月光は私たちに向かって言い放つ。
「どうですか? これなら、キサマらの武器は届かないでしょう?」
「届かないでしょう、って……あなたはどうすんのよ?」
「こうするんですよ! フッ――!」
彼が頬を膨らませた後、片手を添えて息を吹く仕草をすると、光るものが私の顔をめがけて飛んできた。
咄嗟に左肩のマントで弾き返す。
「これは……?」
何か小さなもの――光り方や弾いた音からいって、金属製の何か。
その光る何かをジルが拾い、《千里眼》で調べる。
「これは……! 吹き矢ですわ!」
「え……、吹き矢……? 吹き矢ってこんなに飛ぶの?」
吹き矢なんて数メートル、どんなに届いても十メートル程度だ。
私の疑問に、木の上の毒月光が答える。
「フハハハ! そうです、毒吹き矢ですよ! 獣人化によって強化した肺で、撃ち出す射程はなんと二十メートル! これで、一方的に暗殺される怖ろしさを味わうがいいですよ! フッ、フッ、フッ――!」
私に向けて、何度も吹き矢を飛ばしてくる毒月光。
そのたびに私は右左へと避ける。
「なんて姑息な……」
仮にも騎士を名乗っているのに、届かない場所から吹き矢とか……かなりせこい戦い方だ。カナが憤り、毒月光に向かって思いきり叫ぶ。
「降りてこい、このトカゲ野郎!」
「トカゲなんかと一緒にするなと何度言えば……! そこの魔族女も許しませんよ、死になさい! フッ――!」
今度はカナに吹き矢が飛ぶ。
カナはそれを避けもせず、その体で受けてしまった。
「危ない、カナ! ……ってあれ?」
「おい、アリサ。忘れたのかよ? 魔族に普通の武器は効かねーんだ」
「あ、そうだった」
カナたち魔族には、魔法か魔法の武器しか効かない。
当然、ただの毒矢も受け付けない。
「毒が効かないなんて、卑怯ですよ!!」
「オマエが言うな」
叫ぶ毒月光に、カナがもっともな反論を返す。
毒月光は、ずっと木の上から動かないで吹き矢だけ。卑怯なのは彼だ。
でも、だからこそ……私たちの攻撃も届かず、膠着状態になっている。
「ですが……、どうです? キサマらだって手も足も出ないでしょう?」
「そこで待ってなさい……必ずやっつけてやるから!」
「来れるものなら、来てご覧なさい!」
吹き矢のために下にしていた頭を反転させて、お尻を向けて叩いてみせる毒月光。完全に私たちを挑発している。
しかし……彼は知らなかった。
私の特技が何なのかを。九年間、どこで修行していたのかを。
「はっ……!」
気合一閃、私は毒月光の止まっている木の、隣にある木を蹴った。
蹴り上げると、次は毒月光のいる幹に足をかける。それも即座に蹴り上げて、隣の木へ――壁キックと呼ばれる技だ。空手では三角跳びと言われている。
「なんすか、ソレェ!」
驚きのあまり、毒月光が声を張り上げた。
驚いている隙にその高さまで壁キックを繰り返し、最後の一蹴りは毒月光そのものを蹴りつけた。
「おわぁぁっ!?」
木から引き剥がされ、私に踏みつけられた状態で落ちていく毒月光。
「ゴホッ……オオッ……!」
足と地面に挟まれ、悲痛な声を上げる。
「くそっ……。薄汚い地面に引きずり下ろされたのは、 初めてですよォ!」
そして、痛みの残る腹を押さえながら毒づいた。
どんな悪態を吐こうが、地面にさえ落とせばただの獣人。
六人がかりで袋叩きにした。
あれ……?
戦隊の怪人バトルって、もっと華麗で格好いいものじゃなかった?
五人で協力して強力な悪と戦う、みたいな。
今やってる事って、明らかにただの袋叩きなんだけど……。
§ § § §
ようやく再会し、抱きしめ合う兄妹の後ろで、私は毒月光をロープでふん縛っていた。これにて、一件落着……で、いいのかな?
多人数での雑魚バトル、力を合わせての怪人バトル……と夢が叶ったはずなのに、なんだか釈然としない。どうしても、不完全燃焼という気持ちが拭いきれないでいた。
「何を不満そうな顔をしてますの?」
ジルが私の肩に手を添えて、尋ねる。
「感動の兄妹の再会……ここは、笑顔で見つめるシーンですわよ?」
「わかってるってば。でも……あー、もう!」
苛立ちが拭いきれなかった私は、毒月光の登っていた木を蹴りつけた。