第百八十〇話 樹海
パーティごとに別れて、ジャングルとしか思えない樹海へと入っていく。
シダや菩提樹が鬱蒼と繁る森の中を、大きな葉や蔦をどかしながら捜索を開始。夏でもないのに、心なしか暑く感じる。
入って数時間。この樹海ではまだ、魔物には遭遇していない。
結構奥まで入り込んだと思うけれど、それでも危険な生物との戦闘には、一度も陥っていなかった。
猿や森林オオカミなどの動物は存在するものの、彼らは人間を見ると逃げていく。つまり、危険な魔物の類ではない。
という事は、まだ『狩猟者』がこの森にいて、活躍しているという事だ。
ゾディアック帝国に『狩猟者』が捕えられた後なら、安全に森の中を進む事なんて出来ないはず。それは、何度もこの体で経験している。
確か、この森の『狩猟者』はクレオのお兄さん。
彼がゾディアックの手に落ちていない事に安堵して、更に奥へと進んだ。
§ § § §
結構な時間をさまよった気がする。
ようやく、人の足跡らしきものを発見した。
カナと私の出番だ。
かすかに残る足跡は、古いものと新しいもの。
足型がはっきりと残っている新しいものは、どれも男性の足型で、数人分。おそらく、私たちと同じ捜索隊のものだ。
「カナ、これどう思う?」
「捜索隊のヤツだな。こっちの古いのは女、それも一人だ。だとすると……」
「「クレオのもの!」」
カナと私で意見が一致した。
新しい方は、私たちより先にクレオの足跡を発見して、追っていると思われる。私たちも後を追わないと。
クレオらしき足跡は、途中で多くの足跡と争った形跡が見て取れた。
彼女が冒険者に襲われる……という事はありえない。
よく見ると、冒険者にしては足型が多すぎる。少なくとも十人以上が争わないと、こんなに沢山の跡はつかない。
「争った跡の方は、今まで追っかけてた冒険者のとは違うな。足の大きさが違う」
カナは真横を指差して言った。
「アタシらや冒険者と違って、あっちの方角から来てる足跡だ。こっから先は、女の足跡がなくなってるから……そー言うコトかも知れねえ。急くぞ、アリサ!」
ここから先、女性の足跡はない。つまり、クレオはここで誰かに捕まったという事。急がないと。
足跡を見失わないように、それでも全力で急いでやっと追いつくと――。
§ § § §
倒れ、苦痛に呻く冒険者たち。
全身は血だらけだ。
すかさずジルが、全員に《治癒》をかける。
「大丈夫ですか!?」
「ありがとよ、もう大丈夫だ。受付のねーちゃんは見付けたが、変な茶色の鎧の奴らにとっ捕まってたよ……」
変な茶色の鎧……ゾディアック兵の可能性が高い。
あの軍は、目立ちたくないのか違うのかよく分からない、派手な茶と黒の板金鎧を着ている。多分、変な茶色とはその鎧の事だろう。
「ねーちゃんを捕まえてたのは、トカゲみてーな兜を被った野郎だ。兜っつうか、頭そのものがトカゲだったっつうか……。気い失ってるねーちゃんを小脇に抱えて、急いでいるような雰囲気だった」
頭そのものがトカゲ……。
おそらく、『変身方体』の魔導具によって変身した『獣人』だ。
変身方体は使用した者の力を数倍に跳ね上げる、怖ろしいアイテム。多分、今回もそれが関わっている。
「トカゲ野郎が指示すると、俺たちに手下のヘンテコ鎧野郎どもが襲いかかってきて……。このありさまって訳よ。すまねえ……」
「わかった。あなた達はここで休んで、体力が戻ったら私たちを追ってきて」
「おう……。頼んだぜ、『剣聖』様」
私は親指を立てる彼に親指で返すと、ゾディアックの足跡を追った。
§ § § §
ようやく、足跡に追いついた私たち。
そこは既に、言い争いの真っ最中だった。
私たちから見て、手前がゾディアック兵たち。
一番後ろ、つまり一番近い所に隊長らしき獣人がいて、叫んでいる。
その隊長を守るように、揃いの鎧を着込んだゾディアック兵たち。
その数、およそ二十。
それが、奥にいる魔族――おそらくクレオのお兄さんと口論をしている。
「フハハハ! オマエの妹はこの通り、預かっていますよ!」
クレオを盾にして、勝ち誇ったように叫ぶ獣人。
「バカがノコノコとこの樹海に入ってくるから、こうやって俺たちの人質になってしまうんですよ!」
トカゲのような長い舌が、クレオの頬を舐め上げる。
「う……うう……」
舐められた事で、うなされて呻くクレオ。
お兄さんは悔しがるも、うかつに手を出す事が出来ない。
「どんな気持ちですかぁ? さあ……妹の命が惜しかったら、諦めて降参しなさい! そして、その角を我らゾディアック帝国に捧げるのです、『狩猟者』クジョウよ!」
獣人がお兄さんを責め立て、角をよこせと言ってきた。
ただ、獣人は彼に夢中で、まだ私たちが追いついた事に気付いていないようだった。
ゾディアック兵は間が抜けてる兵士が多いけど、今回は輪をかけてお間抜けだ。
獣人が叫んでいる間に、私たちはそっと近寄り、そして――。
一気にクレオを強奪!
「なっ……いつの間に!? 誰だ!」
わざわざ聞いてくれるなんて、悪の鑑のよう。
獣人に心の中で感謝をしながら、格好よく名乗りを上げる。
「赤の剣士――ケンセイレッド、アリサ!」
「緑の騎士――ケンセイグリーン、アスナ!」
「桃色の人魚――ケンセイピンク、テラソマですのー!」
よし、格好よく決まった。
あとは――。
「やりませんわよ……恥ずかしい」
「右に同じ」
ええーっ!?
またしても名乗り失敗。
ジルもカナも、そんなに恥ずかしがらなくたって……。
「ケンセイレッドだと……? げげっ! キサマは皇帝陛下の側妃、『剣聖』アリサ・レッドヴァルトではないですか!」
「誰が、側妃よ! 王子も皇帝もお断りしたわ!」
「……まあ、いいでしょう。よくぞ俺の計画に気付きましたね、『剣聖』!」
気付いた訳じゃなくて、行方不明の受付嬢を探してたら偶々居合わせただけ……なんだけどね。ここは獣人の言葉に乗っかっておこう。
「あなた達の悪事なんて、最初からお見通しよ!」
「……ヒッヒッヒ、流石は『剣聖の姫君』です。皇帝陛下がお気にかけるだけの事はありますね」
また、皇帝を持ち出す……!
あんな奴、もう二度と思い出したくないんだけど。
「皇帝とかもういいから、観念しなさい。もう人質はいないんでしょ? 二度とこの兄妹に関わらないって約束するなら、見逃してあげる」
「見逃して『あげる』ですかぁ? その、上から目線が気に入りませんねぇ……。第一、二十一対……クジョウを入れても、たったの七。俺たちの方が圧倒的有利じゃないですか! ひょっとして、『剣聖』は数も数えられないバカなのですか?」
確かに数だけなら、あちらの方が有利。
「見逃してあげるのはこっちの方ですよ。大人しくその娘とクジョウ、そして……そこの三本角が持ってる角を、ゾディアック帝国に捧げなさい! そうすれば、見逃してあげますよ……」
「まっぴら御免よ!」
「交渉は決裂ですねぇ! さあ、やってしまえオマエ達!」
隊長の号令を受け、ゾディアック兵が一斉に襲いかかってきた――。