第百七十九話 捜索隊
竜亜人の村に寄り道したり、ボスがティラノサウルスだったり、一階層しかないはずの迷宮に地下階層があったり、また村に立ち寄ったりと色々あって、ようやく中央都市に帰還した。
例によって市民から歓迎され、人波をかき分けて冒険者ギルドへと向かう。
目的は迷宮制覇の報告と、倒した魔物素材の売却だ。
視察だからお宝は諦めたけど、素材を売らないとは約束してないからね。それに事前申請から一週間以上も経っているから、早く報告しないと捜索隊が出されてしまう。
建物の中に入ると、冒険者たちが慌ただしく戦いの準備を始めている。
ただならぬ雰囲気に疑問を感じた私は、手近にいた冒険者に尋ねる。
「一体、何があったの?」
「これは『剣聖の姫君』! 捜索隊ですよ。中々帰ってこない者がいるとかで」
中々帰ってこない……それって私たちの事?
今帰ってきたばかりだから、早く誤解を解かないと!
出発しようとする冒険者たちの流れに反して、急いでカウンターへと駆け寄る。
「ねえ、捜索隊って?」
「これは領主様! はい、行方不明者が……」
「それって、私の事!? 私なら、もう探さなくていいから!」
受付嬢の答えを最後まで待たずに、大声で叫んでしまう私。
それを聞いた全員の動きがぴたりと止まる。
数秒後、誰かが吹き出したのを皮切りに、笑い声がギルドホール中に木霊した。
「さっすが、『剣聖の姫君』様だぜ! 皆の緊張を一瞬で吹き飛ばしてくれた!」
「面白い冗談ですよ、『剣聖の姫君』!」
「ご領主様……これは、壺にはまりましたよ!」
腹を抱えて転げ回っている冒険者や、奥で突っ伏したまま肩を震わせているギルド職員までいる。
「え……? また、私何かやっちゃった……?」
§ § § §
一通りの笑いが収まると、受付嬢が私に説明をしてくれた。
「職員の一人が、今日で三日も無断欠勤しているんですよ」
一日なら体調不良かも知れないけど、三日なら誰だって心配する。
「無断欠勤なんか、一度もした事がない子ですから……捜索隊を出そうって話になったんです」
「その無断欠勤をしている子っていうのは?」
「クレオといいます。このギルド唯一の魔族職員で……」
私が事前申請をしにきた時、受付に立っていた子だ。
魔族の職員なんて珍しいから、忘れようがなかった。
「あの、よく頭をぶつける……」
「そうです、その子です!」
「誰か、その子の家には行ったの?」
体調不良にしても、それ以外にしても、まずは家に確認しにいくのが普通。当然、そんな事は既に誰かがやってると思うけど、念のために聞いてみた。
「はい。私が彼女の借家に行ったのですが、誰もいませんでした。……実は彼女、欠勤する二日前に、二日間の休暇を取っているんです」
二日。これも合わせると五日間、音信不通となる。
「お兄さんが、キガハラの樹海で『狩猟者』をやっていまして。久しぶりにお兄さんに逢いにいくとかで……」
キガハラの樹海とは、私がこの領に来た目的の一つだ。
丁度そこで、カナと修行をしようと考えていた所だった。
どこの森でもゾディアック帝国に狩られ、カナですらゾディアックに拐われたこの情勢で、『狩猟者』が健在の森というのも珍しい。
まさか……今回の欠勤も、ゾディアックが関係しているとか?
それなら、一刻を争う。三日以上も経っているのだから、最悪の事態だって予想出来てしまう。彼女やお兄さんまでもが、カナの二の舞になるなんて……絶対にあってはならない。
私はカナの失くなった角の跡をちらりと見て、すぐに決意する。
「わかった。私も捜索隊に加入する! ……ええと、クレオちゃん? あの子を助けに行くから!」
それを聞いたギルドホール内の冒険者が沸き上がった。
まるで、もう彼女が助かったかのような勢いで。
「『剣聖の姫君』が捜索隊に!? これは心強い!」
「ご領主様が参加して下さるなら、もう安心だ!」
「『剣聖の姫君』様、万歳!!」
安心するのは早いよ、皆。
まだ、見つかってないからね……。
§ § § §
最終的には、私たちも含めて八つパーティが捜索隊に参加した。
この街に常駐している冒険者、これから迷宮に向かおうとしていた冒険者、外から流れてきたばかりの冒険者、その素性はさまざまだ。
けれど、たった一人の女の子を救うために、皆がここに集まっている。
これが冒険者。ここに集まった一人一人が全員、誇らしいヒーローだ。
八パーティの内、二パーティは街に残って借家周辺の捜索。
二パーティは街道周辺をしらみ潰しに探す事に。
そして、私たちを含めた四パーティは、キガハラの樹海に向かった。
本当は、カナと私の『狩猟者』の勘を取り戻すための、気楽な魔物退治で行くはずだったんだけど、こんな大変な事になるなんて……。
ギルドが用意した大型馬車二台に乗って、一日弱。
途中、山賊コボルトや、群れからはぐれた大猪なんかが襲ってきたけど、全部私が倒した。急いでいるから、少しも時間はかけたくなった。
「これが、『剣聖の姫君』の剣技……」
「Bランクの戦士である俺ですら、剣筋が全く見えなかったぞ」
「て……敵には回したくないもんだ……」
気配を感じるなり馬車から飛び降り、数秒で始末する。そんな私の鬼気迫る剣技を見て、他の冒険者パーティは震え上がっていた。
「……でしょう? これこそが、レッドヴァルト辺境伯の長女にして、王太子殿下の婚約者、自らも伯爵の――」
「ジル……今はそれ、いいから」
「ですが……」
「い・い・か・ら……!」
ジルの長い口上を全部聞いている暇はない。
すぐに馬車に戻って、先を急いだ。
昼過ぎにギルドを出発したので、到着はちょうど太陽が真上に昇る頃になった。
§ § § §
たどり着いた『樹海』は、私の想像した樹海とは全く違うものだった。
普通、日本人が樹海と聞いて想像するのは、富士の樹海。あれを思い浮かべる。しかし、目の前に広がる『樹海』はそうではなかった。
熱帯雨林――いわゆる、ジャングル。
ワニやピラニアでも出てきそうな広大な樹林が、私の目に飛び込んできた。
私は『一刻も早くクレオを助けなければ』という使命すら忘れて、『樹海』の前で立ち尽くしていた。
「なんなのよ……これ」
熱帯雨林といえば、赤道直下にだけある気候。ほぼ常春といえる、シュトルムラント王国にこんなものがあるのは、ただ異質でしかない。
「何を驚いてますの、アリサさん。……RPGや異界の英雄譚ではこんな事、日常茶飯事ですわよ?」
「いや、いくらなんでもおかしいでしょ……」
「アリサさんのその顔を見たら、女神だって言うでしょう。『アリサさん、地球の常識に囚われてはいけませんよ』と――」
確かに言いそうだけど……。
女神様、『地球を模して創った』って言ってなかったっけ?
どこをどう見ても、これはいい加減で大雑把過ぎる。
「ええー……」
私は気を取り直して捜索を開始するのに、数分を要した。
 




