第百七十六話 後片付
ヴィルギスを撃破した事で、迷宮自体は攻略完了となった。
しかし、私たちには二つの問題が残されていた。
一つ目、ティラノサウルス。
地下階層に落ちてから、まだ暴れまわっているはず。放置する訳にはいかない。
二つ目、地上階層ボス部屋の大穴。
そのままにしたら、次にやって来た冒険者が驚いてしまう。
これをどうにかするために、まずはヴィルギスを起こす事にした。
思いきり、ヴィルギスのお腹をパンチ。一瞬で気絶から醒めるヴィルギス。
「ひいいいっ! もう許して下さいっ、お願いします!」
覚醒した途端、唇を恐怖で震わせ、涙を流して許しを懇願してきた。
「もう、お仕置きは嫌です……もう、お仕置きは嫌です……もう、お仕置きは嫌です……もう、お仕置きは嫌です……」
ぶつぶつと呟きながら、焦点の合わない目で宙を仰いでいる。
このままでは埒があかないので、正気に戻るまで放っておこう。
次は仲間たちに相談。
手短に問題点二つを説明するも、反応は微妙だった。
まずは、ジル。
「私、なんでも治せるとは申しましたけど、流石に床までは直せませんわ」
協力する気はゼロ。今回も見てるだけのつもりだろう。
彼女は面倒な事はしない性質だ。
カナとデルマは、なんだか私に怯えているみたい。
私が呼びかけると、びくっと体を硬直させてぎくしゃくした返事をしてくる。近付こうとすると、二人仲良く庇い合って、私から逃げるように距離を置いた。
一応、問題は認識してるみたいなので、次はアスナ。
「わかった。私にまかせてよ」
アスナだけは協力的。少し棒読み口調だけど、これなら大丈夫……かな?
最後はテラソマだ。
私が近付くと、ひいっと叫んで逃げ出した。
角ライオンと一緒に、頭を抱えて部屋の隅でがくがくと震えている。
角ライオン……まだいたんだ。
私が肩に手をかけてこちらを向かせると、ひいっともう一度叫んで呟き始めた。
「お仕置きこわいですの……お仕置きこわいですの……お仕置きこわいですの……お仕置きこわいですの……」
ヴィルギスと同じようになっている。
……どころか、もっと酷い状態。
首を小刻みに左右に震わせ、死んだ魚のような目で空ろに私を見つめている。血の気が引いて顔面は蒼白、真珠のような大粒の涙をぽろぽろと零した。
テラソマにはお仕置きしないから……と言っても、泣いているばかりだった。
「ごめん、ジル……これ、なんとかならない?」
「仕方ありませんわね……。ですけど、アリサさんがあんな事をしたのが原因ですわよ。反省なさい」
「やり過ぎたかな?」
「やり過ぎどころか、私もドン引きですわ」
深い溜息をつくと、ジルは錫杖を振って呪文を唱えた。
「《正気化》――!」
心を洗うような錫杖の音が鳴り響き、私とジル以外の全員に奇跡の光が降りそそぐ。……すると、全員が何事もなかったかのように、正気に戻った。
「ねえ、ジル……アスナにまで使う必要なかったんじゃない?」
「何を仰ってますの。アスナさんが一番重症でしたわよ? あれは嫌々暴君の命令に従う、心を殺した臣下の目でしたわ」
そんなに酷かったんだ……。
私、ヴィルギスにちょっとお仕置きしただけなのに。
そういえば、シュナイデンを制裁した時も、王子が青ざめて止めていた事を思い出した。私って、そんなに酷い事をしているのかな……?
「それはそうと、この魔法……その場では正気に戻るんですけど……」
テラソマに耳打ちするジル。
ささやくように、アリサさん、魔族を、滅多打ち、と唱えた。
すると、テラソマはみるみる内に青ざめ、狂ったように叫び震え上がった。
「お仕置きこわいですの……お仕置きこわいですの……お仕置き……」
「このように、ちょっとした事でトラウマが発症しますから、あまり使いたくなかった魔法なんですの。はい、《正気化》――」
ごめん、テラソマ。
§ § § §
とりあえず皆が正気に戻ったところで、二つの問題を相談した。
話し合った結果、二手に分かれてそれぞれを解決する事に。
まずは、恐竜。
こちらは私、ジル、アスナ、ヴィルギスで捜索する。あのティラノは、ヴィルギスが召喚した魔物で、《送還》という魔法を使えばなんとかなるとか。
《送還》は召喚の逆呪文で、召喚した魔物を送り返す事が出来るらしい。一分程度の足止めが可能ならば、この魔法で解決するという話だ。
「私も、自分の階層に暴れる地竜がいるなんて、おちおち眠る事も出来ませんからね……」
というのはヴィルギスの弁。
あれ、地竜扱いなんだ。コモドドラゴンも、ティラノサウルスもどっちも地竜だなんて、この世界の分類はいい加減で大雑把だな……。
そして、地上階の大穴。
地図を持っているテラソマが向かう事に。護衛としてカナ、デルマが付き添う。いざ、修復が必要になったら、魔族の二人が持つ怪力が役に立つ。
「おまかせくださいですのー!」
うん、ちゃんと正気に戻ってる。本当にごめんね。
そして私たちは二班になると、それぞれの探索を開始した。
§ § § §
私をはじめとする恐竜捜索班は、かなり簡単に標的を発見した。
ここの『管理者』であるヴィルギスは、頭を抱えて泣き叫んでいたけど。
……というのも、あの恐竜が通った部屋が全部めちゃくちゃだったから。せっかく設置した魔物は全部食い散らかされ、ヴィルギスが魔法の研究に使う部屋は施設が壊されていた。
「あああーっ! 私の三百年の研究成果がーっ! あれも、これも……それもぉぉーっ……!」
膝を落として、大号泣するヴィルギス。
私はその肩に手を添えて、気休めの言葉をかける事しか出来なかった。
「これは、ティラノサウルスが近い証拠ですわ。さあ、次に参りましょう!」
そこに、無情にもジルがせっつく。
もう少し泣かせておいてあげようよ……。
ジルはヴィルギスの悲哀などいざ知らず、ずんずん奥へ進んでいく。
――そして探し初めて、十二部屋目。
ようやくティラノとご対面。
今度こそ本当に最後のボス戦だ。敵だったヴィルギスも含めて、皆でがんばろう!