第百七十五話 召喚師
「く……くれぐれも、寸止めでお願いしますよ……」
「わかったから……」
足をがくがくと震わせ、懇願してくる上級魔族ヴィルギス。
試合に先駆け、私は魔法剣を用意する。
「あなたは、得物を出さないの?」
私はヴィルギスに剣を向け、尋ねた。
私の問いに、ようやく震えが収まった彼が答える。
「私は魔法使いですので……これです!」
彼が左手を前方にかざして呪文を唱える。
同時に凄まじい勢いで指先を動かし、魔法陣を描いている。
魔力が無尽蔵ともいえるはずの四本角魔族が、呪文詠唱?
しかも、魔法陣の補助まで必要とする……?
どれだけ強力な魔法を行使しようとしているのか。
魔法陣が完成すると、それがまばゆい光を上げる。
光の色はピンク――風属性だ。
風や嵐、真空、そして『空間』を司る属性。
そこから、一組の白い手袋が出てきた。
彼はそれらを受け止めて、左、右の順番にはめる。
手袋の甲には、それを出すのに描いた魔法陣より、数倍は複雑な図形が描かれている。おそらくこの手袋の図形を利用して、次の魔法を行使するのだろう。魔族版の『魔導具』……といった感じか。
「《創造》……?」
手袋創造なんて魔法、聞いた事がない。
「それとも、《次元収納》?」
「まさか。《次元収納》なんて伝説でしか聞かない魔法、私が使える訳がないでしょう? ……これは《召喚》です。呼び寄せたのですよ」
サモン……聞いた事がない魔法だ。
「私は召喚師……! あらゆるアイテム、魔物を呼び寄せ使役する……太古の魔法使いですよ!」
両手を大仰に広げ、宣言するヴィルギス。
そして、勝ち誇ったように高笑いをあげた。
§ § § §
「サモナー……」
普通の魔法使いでも聖職者でもない、得体の知れない魔法職。
「……って、強いの?」
思わず私は、入り口付近にいるカナたちに尋ねる。
すると、間を置かずにカナとジルから答えが返ってきた。
「召喚師って言やあ、不遇職じゃねーか。やたらと魔力を食う割に、ショボい動物を呼び出すのが関の山っつう……」
「そうですわ。異界の英雄譚でも、召喚師といえば不遇職。役立たずと相場が決まっていますわ!」
容赦なく召喚師を切り捨てる、カナとジル。
二人の言葉を聞いてヴィルギスの笑いが渇き、止まる。
「……ええい! 外野が煩いですよ!」
悔しそうに地団駄を踏むヴィルギス。
先程のティラノの動きを想起させるけれど、床が抜ける程の威力はない。
彼は本当に悔しそうな顔をしながら、カナたちを指差した。
「いいでしょう。そこまで仰るなら、お見せしましょう。召喚師の怖ろしさというものを……! 《召喚》――!」
彼が叫ぶと、手袋がピンクの淡い光を放つ。
かざした手のひらの先に複雑な魔法陣が現れ、そこからどうやってなのか、魔法陣よりも巨大な魔物がぬうっと出てきた。
私の《剣創世》に近い。あれは剣を出す魔法だけれど。
魔法陣から現れたのは、普段よりも一回りは大きい暴走熊。五メートル以上もある大熊だ。それが、左右で二頭。
「クリスタル・角暴走熊です……。どうですか? 怖ろしいでしょう……!」
そう……彼が言った通り、水晶の角付きだ。
今までこの地下で戦ってきた、魔物たちの特徴そのもの。
あれらが全て、彼が召喚したものだったなんて。
「あーっはっはっは! いかがですか?」
頼もしい味方が現れた途端、態度が大きくなるヴィルギス。
「これが召喚師の実力ですよ! Bランクの魔物を召喚すると同時に結晶化した、Aランクにも匹敵する怪物を二体です。いくら名高い『剣聖の姫君』といえども、これに勝てますかね……?」
「ちょっと……、寸止めって話はどうなったよの?」
呼び出して、しかも暴走している熊をどうやって『寸止め』させる気なのだろう。明らかに殺す気満々なのでは?
「ギリギリで命令して、止めさせますのでご安心を」
「絶対無理でしょ、それ……」
今度は、私が冷や汗を垂らす。
暴走熊の時点でも十分に強い魔物なのに、それが結晶化、しかも二体。
その威圧感は計り知れない。
「さあ……お行きなさい、クリスタル・角暴走熊! 『剣聖の姫君』を抹殺するのです!」
「やっぱり、殺す気満々じゃない!」
命令と同時に、鋭い爪を繰り出す暴走熊の一撃を、スピードヴォルト――片手を突いて避けながら、私は叫んだ。
「失礼……、寸止めで倒すのです! クリスタル・角暴走熊!」
「暴走してる熊が、寸止めとか出来るはずないでしょーっ!」
突っ込みを入れながら、もう一体の爪攻撃をサイドフリップ――空中側転で軽やかに避ける。
二体が腕を振り上げ直すその隙に、私は高く飛び上がってダブルフル――バック転宙返りをしながらの連続横回転をする高等技で、一気に加速を付けて一体目の首を切り裂いた。
私の着地と同時に、熊の首が落ち始める。
一体目が倒された事を本能で察知した二体目が身構えるが、もう一度ダブルフルで飛び上がり、これもまた首と胴を両断する。
二体の首が低い音を立てて、順に床へと落ちた。
六歳の頃ならともかく、今の私には多少強化した程度の熊は敵ではない。
「な……なん、ですと……?」
ほんの一瞬で二体の大熊が片付いたのを見て、冷や汗ではなく脂汗を流して驚愕するヴィルギス。
「では! これではどうですか? 《召喚》――!」
次に現れたのは、二体のライオン。通常のライオンより一回り大きく、角も生えている。
「クリスタル・角ライオンです! 熊に続いてこれなら敵わないでしょう? さあ、行くのです……クリスタル・角ライオン、『剣聖の姫君』を倒しなさい!」
これもまた秒殺。
猛烈な速度で走りくる一体目の角ライオンを、《火球》の要領で縦に分断。もう一体は、それを見てUターン。逃げ去ってしまった。
「あっ……こら! どこへ行くのです!! 敵はこっちですよ!」
ボス部屋の隅で、頭を抱えて怯える角ライオン。
結晶化して暴走中のはずなのに、本能の恐怖には勝てなかった様子。
私がゆっくりとヴィルギスに近付くと、絶体絶命で焦った彼は、もう一度新たな魔物を呼び出した。
「サ……、《召喚》……! こ、これならどうです!?」
今度は一体。
「クリスタル・角ヘラジカです! どうです、大きいでしょう?」
確かに大物だ。でも敵ではない、ただの獲物だ。
私はこれを『赤の森』で散々狩ってきた。
突進してくる角ヘラジカを見切って避け、横から一刀両断。
「な……! では、これではどうでしょう!」
次の魔物は、クリスタル・角イノシシ一頭。
なんでも結晶化すればいいってもんじゃないでしょ……。
これもまた簡単に倒した。
「で……では……これです! 《召喚》――クリスタル・角ウサギ!」
角ウサギが二羽。
「どうです? こんな可愛い動物、殺せないでしょう?」
私が最初に敗北した相手だ。
可愛いから可哀想という感情は、既に克服した。
それに、Eランクの角ウサギを強化されても、焼け石に水というもの。
私はその場を動く事なく、連続で迫りくる角ウサギを切り裂いた。
「ああっ……! クリスタル・角ウサギーっ!!」
「……もう、品切れ?」
彼の魔法は呼べば呼ぶ程、魔物が弱くなっていった。『やたらと魔力を食う』という話は本当らしい。この後、出せてもネズミ程度が限界だろう。それでも、これだけの魔物を召喚出来た彼は凄いと言えるけど。
私は一歩、また一歩と彼に近付く。震えながら後ずさりする彼。
「ねえ、私の事知ってるなら……私の家名も知ってるでしょ?」
「ええと……アリサ・レッドヴァルト……レ、『赤の森』ォォー!?」
「そう。あそこでは、どんな動物でも狩らないと生きていけないの。……分かった?」
こんな所に呼ばれて、盾にされたウサギはちょっと可哀想だけど。
「じゃあ、あなたにはお仕置きをしないとね……。ここからは、私のヒーロータイムの始まりよ……!」
「お、お仕置き……?」
「《剣創世・普通の剣》――!」
魔法のかかっていない普通の剣を、魔法で出した。
魔法で創った剣なのに、魔法剣じゃないというのは不思議かも知れないけど、《創造》の魔法とはそういうもの。結構、融通が利く。
この『普通の剣』を首筋に突きつけながら、私は尋ねる。
「これなら、あなた……怪我しないのよね?」
「ま……まさか……。ぎゃああああああーっ!!!」
§ § § §
あの後、私はヴィルギスを滅多打ちにした。
「へー。魔族って……痛みの限界を越えると、気絶するんだ……」
お仕置きが終わって振り返ると、何故かカナとデルマが二人して怯えていたけど……うん、気のせいという事にしておこう。
これで、剣聖領迷宮は制覇。
修行になったのか、なってないのかはよく分からなかったけど。
……とりあえず、目的達成!




