第百七十〇話 二部屋目
一部屋目は、コボルトのおかげで難なく突破出来た。
部屋を出ると再び天井のない通路が続く。
そして数十分後、私たちはこの迷宮に天井がない理由を知った。
上空から私たちを見つけた鷹が、通路へと降りて啄んできた。
狙いを定めて急降下、鋭いくちばしで一撃。そして、また上空へと逃げる。それを五羽の鷹が、交互に繰り返している。
「ああ、もう! なんていやらしい迷宮ですの!」
ジルが錫杖で応戦するも、全く当たらずに苛立ち叫んでいた。錫杖が外れたのを見た鷹は、上空でわざとらしく旋回して、鳴き声で挑発する。
真っ赤になって、がむしゃらに錫杖を振り乱すジル。そんなジルを更にからかう鷹。ここでは、そんな低次元な攻防が繰り広げられていた。
やがて、頭のいい鷹がパーティの力関係を把握すると、一番弱いテラソマばかりを狙うようになった。デルマが必死にテラソマをかばう。
そのせいで、更にジルの怒りに火がつく。
「卑怯者ー!! 降りてきなさーい!!」
先程から叫び過ぎて、ジルは息を切らしてしまっている。
「アスナさん……《竜化》で飛んで、やっつけて……戴けませんこと?」
ジルが問いかけるも、アスナは渋い顔をする。
そして、アスナから返ってきた答えは……。
「ごめんね。あれ、一日に何回も使える魔法じゃないんだ」
《竜化》はアスナの切り札。低級魔法と違って、気軽に使える魔法ではない。一回使用しただけでも、かなりの量の魔力を消費してしまうらしい。
私たちのパーティで空からの攻撃に対応出来るのは、アスナの《竜化》だけ。かと言って、こんな序盤で無駄遣いする訳にはいかない。悩んでいる間にも、次々と鷹のくちばしが迫る。
「もうっ! なんとかなりませんの?」
愚痴を零すジル。
その時、私はちょっとした手段を思いつき、ジルに提案した。
「じゃあ、私が試してみる……」
「……剣士のアリサさんでは、何をどうしたところで鷹は倒せませんわ。……まさかこんな狭い場所で、『とにかくでっかい剣』を使うのでは……」
「いや、使わないから。あれ一本で、魔力がほとんどなくなっちゃう」
「では、どうしますの?」
尋ねるジルに、私は実際にやってみせた。
手のひらを鷹に向けて、無詠唱の《剣創世》
すると、勢いよく手のひらから長剣が飛び出し、そのまま高速で上空へと飛んでいく。その剣は、十メートル以上の高さを旋回している鷹に命中した。
「うん、上手くいった」
私は空いた手で日差しをさえぎりながら、墜落していく鷹を確認する。
すると、ジルが叫びながら私の両肩を掴んで、激しく揺すった。
「なんですの……一体なんなんですの、あれ!」
「なんですのって、いつもの魔法剣だけど」
「何を仰ってますの!? 剣が弾丸みたいに飛ぶ訳ないでしょう!」
首を絞められて苦しくなったので、ジルに種明かしをする。
今回の技は、先日デルマと戦った時の再現。
あの戦いの最後で手のひらから剣を出したら、デルマを貫いたまま後ろへと飛んでいった……それを思い出して試したところ、見事に剣が空を飛んだという訳。
ジルが納得いきませんわと呟く中、私は次々と鷹を撃ち落とした。
軌道変更が出来ないなんて欠点もあるけど、これは中々使い勝手がいい。魔力も長剣一本分しか使わないから、百回でも二百回でも使える。
鷹を撃退した私たちは、尚も広く長い通路を進んだ。
§ § § §
何度も行き止まりや魔物に遭遇し、ようやく二部屋目に到着。
ここは天井も扉もない、ただの広場のような場所。
そこでは、犬人間が待ち構えていた。
見た目はコボルトに似ているけど、コボルトとは違って筋骨隆々。でも、顔は人狼ほど精悍ではない……といった、なんだか中途半端な魔物。ランクも、狼男の一ランク下という中途半端な立ち位置。
吼える声もオオカミのそれではなく、微妙に犬っぽい。それが三体。
初心者冒険者には手強い、迷宮の敵としては丁度いい敵だ。
舐めている訳ではないけど、このランクの敵だからこそやってみたい事があった。今こそ、アスナやテラソマと練習をしていたそれを試す時。逆に言えば、こんな時にしかチャンスはない。
ここからは、私のヒーロータイムの始まりだ。
私は咳払いをして、二人に合図。
そして私がその先陣を切る。
「赤の剣士――! ケンセイレッド!」
踊るようなアクションをして、最後に格好よくポーズを決める。
次は、二人の番だ。
「緑の騎士――! ケンセイグリーン!」
「桃色の人魚――! ケンセイピンクですのー!」
二人共、練習の時から意欲満々だったおかげで、ここまで名乗りとポーズは完璧だ。犬人間も私たちの格好よさに唖然として、立ち尽くしている。……多分。
「ほら、カナもやって!」
「えー……やだよ、格好悪い……」
――ショックだった。
カナにとっては、戦隊名乗りは格好悪いものだったの?
私たち……親友だよね?
「じゃ、じゃあ……ジル」
「面倒ですわ。それよりも、モンスターに集中なさい」
ジルはふざけるなといった口調の返事と、酷く軽蔑するような眼差しを私に投げかけた。あまりにも呆れ果てて、日本語で『モンスター』と言ってしまっているのを『魔物』と言い換える事すらしていない。
私の名乗り記録は、三人目でストップした。
これでは、最後に全員で戦隊名を叫ぶ事が出来ない。
がっくりと肩を落とした私は、泣きそうになりながらポーズを解いて、使い捨ての魔法剣を創り出し……せめて、戦隊武器の雰囲気だけでも味わった。
――結局、犬人間は一、二分で片付く。
初心者にとっての強敵でも、私たちには弱過ぎる相手だった。
§ § § §
そして三部屋目。ここは二部屋目から直接繋がっている。
勿論、天井のない広場だ。
そこに居たのは、二本角の魔族。
ヤギのような巻き角と横長の瞳孔、獣のような毛皮、背中にはコウモリの翼。いかにも悪魔といった風貌の、分かりやすい悪魔だ。
「アリサさん……ここでまた馬鹿な事をしたら、ご飯抜きですわよ?」
ジルに釘を刺された……。
いくら私でも、魔族相手に戦隊ポーズを決めようなんて無謀な事はしないから。
デルマと変わらない身長の屈強な魔族……三部屋目にしてこれは強敵だ。次こそは、気を引き締めてかかろう。