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第九話 結末

 既に私の両膝はくずおれて、完全に倒れようとしていた。

 あんな卑劣な手に負けるものかという気持ちだけで、かろうじて上体を保っていたけれど、本当はもう、倒れてしまいたい気分だった。


 ただ、それだけは……卑怯な手に屈するのだけは、私の心が、(たましい)がそれを許さなかった。


 シュナイデンが剣を振るうたびに、私の脚に一本、また一本と赤い筋が走る。

 右に、左に、それぞれの腿にそれが増えていく。

 両の脚に何十本もの傷が作られた。


 尚も続くシュナイデンの責苦。


 頬が打たれ、頬が裂ける。

 腕が打たれ、腕の肉が露出する。

 そして肩が、胸が、腹が次々と剣の軌跡にあわせて裂けていった。


 時折混ざる火球で体を焼かれ、そこかしこが爛れていく。

 焼かれ過ぎて、熱などもう感じられない。


 昨日まで真新しかった制服も、服の形をとどめておらず、少しの布を残してなくなってしまっていた。痛みが先に立ち、露出した肌を恥ずかしいと思う気持ちすら湧いてこなかった。


「どうだ!? そろそろ『参りました』と言う気になったか?」


 そう言うと、シュナイデンは場外に向かって軽く頷く。

 それを受けたヴァイサが黒杖をなでると、口の痺れが解ける。

 自由になった私の唇から、自然と苦痛の呻きが漏れた。


「口だけ動かせるようにしてやったぞ。ほら、早く『降参しました』と言え!!」


 私が耐え続けている事に痺れを切らしたシュナイデンは、この金縛りが自らの手引で行われている事を自白していた。


「どうした、『私の負けです、もう二度とシュナイデン様には逆らいません』と泣いて縋るなら、今すぐにでも許してやるぞ?」


 それは裏を返せば、私が完全に倒れてしまうか、降参と言うまでこの残酷な虐待ショーを続けると言っているのに等しい。


 膝で立つのがやっとで、私には『降参』なんて言葉を紡ぐ気力なんて残っていないのに。


 私を支えていた魔法剣は効果時間を過ぎ、たった今消滅してしまった。

 剣の喪失と一緒に私は最後の気力をも失い、場外で私を束縛しているヴァイサを睨んだままこの体は崩れ落ちていく。


 この学校での初めての敗北。


 ――私、負けちゃった。



    §  §  §  §



 そう思った刹那、集中が途切れた私の耳に声が聞こえてきた。

 野次や声援を突き抜けて、麻痺させられた私の耳にも届く程の大きさで。


「……お姉様の邪魔をしないで!!」


 倒れそうになりながら、閉じかけてしまった目を見開き、そちらへと向ける。

 リカが叫びながら、ヴァイサに掴みかかっていた。


「くそっ! 離れろ、こいつ!」


「いいえ、離れません! それを渡しなさい、この卑怯者!」


 ヴァイサに抵抗され、殴られ、蹴られながらも、杖を奪い取ろうと必死にあがいている。最初は山賊にも怯えていたリカが、頑張って勇気を奮い起こして。


 そこにほんのわずかな隙が生じた。


 呪文の詠唱が中断され、黒杖が私を捕らえるのを止めた瞬間。


 今だ!


 動かすだけでも激痛が走る四肢を無理矢理動かし、崩れそうになった体を立て直す。起き上がりきれていない、低い姿勢のままで駆け出す。


 一歩、もう一歩、ただ足を繰り出すだけでも全身を激痛が苛む。

 それでも、自由になっただけで十分。


 前へ――前へ進め!


 振るわれた剣を左腕で受け止める。流し切るだけの余力はもう残っていない。

 腕の肉に食い込み、骨まで達したのが感触で分かる。

 それでも痛がっている暇なんかない。刺さった刃をそのままに走った。


 腕の一本くらい、くれてやる……!


 突き進みながら顔を上げ、私はシュナイデンを強く睨めつける。

 気迫に押されたシュナイデンは激しくうろたえて声を張り上げた。


「な……何故動ける!? ヴァイサ、ヴァイサはどうした!?」


 魔法を出せずにいる手下を目に止めてしまい、驚愕した顔を見せる。


「なんなんだ、あれは……。ええい、この役立たずめが!」


 わめき散らして、でたらめに剣を振るうシュナイデン。

 避けるまでもなく、金属の鞭が、炎の魔法が何度も空を切る。


 その間に私は後一歩、というところまで間合いを詰めた。


 一欠片すら残っていなかった気力をわずかな希望で振り絞り、右手に剣を創り出す。魔法の名前すら叫ぶ力も残っていない。刃の引かれていない、本物の魔法剣。


 おそらく、刃を引かなくても切れ味は初めて創った剣より悪いだろう。

 無いものを振り絞って創った、最後の武器。


 結末を告げる一歩を踏み込み、両手で剣を強く握りこんでがら空きの胴へと叩き付ける。シュナイデンはその斬撃の勢いで後ろへと倒れ、腰をついた。

 がしゃんと板金同士が擦れ、崩れる音が鳴る。


 剣を片手に持ちかえ、倒れた彼の眼前に刃を突きつける。

 私の瞳には最後の闘気の光が孕んでいた。


「ヒッ……ヒィッ……!」


 それを殺気と見紛い、死を肌で感じた彼は、武器を捨てて広げた手を私に向け、必死に叫んだ。


「ま……参った! 参った!! だから……殺さないでくれぇ……っ!!」


 ここで精神の糸が途切れた私は、へたり込んでいる彼のすぐ隣へと倒れてしまった。誰かが慌てて駆けつけ、抱き上げてくれる。


 そのぬくもりだけを感じて私は意識を手放した。


「勝者、アリサ・レッドヴァルト!!」


 遠くでそんな声が聞こえた気がした――。



    §  §  §  §



 ――目が醒めると、そこは真っ白な部屋だった。


 その部屋の白さは、また死んでしまったのかと勘違いさせられる程。

 しかし、体中に残る痛みですぐにまだ生きていると分かった。きしむ体に鞭打って起き上がり、自分の体を見渡すと、全身に包帯が巻かれている。


 ぼろになった制服も脱がされて寝巻きを着せられていた。

 寝巻きも、いわゆるシンプルな患者衣。


 あの後、私は医務室に運ばれたらしい。


 医務室といってもこの世界、近代医学などは無いから薬を塗って包帯を巻いて終わり……といった簡単なもの。


 高位の聖職者(プリースト)や高価な魔法薬なら、どんな怪我でも傷痕一つ残さず治せると聞いた事があるけど、ここは騎士学校。聖職者がいるはずも、高価な薬があろうはずもなかった。


 傷と火傷、残っちゃうんだろうな。


「あっ、お姉様がお目醒めになられましたわ!」


 最近良く聞く声が聞こえる。

 その声が呼び水になって、次々と女子たちの声が聞こえてきた。


 あっという間に、ベッドの周りに人だかりが出来る。


 そこには、大丈夫ですかお姉様、といった心配をする声。

 かっこよかったですわお姉様、と感想を述べる声。

 改めてお姉様に惚れ直しましたわ、なんて……ちょっと困る声も聞こえた。


「一応怪我人だから、そっとして置いてくれる……?」


 お願いすると、皆残念そうな顔をして渋々帰っていった。

 一緒に怪我をしていた一人を除いて。


「ごめんね。リカまで怪我――させちゃった」


 私は一人残ったリカの、痣になってしまっている頬に手を伸ばしてそっとなでた。リカはそんな私の手を両手で覆う。


「いいえ、お姉様のためですから。これは私の勲章です……!」


「ありがとう……」


 リカのおかげで手に入れた勝利。

 自然と笑みが零れ、私たちは互いに笑顔を向けあっていた。


 ――後で医療担当の教官に聞いた話、私は三ヶ月も療養しないといけないとか。

 素振りすらさせて貰えない事に苛立ちを感じながら、ベッドで寝るだけの生活……そんな三ヶ月になりそうな予感がした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 決闘を汚したシュナイデンには当然罰が与えられたんですよね? 完全に殺す気でしたし。
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