第百六十八話 挑戦
竜亜人の村には、三日滞在した。
村人が歓迎ムードなのと、組手の相手に困らなかった事が滞在の理由。
特に自警団との組手は、とてもいい修行になった。彼らは皆二メートルを越える屈強な戦士で、《竜化》まで使うとありえない程の強さを発揮した。
竜亜人の強大な魔力で無詠唱魔法を行い、さらに戦士のスキルを組み合わせた複合戦法は、あのカナから一本を取ってしまう程の強さ。《竜化》した上に、《加速》と《神速》の複合なんて、カナでも追いつけない。
畜生と悔しがるカナの仇は、一応私がとったけれど。
……結局、私たちは迷宮に行く前に『修行』という目的を果たしてしまった。それでも、『視察』で来たからには、必ず迷宮に行かないといけない。ギルドの事前申請もしてあるから、このまま放っておいたら捜索隊が出てしまう。
――という訳で、私たちは竜亜人の村を後にして、迷宮へと向かった。
昼に村を出たので、到着は夜。
迷宮手前の丘で馬車を降りて高台から見下ろすと、眼下には屋根のない巨大迷路が広がっていた。
上から迷宮の全容が見渡せるその眺めは、まさに圧巻。
所々で明かりが見えるのは、挑戦中の冒険者たちのランタンや松明だろう。その小さく灯った光は、ちょっとした地上の星にも見えた。
ここから見て手前中央が入り口、一番奥の大扉がおそらくボス部屋。
ボス部屋を含めた一部の部屋には天井があり、どんな敵が待ち構えているか分からなくされている。
逆に半数以上の部屋は天井がなく、パーティが魔物と戦っているのが肉眼で確認出来た。そこには、明かりで照らされて、武器と武器がぶつかり合う火花、後衛の魔法使いが飛ばす《火球》も見えた。
「アリサさん……わざわざ見えにくい真夜中に入る事もないでしょう。はっきりと見える、朝に挑戦しましょう?」
ジルが提案する。
確かに、わざわざ夜に踏破する必要はない。
多数決を取ると満場一致で、挑戦するのは朝という事になった。
§ § § §
馬車で一泊し、あらためて迷宮を上から見下ろすと、中々いやらしい作りになっていた。入って一番最初にたどり着くであろう部屋は、夜にも確認した『天井付きの部屋』で、中にはどんな魔物がいるか分からない。
あの部屋に、噂の魔物……『Aランク』がいたのだろう。
所々、天井で見えなくなっている部屋は、絶妙な順番で到達するようになっていて、いやがおうにも恐怖心をくすぐられる。通路部分にもさまざまな魔物が徘徊して、通路だからと安心は出来ない。
何よりも凄まじいのが罠だ。
落とし穴、槍が出る壁、毒霧といったオーソドックスな罠が多めだけど、冒険者がそれらにかかって怪我をしているのが上から見てとれる。
場所さえ分かってしまえばいい、全部の罠が作動するまで待てばいい……と言いたいところだけど、見えるのは『誰かが引っかかった時だけ』で、全部の罠が見える訳ではない。
しかも、定期的に頭のよさそうな魔物……おそらく魔族が、適当な場所を選んでは新しい罠を設置している。上から丸見えのはずなのに、どこにどんな罠があるかは入ってみるまで分からない仕組みだ。
そして丘の上にいても、時折聞こえてくる轟音。
重い石が大地を揺るがす音が鳴ると、迷路の壁が動いて順路を変えている。十分に一回、重要そうな壁が一枚、動いてずれたり、扉のように開閉したりして少しずつ変化していた。
高台で地図を書いて、それから挑戦……という手は使えなさそう。
一階層のみながら、怖ろしく難易度が高い迷宮だという事が分かる。
「ねえ、何……あれ」
「えげつないですわね……。ほら、朝まで待ってよかったでしょう?」
「うん……」
この世界の迷宮は魔族が管理している。多分、この迷宮を管理している魔族は、相当に性格が悪そうだ。
高台を降りて、馬車を入り口前の広場に停める。
広場では二台の馬車が先に停まっており、一台は乗り合い馬車、もう一台は高ランク冒険者のものと思われる屋根付きの馬車。
広場には警備専門の冒険者が常駐していて、彼らは馬泥棒から馬車を守っていた。日当でギルドから報酬が貰え、泥棒を捕まえると特別手当も出るのだとか。安心して馬車を任せて迷宮へと向かう。
§ § § §
入り口の大きな木製ドアを開けると、そこはもう迷路の中。
最上部までの高さは五メートル。通路幅も五メートル。まさに人工の迷路といった内装。天井は青空が広がっている。
今日はたまたま晴れていたけど、もし雨だったら……と考えると、本当にいやらしい迷宮だと思う。
入ってすぐの魔物は、ジャッカ領でもそうだったようにスライム。
可愛らしい顔のついたゼリー玉だ。
死んだ冒険者や魔物を溶かして食べる迷宮の掃除屋で、それにさえ気をつければ、この魔物の攻撃は痛くもかゆくもない。無理に倒す必要はないから、無視をして先に進む事にした。
ほんの五メートル進んだところで、もう分かれ道。
丁字路になっていて、当然直進は出来ない。
「分かれ道っつうと、思い出すよな」
「ですわね」
カナが呟くと、ジルが答えた。
そして二人でくすくすと笑い出す。
「え……何? どうしたの、二人共?」
「アリサが、最初の分かれ道で泣き出した事……思い出してな」
「え……え……? えええーっ!? なんでそんな事憶えてんのよ!」
そう、今までずっと忘れていたけれど、初めての迷宮で私はリーダーの重責に泣き出した事があった。
忘れていたというより思い出したくない、嫌な想い出。
「もうっ! ……あんなの、忘れてよ!」
恥ずかしさでちょっと涙が出そうになった。
ここで泣いたら、分かれ道で二度泣いたみっともないリーダーになってしまう。
それは戦隊を目指す者して、非常に恥ずかしい。
ぐっと堪えて、皆に話しかける。
「それは置いといて……どっちに行く?」
「そうだな、今回もリーダーに任せるぜ」
「賛成ですわ」
また、私?
それなら……。
「とりあえず、左。……もう変わっちゃってるかも知れないけど、上から見た時、ボス部屋に近い方だったから」
「あら、今回は迷わなかったんですわね」
「私だって、成長したからね! さあ、行こう!」
そして、リーダーらしく作戦も伝える。
「テラソマはまだ戦いに慣れてないから、デルマ……守ってあげて」
デルマが吼えるような声――魔族語で返事をした。
早速、テラソマを庇うような仕草をしている。
「カナは私と一緒に先頭に立って、罠の探索をお願い。」
「応よ!」
カナが鍛えた『狩猟者』としての技術。同ランクの鍵開け師に匹敵する探査能力が、迷宮では最重要だ。……解除の仕方はかなり強引だけどね。
「私は何をしたらいいかな?」
アスナが尋ねてきた。
そこで私は、ジルを指差しながら指示をする。
「アスナは、ジルを守って。ジルはパーティの生命線だから」
「了解!」
これでパーティの準備も万全。
――ここからは、本格的に探索開始!




