第百六十六話 隠村
私たちは、中央都市から馬車で一日の所にある迷宮へと向かう。
領主専用の馬車は中が広く、六人全員を余裕で乗せる事が出来た。
……身長が二メートルを越えるデルマだけは、狭そうにしていたけど。
まずはギルドに行って、迷宮に挑戦する事を申請する。
申請自体はやらなくても問題ないんだけど、カナとジルがやれと言ったのでする事にした。
事前申請をすると、換金の際に天引きされる税金が安くなるとか。
それに万が一、迷宮内で迷ったり倒れたりして長期間帰ってこない場合、ギルドから救助依頼が出るらしい。これのおかげで、スライムに消化される寸前で助けられた冒険者もいた……なんて話も聞く。
ギルド前で馬車を降りると、沢山の市民に囲まれてしまった。
その人波をかき分けてギルドに入ると、今度は冒険者の人垣が出来ていた。
領主、しかも『剣聖』がやって来たとなると、一目見たいのもうなづける。私だって、大好きな戦隊のレッドが街にやって来たら、絶対にサインを貰いに行くから。
更に人垣を乗り越えて、やっと受付カウンターに到着。
この街での受付は、窓口が沢山あるけど職員は少ない……という珍しい形式だった。多分、前領主が迷宮運営に失敗したからだと思われる。
迷宮があるから、ギルドも窓口を沢山用意した。そうしたら、意外にも挑戦する冒険者が少なくて赤字になり、人件費を減らすためこうなった……というのが、悲しい程に理解出来る。
「りょ……りょ……領主様!!! あ痛っ!」
土下座のようにひれ伏し、カウンターに頭をぶつけてしまう受付嬢。
今までの受付嬢の中で一番、初対面でのインパクトがあった。
頭を上げると、魔族の受付嬢。
褐色の肌に二本の角。見た目こそは十五になったばかりにしか見えないけれど、魔族は非常に長寿。カナはともかく、デルマは三十代後半だと思ったら、なんと三百三十五歳! ……この受付嬢も、見たままではなさそう。
女性に年齢を聞くのは失礼だけど、聞いてみたい衝動に駆られる。
それに、カナが二本角は『人間十人がかりでやっと』と言っていた。
こんなに可愛らしいけど、多分凄く強いんだろうなという事も気になる。
「おい、どうしたんだ?」
もたもたしている私の後ろから、カナが話しかけてきた。
受付嬢はカナを確認すると、目を見開いて仰天する。
「よ……四本角の跡に、牙のペンダント……もしかして、有名なカナリア様ですか!? 初めまして! 私、……あ痛っ!」
また頭を下げすぎて、カウンターにぶつけている。
埒があかないので、早々に冒険者プレートを出して申請をお願いした。
「あの……迷宮に挑戦したいから、事前申請をしたいんですけど……」
「こっ……これが、Sランクのプレート! 初めて見ました!」
「いや、だから……申請を……」
多分、この魔族は新人さんで、本当に十五なんだろうな……って気がする。
こういった紆余曲折があって、やっと申請が完了。
「入り口すぐのAランクは退治されてますけど、奥はまだまだ危険ですから無理はなさらないで下さいね!」
「はい」
「では、いってらっしゃいませ! あ痛っ!」
お辞儀をして、またぶつけた……。
ちょっと不憫に思えてくる。
§ § § §
もう一度、人波をかき分けて馬車に到着。
馬車が出ると、市民たちが追ってくる事はなかった。
――街を出ると、馬車の中でアスナが私に聞いた。
「ねえ、アリサ」
「うん?」
「ちょっと……寄り道してもいいかな?」
アスナが私にお願いをするなんて珍しい。
彼女は気さくな性格とはいえ、主従関係を重んじて遠慮しがちだった。彼女が私に願い事を言った事は、今まで一度もない。
そんな彼女が寄り道をしたいと言ってきた。
これは絶対に、大切な用事だ。
「どこへ行くの?」
「私の生まれ故郷が迷宮に近いんだ。ずっと帰ってないから、挨拶くらいはしたくて……」
「アスナの生まれ故郷! いいね、行こう!」
「ありがとう、アリサ! これで、村の皆にも『竜神教』の、大っきな《竜化》を広められるよ!」
うーん……それは無理なんじゃないかなあ……。
ジルに怒られるから伏せおくけど、あれは教祖であるジルが真竜だから出来る技で、竜に化ける魔法じゃなくて、竜が人に化ける魔法を使ってるだけだから。
竜亜人が巨大化出来るかって言うと、正直言って無理だと思う。
ジルが、『一度竜になったら亜人には戻れない』魔法があるとは言っていたけど……それって、アスナの望む《竜化》じゃないよね?
とにかくアスナの希望で、彼女の故郷へと馬車を走らせる事にした。
§ § § §
馬車で一日半。
迷宮までは一日で、そこから街道のない方向へとそれて、獣道のような道を半日程走った。
「本当は、ここは竜車で行く道なんだけどね」
アスナが説明する。
竜車……初めて聞く言葉だった。
不思議がる私の顔を見て、アスナは一言付け加えた。
「あ、竜車っていうのはね、飼いならした地竜に鞍と荷台を乗せた乗り物でね……」
そんなのがあるんだ!
流石、アスナの故郷。乗り物まで竜なんて。……竜?
私の脳裏に、以前遭遇した地竜が浮かぶ。あれは、確かにドラゴンって名前だけど、前の世界で言う『コモドドラゴン』……単なる大トカゲだ。
そんな事を考えていると、アスナが目的地への到着を告げた。
「もう少しで着くよ。……ほら、あそこだよ!」
見えるのは獣道が途絶えた、ただの草原。
そこは村どころか家の一軒すらない、ただ広いだけの野原にしか見えない場所だった。
「このまま、まっすぐ進んで」
獣道が途絶えた先を馬車が走ると……急に道と、いくつもの家が現れ、そこでは幾人もの竜亜人たちが、楽しそうに生活していた。
何もなかったはずの場所に、急に村が出現した!
なんて不思議な現象だろう。
「幻術で、村全体を隠してるんだ」
幻術……!
デルマが、正体を隠すために使っていた魔法と同じもの。
「村全体に幻術をかけるなんて……竜亜人って、どれだけ魔力があるのよ」
「千年近く前に、ご先祖さまがかけたものだからねえ。きっと、ご先祖さまが凄かったんだと思うよ」
そこから、いつも明るかったアスナの表情が少し翳りを見せる。
「私たちって、昔は人間から狩られてたらしいから。力があるから奴隷としても便利だし、角や羽も美術品になるし、鱗は鉄でも弾くから、貴族の鎧にされてたんだって。アリサも竜鱗鎧って聞いた事あるでしょ?」
確かに聞いた事がある。あれって、竜亜人の鱗だったんだ……。
「……だから、いろんな国を逃げ回って、最後にこの国にたどり着いたんだ。この国の人たちはご先祖様を歓迎してくれたけど、それでも人間が信じきれなくて……ご先祖様は魔法をかけて、ここを隠れ里にしたんだよ」
「そんな大事な場所、私に教えちゃっていいの?」
「……私はアリサを信じてるから、大丈夫!」
信じてる――そう言いながら、アスナはいつもの笑顔に戻った。
そして、うやうやしく私に向けて騎士の礼をすると、高らかに声を上げた。
「ようこそ、領主さま! 竜亜人の村へ……!」




