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第百六十三話 剣奴

 馬車から出てきた男はデルマと呼ばれ、巨人と見紛うばかりの大きさと、これ以上ない程に引き締まった筋肉、目で射殺さんばかりの鋭い眼光を備えた、本物の『戦士』だった。


 凄まじい闘気をまとい、無言で現れ、一言も発しないまま近付いてくるデルマ。

 彼ばかりは、軽く片付ける……という訳にはいかなそう。


 ゆっくりと歩み寄って倒れている騎士の両手剣を奪うと、騎士でさえ持て余し気味のそれを、片手で軽々と振ってみせた。体の大きさも相まって、あれだけ太く長い両手剣ですら、ただの長剣にしか見えない。


 あれを片手で振るう事は私にも出来るけど、実戦では無理がある。


 彼が何度か素振りをして手に馴染ませると、目だけを動かして私を睨みつけた。その視線は、『さあ、始めようか……』と言っているように感じる。


「さあ、やれい! あの小娘を殺してしまええぇい!!」


 私を指差し、デルマに戦うよう命令するドラグニ侯爵。

 体裁も何も気にせず、殺せとか言ってしまっている。


「ええっ!? 試合ですよね?」


「やかましい! 『剣聖』の名を騙り、俺を苛立たせる貴様なぞ死刑だっ!!」


「ええーっ……」


 まだ残っている《思考感知(マインド・パス)》の効力で心を読むまでもなく、侯爵は本音で罵倒してきている。これは酷い。貴族の誇りとかはないんだろうか。


「一応、本物の『剣聖』なんだけどな……」


 私は小さく呟いた後、刃引き剣を構える。

 しかしデルマは、まだ剣を中段にすらしようとしない。彼の目が語っている。『刃引きで戦うなど、俺を馬鹿にしているのか。全力で来い』と。


 心の中では言語化出来ない程の闘志が渦巻いているのに、真剣勝負でなければ戦わないと強く睨んでくる。


「――《剣創世(ソード・ジェネシス)・大斬刀》!」


 私は刃引きの剣を投げ捨てて、強く叫ぶ。

 すると、私の両手に両手剣よりもさらに巨大な武器、『大斬刀』が現れる。


 大斬刀――結構前の戦隊レッドが使っていた超重武器で、劇中では一薙ぎで周囲の敵を全滅させていた。それを模したのが私の魔法剣『大斬刀』で、全高六メートルもある巨鬼(ジャイアントオーガ)すら一撃で沈めた威力を持つ。


「これなら、どう?」


 デルマに尋ねると、満足そうに笑って両手剣を片手正眼――この世界の一般的な構え。剣を片手で持ち中段にし、切っ先を相手……つまり私へと向けた状態で構えた。


 獣のようなデルマの咆哮で試合開始。


 巨体でありながら、私と同等の速さで突進してくるデルマ。

 初めて馬車から降りてきた時から、この突進まで一瞬たりとも隙を見せていない。私に刃引き剣を捨てるように睨みつけた時も、隙はなかった。


 ――つまり、強い。


 間合いに入ると同時に、大上段に振りかぶって両手剣を叩きつけてきた。その振りは一瞬。普通、剣に限らず戦闘というものは、大きく振りかぶれば振りかぶる程、その動作が大きな隙となる。


 剣の達人は、その動作を目にも止まらぬ速さで行う。日々の戦い、鍛錬、振るった剣の数が、剣速を凄まじいものへと変えてくれる。私が毎日行っている素振りだって、それが目的の一つだ。


 大上段は、達人である彼にとっては隙を見せる行為ではなく、ただ剣の威力を増すだけの有利な戦術となっていた。『オーバーAランク』……彼の二つ名は、飾りでも遊びでもない。そう実感させられた。


 非常に鋭く、はてしなく重い大上段の一撃を受け止める。

 私だって、伊達に『剣聖』なんて呼ばれていない。王室近衛の腕利きさえも驚かせた腕力がある。難なく……とはいかないまでも、しっかりとその斬撃を食い止めた。


 鍔迫り合いの拮抗状態の中、彼が何かを唱えるように唸る。

 すると、彼の剣が仄かに光った。


 ……これは、スキル宣言だ!


 今、彼はスキルを使った。

 スキル――この世界の人間が使う、戦いを有利にするための必殺技。


 スキル名を宣言するだけで、剣速を増したり、威力を上げたり、避けきれない場面から回避をしたりといった本来の力を超えた技が発揮出来る。残念ながら、私には習得出来なかったけれど。


 途端に彼の剣が倍の重さになる。

 これは《破斬撃》のスキルだ。斬る瞬間の重さを増し、威力を上げる技。受けたはずの一撃を重くして、私ごと押し潰そうとしているんだ――!


 普通は斬る寸前に唱え、重さで叩き斬るためのスキル。それを、受けた剣ごと圧殺するのに使うだなんて。こんな応用、今まで見た事がない。


 その重さに、私の足が地面へとめり込む。

 姿勢も少しずつ後ろへ反っていく。受けている腕が、背が痛い。


「うおおおおっ!!!」


 私も叫び、押し返す。スキルまで使った大男に力で敵うはずがない。だから、ひねりを加えて力をそらし、立場を逆転させた。上にまっすぐではなく、回転させながら返した形になる。


 この体格差で返され、驚きの表情を見せるデルマ。

 驚きはすぐ強者に出逢った喜びへと変わり、戦いの最中であるにもかかわらず、屈託のない笑顔を私に向けた。


 そして、弾かれてしまった剣の刃を返して、もう一度振り下ろすデルマ。私に受けられたと同時に《破斬撃》を唱えるのも忘れていない。


 それも、力をいなして弾き返す。

 いつの間にか私の口元にも笑みが浮かんでいた。本当に強い――。

 相手の強さがこんなに嬉しいなんて。カナと『組手』をしている感覚に近い。


 剣を打ち合わせるたび、お互いが高め合えるような……そんな感覚。


 次の一手、デルマは攻撃前の一瞬にスキル宣誓。

 吼えるだけで宣誓出来てしまっているから、私には何が来るか分からない。


 中段よりやや上、後ろへ振りかぶろうとする動作から、おそらく突き。

 普通では見えない早過ぎる動作を見極め、私が後ろへ飛び退くと、私のいた空間に三段突きが放たれる。


 これは《三連撃》だ。三連撃を突きに使って、三段突きをするなんて。


 もし、読んでいなかったら、間違いなくこれの餌食になっていただろう。私の頬を冷や汗が伝う。


 この変幻自在のスキル――。先代の『剣聖』マスター・シャープと戦った時を思い出させる。ニ連と三連を同時発動して六連撃にしたり、上段からの斬撃と見せかけて武器払いをしたり。その太刀筋は、あのお爺さんに似ていた。


 なんでこんな手練が、侯爵の奴隷なんてやっているんだろう。


 考えている暇はない。次の攻撃……もう一度、二連続の大上段が襲ってくる。一度目の《破斬撃》を乗せた一太刀を受けきって弾き、返しの一撃も受け止める。


「防戦一方っていうのも、芸がないでしょ?」


 私はその重い両手剣を止めながら、魔法名を宣誓。


「《剣創世(ソード・ジェネシス)・大斬刀》……もう一本!」


 唱えると同時に、両手で受けていた状態から左手一本に。

 剣道という武道は、実は左腕により力がこもる。右手はそえる程度にしか剣を握らない。打突、斬撃の振り絞る瞬間にだけ、両手の力を込めるのが剣道だ。


 その基本中の基本は、今でも忘れてはいない。

 つまり、ほんの一瞬だけであれば、左手一本でも《破斬撃》を止めたままに出来る。そこから、右手でもう一本の大斬刀を握る。


 ――重い。けれど、こうしないと勝てない!


 全力で両腕に力を込め、左は受けたまま、右は攻撃のために大斬刀を支えた。この姿勢からでは、どうしても腰を入れては振るえないけど、右手の大斬刀を力まかせに振った。


 それを、飛び退いて躱すデルマ。


 攻守が逆転した!

 今まで受けていた左腕の剣を胴薙ぎに振る。それを受ける彼。

 次は右。またそれも受ける。左右の斬撃を交互に繰り出し、押していく。


 今度はデルマが防戦一方となった。


 勝機が見えた……はずが、彼は退きながらも隙は見せない。

 左右の攻撃を切り替える時の一瞬の隙を突いて彼は、足元に転がっている『別の騎士』の両手剣を咄嗟に拾い、構えた。


 これで彼も大剣二刀流。私の手数の有利がなくなってしまった……!

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