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第八話 不正

 ――翌日。


 その日は、始まったばかりの学生生活に相応しかったそれまでの快晴とは違い、朝から厚い雲が空を覆い隠していた。

 空気も心なしか重く、気分までその空模様につられてしまう。


 目を醒ましたばかりの私の部屋にノック音が響いた。


「アリサお姉様、いらっしゃいますか……?」


 リカの声だ。

 ドアを開けると、リカは抱き付きながらこう告げた。


「アリサお姉様、今日のグロセレンフリーデン様にはお気をつけ下さい」


グロセレンフリーデン? ……シュナイデンの家名だっけ。


 そういえば、シュナイデンの家の爵位は子爵。リカは男爵。

 ああいう困ったちゃん相手でも様付けになるんだ、と貴族社会の理不尽さを感じてしまう。


 爵位は関係ないという学校の規則も、貴族の慣習を塗りかえる程の強制力はなかった。


「気をつけろ……ってどういう事?」


 私は、リカの肩をそっと掴みながら尋ねる。

 不思議そうに聞く私に、語気を強めてリカは答えた。


「私、聞いてしまったんです――!」



    §  §  §  §



 私が食堂から中々出てこなかったその時間。

 シュナイデンと取り巻きたちが、何やら悪巧みを企んでいたらしい。

 リカが『聞いてしまった』と言った話の内容はこうだった。


「――でもどうするんですか、シュナイデン様。あの女、強過ぎますよ?」


「一騎討ちだなんて、また負けるだけです。策はあるんですか?」


「そこは、これだ。()()()の力を借りる」


 シュナイデンは懐から、何やら赤い杖のような物を取り出す。


()()()さえあれば、あの黒パン女などイチコロよ……。それに、これと、これだ。お前たちはこれを使え……」


「「こっ……これは!」」


 驚く取り巻きたちに、シュナイデンは何か黒い物を渡す。


「確かに、これさえあれば……」


「悪党ですね、シュナイデン様」


「そう褒めてくれるな。まったく、明日が楽しみだな……」


 三人の笑い声が、リカ以外に誰も見ていない通路の奥で響く――。



    §  §  §  §



「……という事があったんです」


「なるほど、杖ね……。注意しとく」


「くれぐれもお気を付けて、アリサお姉様……」


 そう、シュナイデンは昨日、私を魔法で倒すと言っていた。

 この世界の魔法は何分もの詠唱を必要とし、その結果も決して派手とはいいがたい、そういう微妙なものだった。


 魔法で威力が見込めるのは、魔力がずば抜けて高い魔族くらいのもので、人間の魔法は取るに足らないもの。そう聞いていた。


 その杖……というものが、どれだけの力を秘めているかは分からない。

 それでも、流石に無詠唱で飛んでくる二メートルの《火球(ファイヤー・ボール)》に比べれば、大した事はない。


 そんな風に高をくくってしまっていた。



    §  §  §  §



 朝の座学が終わって、演習場へと出る。

 演習が始まるなり、シュナイデンが教官に進言する。


「今日は、この女と一騎討ち……の練習をしたいんですがね。お願いしますよ」


「よかろう」


 教官も二つ返事で承認。注意点だけ付け加えて、一騎討ちの審判役になった。


「それならば他の者は見学になるな。しっかりと二人の戦いを見て、勉強するように」


 シュナイデンと私が前に出る。

 シュナイデンは、例によって全身板金鎧。

 私は制服に、刃引きの魔法剣。


 お互いに剣を構えて、一礼。


 シュナイデンの手元を見ると、今日は大剣ではなかった。

 右手に赤い杖を、左手にはやや細身の片手剣を持っている。


 杖からは常に魔力が放出されているのか、淡く赤い光に包まれていた。

 もう一方の剣は、柄頭に宝石が埋め込まれており、刀身にびっしりと装飾……幾多もの筋が彫り込まれている。おそらく、彼が持ち込んだものだろう。


『くれぐれもお気を付けて』


 その言葉を思い出し、視線を杖から外さないよう注意する。


 見学をしている生徒たちから、やかましい程の野次や応援が飛んでくる。

 その中には、キャーお姉様といった黄色い声援も含まれていた。


 ……それにしては、シュナイデンの取り巻き二人の姿が見えない。

 こういう試合なら、真っ先に応援をしていそうなものなのに。

 不思議に思う暇もなく、試合開始の合図が聞こえる。


「始め!」


 アーサー教官が上げていた腕を振り下ろした。


 合図と同時に私は飛び出そうとした。

 しかし一歩目を踏み出した状態から、ぴくりとも動けなくなった。

 金縛りにでもあったような感覚だ。


「ハッハッハ、どうした黒パン女。怖気付いたか!」


 動かない私を指差して、高笑いするシュナイデン。

 笑い声が耳にわんわんと響く。この金縛りは耳も利かなくしてしまっている。 


「それ、これでも食らえ。《火球(ファイヤー・ボール)》!」


 詠唱なしに、魔法名の宣誓だけで炎の玉が杖から飛び出した。

 大きさこそはハンドボール大だけれど、当たればかなりの火傷を負う。


 それが私の脇腹に命中する。

 痛みと熱が私を焼いた。


「ははっ……流石は金貨五千枚もする『魔導具(まどうぐ)』……凄まじい威力だ……」


 今、なんて……『魔導具』?

 スキルに続いて、初めて聞く言葉だった。

 シュナイデンの追撃が、私に『魔導具』の正体を考える事をやめさせた。


「そら、《火球(ファイヤー・ボール)》……《火球(ファイヤー・ボール)》……《火球(ファイヤー・ボール)》!!」


 連続で叫ぶと、その数だけ杖が光り、私に炎の塊が襲いかかる。

 腕に、膝に、胸元に炎が撃ちこまれ、そのたびに激痛が走る。

 制服は焼かれ、ボロボロとこぼれ落ち、その下には熱傷の痕が浮かんでいた。


「これが魔法だ! 少しばかり剣が立つからと言って、この俺を()()()()()!」


 高笑いを上げながら、次々と火球を撃ちこんでくるシュナイデン。

 いくつもの火球が私を焼き焦がした。


 その凄まじい猛攻に生徒たちは見惚れ、教官は危ないから乗り出さないようにと生徒たちを押さえ込んでいた。


「《火球(ファイヤー・ボール)》!!」


 駄目押しの一発。


 痺れている私の口からは小さな悲鳴が漏れ、思い通りに動かない足が崩れ落ち、膝が地面を突いた。それでも、負けたくないという気持ちを体が汲んでくれたのか、完全に倒れてしまう事はなかった。


「しぶとい奴だな……。まあ、そうでなくては、我がグロセレンフリーデン家に伝わる宝剣まで持ち出した甲斐がないからな……」


 宝剣と呼んだそれは、先程の装飾剣。

 シュナイデンが柄に付いた宝石をつまんで回すと、宝剣は一瞬で蛇腹剣と呼ばれる禍々しい武器へと変形した。


 装飾だと思われた線にそって細かく刀身が分割され、無数の刃となったそれが、中心に仕込まれた一本のワイヤーを支えに伸びた。宝剣は数倍の長さとなり、刃の先端がじゃらん……という音を立てて、しなりながら地面へと落ちる。


「これが『聖剣・鳥獣剣(ちょうじゅうけん)』だ!! 受けてみろ、そら、そら!」


 蛇腹が伸びて、数メートル離れた私の体を切り裂く。

 一撃一撃は致命的ではないものの、シュナイデンが剣を振るうたびに、私の全身に深く赤い筋が走り、血飛沫が舞い上がる。


 もし、彼がこの剣に熟練していたなら、最初の一撃で真っ二つにされていただろう。練度の低さに感謝しながらも、何度も襲いくる痛みに私は呻き声を上げていた。


「どうした――? 黒パン女。手も足も出ないのか?」


 悔しいけれど、その通りだった。

 動かしたくても全く体が動いてくれない……この体が動きさえすれば。


 傷は尚も増えていき、その痛みに意識が飛んでしまいそうになる。

 私は悔しさに歯を食いしばった。


「さあ、降参しろ! でなければ、貴様をここで挽肉にするぞ!」


 シュナイデンの嗜虐的な笑い声が、耳の奥に反響する。


 もう、限界――倒れてしまおう。

 そう思った時、あれだけ長くしなる剣が、他の生徒に当たっていないか心配になった。


 かろうじて動く瞳を向けて、彼らを見やる。


 よかった、誰も怪我をしていない。

 安堵したその時、生徒たちの隙間から見えてしまった。


 人だかりに隠れるようにして、シュナイデンの取り巻の一人、ヴァイサが何やら呪文のようなものを唱えて、漆黒に輝く杖を私に向けているのを――!


 金縛りの正体はこれか……。


 それが分かったとしても、動く事を妨げられ、火球と蛇腹剣で玩具のようにいたぶられている私にはどうする事も出来なかった……。

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― 新着の感想 ―
[一言] まっ、マジか!?小さい頃からカナリアさんに鍛えられてきたアリサさんても対処出来なかったですかぁ。。。公爵家当主なら兎も角、あの子爵家息子ごときでそこまでの権力と財力を持つとは凄く予想外です。…
[気になる点] 審判の先生がノーリアクションなのが気になりました。 取り巻きに殺されたのでしょうか?
[気になる点] 講師の監督下での演習の一貫としての決闘であるにも関わらず不自然に硬直する生徒に魔法が乱れうちされても止めないとか そもそも入試の際に両手剣の使用を強要し授業でも騎士の武器とか言ってるの…
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