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第一話 転生

 ――私が目を醒ますと、そこは真っ白な空間だった。


 古代ギリシャの建物のような、白い石柱が立ち並ぶ建物の中。

 天井はなくて、不自然に白い空がどこまでも続いていた。


 中央には、二脚の椅子。私はその片方に座らされている。

 もう一つの椅子には、とても綺麗な女性が腰かけていた。


「鈴城亜理沙さん。残念ですが、あなたはお亡くなりになりました――」


 その女性は唐突に、私へ向かって告げた。

 お亡くなりになりました……って、一体どういう事?


「えっ……、お亡くなりに……って?」


「そうです。あなたは死んでしまいました。……思い出して下さい。今までどうしていたのかを。そして、どうしてこうなったのかを」


「うーん……」


 私は唐突な話に戸惑いながらも、腕を組んで一生懸命考えた。

 確か、こうなる前は――。



    §  §  §  §



「九百九十六、九百九十七、九百九十八!」


 竹刀を振り下ろすたび、心地よい風切り音が聞こえてくる。


「……九百九十九、千!!」


 私は日課の千本素振りが終わると、道場の隅に座ってタオルで汗を拭った。

 鈴城(すずしろ)亜理沙(ありさ)――十七歳、剣道三段。それが私。


「えっと……時間は……っと」


 防具から着替えて時計を見ると、時間は九時を少し回っていた。


「いけない、急がなきゃ!」

 

 いつも通っている剣道道場。

 そこから家まで、必死に自転車を漕いで三十分。

 オープニングはもう駄目だけど、本編ならぎりぎり間に合う!


 日曜日の朝、通称ニチアサの『ハイパーヒーロータイム』

 戦隊ヒーローの時間に。


 私は普通の女子高生……と言うには、ちょっと変わった女の子だ。


 ニチアサで放送されている戦隊ヒーロー、略して『戦隊』

 五色五人の戦士達が巨悪と戦い、日本を護る。そんな勧善懲悪の特撮ドラマが大好きで、私もそれを目指している。


 戦隊を初めて知った四歳、格好いいヒーローに憧れた。


 どうしたらそうなれるかなんて、全然分からなかったけど……まずは剣道を習って、体を鍛える事にした。加えて、二年前からアクションも出来るようにと、パルクールも始めた。


 パルクール――壁や障害物を利用して、街中を走ったり跳んだりする競技。


 ……本当は、戦隊のアクションクラブに入りたかったんだけど、両親の猛反対を受けて断念。だから、剣道とパルクール。いつかは戦隊になれると信じて、この二つをずっと頑張ってきた。


 その剣道道場から三十分。九時半の戦隊には間に合う、ぎりぎりの時間。


「ヒーロータイムに間に合えええぇーっ!!」


 自転車を飛ばして、いつもの坂を一気に駆け下りる。

 ここは、人通りがとても少ない。ブレーキをかけずに降り切れば、少しだけ時間を短縮出来る……はず。


 きっと、オープニングにだって間に合う。


 指をブレーキから外し、それまでの速度に斜面の勢いも足して急降下。風を受ける爽快感を肌に感じながら、「間に合う!」と思っていた。


 いつもなら、誰もいないこの細道。

 坂の終わり際、油断している私の前に何かが飛び出して来た。


 ――女の子。


 おそらくは五、六歳くらいの女の子。丁度、私の妹と同じ年頃だ。

 路上に跳ねてしまったボールを取ろうと、道に飛び出してきた。


「危ない! どいて、どいてええーっ!!」


 迫る自転車と叫びに驚いて、女の子は完全に固まってしまった。


 ブレーキ!


 咄嗟に右手をブレーキにかけて、思いきり引く。

 その急ブレーキで、私は自転車から放り出されて――。



    §  §  §  §



「思い出しました……」


「そうですか。どこまで憶えていますか?」


「自転車から放り出された所まで、です」


「あの後……あなたは武道を嗜んでいながらも、無理な姿勢に受身も取れず、地面に激突。首の骨を折って死んでしまいました。それはもう、物凄いポーズで……」


 女性の肩が震えている。私の死を悲しんでくれているのかな?


「そして、脇から走ってきたトラックに死体を轢かれて……その、ふた目と見られない姿に……」


 これ、泣いているんじゃなくて、笑いを堪えてるんだ。

 私から必死に顔を逸らしているし、笑いを噛み殺すような声も言葉の端々から聞こえているし。


「あの少女は、大層あなたに感謝をしていましたよ。トラックから守ってくれた、命の恩人だと……。目の前で見知らぬお姉さんがぐちゃぐちゃになる姿をトラウマにして」


 さらっと酷い事言うなあ、この人。


「そんな二段構えの面白い……いえ、惨たらしい死に方をしたあなたに、チャンスを与えるために、ここへと呼び寄せたのです……」


 言葉の端々にふふっとか、ひひっという笑い声が混じっている。

 これ、私が怒っていい場面だよね?


 ……でもそれより、この人は一体?


「……私は……『創世の女神』と呼ばれている、高次の存在です。……あなたを生き返らせる事はもう出来ませんが、えっと……私の創った異世界にあなたを……転生、つまり生まれ変わらせる事が出来ます」


 転生? ……生まれ変わらせる?

 何、本当に女神なの?


「……はい、本当に女神です」


 疑問に思っただけの私に、女神と名乗ったその人は答えた。

 笑い涙を指で拭うと女神と名乗ったその人、もう女神様でいいや……は私の両手を握って言う。


「自分の危険を顧みず、誰かを守る。そういう無茶が出来るあなたにトキめいたんです!」


 席から身を乗り出して、目を輝かせ、まるで感動したかのように言っているけど、私は騙されない。だって、さっきまであんなに笑っていたんだから。


「トキめいた……じゃなくて、笑いものにしたくなったの間違いですよね?」


「あ……ええと……」


 目を泳がせて咳払いをし、女神様は椅子に座り直す。


「でも、トキめいたと言うのは本当です。その間抜け……いえ、無惨な死に方は……酷くツボにハマりましたけど」


「それで、生き返らせてくれる……って言うんですか?」


「はい。正確には生き返りではなく、生まれ変わりです。死体は……もうかなり凄い事になっていますので、ちょっと無理ですから」


 ここでやっと笑い飽きたのか、女神様は真顔になった。


「あなたには、私が地球を模して創った七万九千二百三番目の世界、つまり『異世界』に転生して貰います」


 七万もの世界……。

 私の想像を遥かに絶している。


「それで私は、そこに生まれ変わるんですか?」


「はい。魔法が飛び交い、魔物が跋扈するゲームのような世界です。……RPG(アールピージー)、ご存知ですよね?」


「いえ、全然知りません」


 私は、首を横に振った。

 自慢じゃないけど、私は戦隊と剣道ばかりに明け暮れて、ゲームの類はあまりやった事がない。アールピージーと言われても、全然ピンと来なかった。


 女神様は、憐れむような目で見詰めて言い直す。


「魔法や剣で、次々と現れる魔物をやっつける世界です」


「魔法、それは勇気の証……ですね? 『魔法の戦隊』みたいな!」


 私は興奮して立ち上がり、女神様の両肩を掴んだ。

 力んでしまったせいで女神様は苦痛に顔を歪めている。


「痛っ……!」


「あっ、すみません!」


「……いえ、大丈夫です。……その『魔法の戦隊』というのはよく分かりませんけど、つまりはそういう世界です」


「という事は、私も戦隊になれるって事ですか?」


 女神様は顎に手を当てて、うーんと唸ってしまった。

 そうか、戦隊なんて言っても通じないよね。


 女神様にも分かるように言わないと。


 私は、五人の仲間で悪を倒すヒーローの事ですと説明した。

 すると、女神様はにこやかに微笑みながら私に告げる。


「戦隊……かどうかは分かりませんけど、『冒険者』という職業ならありますよ」


 ……ボウケンシャー?


「はい。希望すれば誰でもなれる職業で、何人かでパーティ……いえ、仲間になって悪い魔物を倒したり、悪人を懲らしめたりするお仕事です」


「それって、本当ですか!? ……じゃあ、私、その『ボウケンシャー』っていうのやります。なんか響きも戦隊っぽくて格好いいし!」


 生まれ変わった別の世界でも、戦隊みたいな職業がある。

 そう思えたら嬉しくなってきた。しかも、それが誰でもなれるなんて。


 今までずっと、本当に戦隊になれるか不安を抱えていた私には、正に天から垂れた蜘蛛の糸だった。


 そうと決まれば、早く生まれ変わりたい。死んで動かないはずの心臓が高鳴る。


「いえいえ、『ボウケンシャー』ではなく『冒険者』ですよ。とにかく、転生する……という事でいいのですね?」


 当然、答えは決まっている。

 女神様の問いかけに、私は力強く返事をした。


「はい!」


「では、転生特典を選んで下さい」


 女神様はゆっくりと目を閉じて、私に語りかける。


「なんでも構いませんよ。最強の魔法、使い切れない程の大金、誰にもない特別なスキル……能力。なんでも一つだけ、大いなる力を授けましょう」


「いえ、『大いなる力』とか貰っちゃったら、ずるくないですか? 私、ずるしてまで戦隊……いえ、ボウケンシャ? ……にはなりたくないです」


「えー……」


 女神様が酷く渋い顔をする。本当に残念そうな顔だ。


「今までで、そんな事を言ったのはあなたが初めてですよ」


「そうなんですか?」


「ええ。……先程お話した通り、転生先は魔物が住まう危険な世界です。……なんの準備もなく飛び込んだら、またすぐに死んでしまいますよ?」


 確かに女神様の言う通り、生身で怪人や戦闘員と戦うのは危険だ。とはいっても、欲しい魔法とか能力とかすぐには思い浮かばないし。


 ……あっ、そうだ!


「女神様。その『大いなる力』って、本当に何でもいいんですか?」


 おそるおそる女神様に尋ねてみる。

 すると、女神様がにっこりと微笑んで言った。


「もちろんです。やっと決まりましたか?」


 その微笑みに私は首を縦に振る。


「では、欲しい特典を言って下さい」


「はい。その……最終回が観たいです」


「最終回?」


「私が今日、見逃した『撃龍戦隊リュウケンジャー』の最終回を観せて下さい。お願いします!」


「ええええーっ!?」


 女神様は、驚きのあまり椅子から転げ落ちた。

 そんなに驚かなくてもいいのに。私、何か変な事を言ったかな?


「ええと……あの、魔法やスキルではなくて、テレビの最終回?」


 困った顔で私に尋ねる女神様。

 私は、女神様にはっきりと答えた。


「はい。最終回です! 女神様なら出来ますよね!?」


「出来ますけど……。本当に、そんなものでいいんですか?」


「もちろんです!」


「本当に?」


 渋い顔をして、確認する女神様。

 私が何度も首を縦に振ると、女神様は大きな溜め息をついた。

 そして、何もない場所に大きなスクリーンを出現させ、私に言った。


「ええと……『撃龍戦隊リュウケンジャー』の最終回でしたね。……私、そういったテレビ番組は詳しくないので、少し待って貰いますけど……いいですね?」


「はい!」


 酷くしょんぼりした顔で、テレビのチューニングのような事を始める女神様。


 さまざまな番組が映っては消え、映っては消えていく。

 私はその間、いつも以上に期待に胸を膨らませ、最終回が映る瞬間を待った。



    §  §  §  §



「亜理沙さん……本当にこんなものでよかったのですか?」


「はい、本当に……本当にありがとうございました!」


 観る事が出来なかった最終回を観れて、大感激の私。

 戸惑いの色を隠せない女神様の両手を握って、深々と頭を下げた。これで思い残す事は何もない。


 ……っていうか、今から生まれ変わるんだっけ。

 

「では、異世界に飛ばしますね。お達者で」


 女神様が片手を上げると、私の足元にあった床が消える。

 足場を失くした私は、下へ下へと落ちていく。


 ――そして私は、異世界へと旅立った。

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