第百五十六話 休暇
数日間だけ、という約束で私たちのバカンスは始まった。
人魚のテラソマも一緒だ。
そこで、私たちが何をしているかというと……日光欲。
人数分のロングチェアを湖畔に設えて、ジルが用意した水着を着てだらけているだけ。絶対に力の入れどころが間違っていると思うんだけど、サングラスまで人数分用意されている。
――日光浴を始めて、数時間。
落ち着けなくなった私は、飛び起きてジルに抗議した。
「あーっ! もう、何だらだらしてんのよ! 地球産のサングラスまで用意して!」
これでは、領主官邸でやっていた事と同じだ。
両手を広げて力説する私に、だらけきった顔のジルがサングラスをずらして答える。
「何を仰ってますの? バカンスと言ったら、日光浴ですわよ。地球でもお決まりの休暇の過ごし方ですわ」
そんなお決まり、聞いた事がない。
海外ではそうなのかも知れないけど、戦隊と剣道に明けくれた私には知りようがなかったし。
それでも私は食い下がって、有意義に過ごす事を提案する。
「もっとこう……観光とか、ショッピングとか色々あるでしょ?」
「そういう事はー、したい人だけすればいいんですわー。私はのんべんだらりと日光浴をするんですのよー」
湖の人魚たちみたいな間延びした喋り方になっている。
これは、重症だ。
人魚たちは元からそういう性格だけれど、ジルは……うーん。考えてみれば結構、元から怠惰だったのかも知れない。
そこに、カナが私へ援護射撃をしてくれた。
「おっ……観光、いーじゃねえか! アタシも丁度、寝転がってんのに飽きてきたトコなんだ!」
「私も! 宿場町で留守番してる従士たちに、お土産買っていきたい!」
アスナも賛同。
部下にお土産だなんて、気配りの出来る上司振りを発揮している。長期間、本来の任務を放って遊んでいるのは、上司として問題ありかもだけど……。緊急の『領主護衛任務』中だから、仕方ないよね?
楽しそうに観光をおねだりする二人に、ジルはとうとう折れた。
「もう! 分かりましたわ、ソウメイルの街で観光しましょう!」
「「やった!」」
両手を上げて喜ぶカナとアスナ。
やっぱりこの二人、どことなく性格が似ている。
「それでしたら、わたしが案内してあげますのー」
テラソマもガイド役を買って出てくれて、これで観光が確定した。
ちなみに、テラソマは意外にも人間の足が気に入ったみたいで、ずっと人間状態のままで私たちと行動を共にしている。とても便利だからと、ジルから《人化》の魔法も教わっていた。
……さて、そうと決まれば馬車に乗って、街へ繰り出そう!
§ § § §
またやって来た、ほとりの町ソウメイル。
今日も観光客で賑わっている。
全ての建物の屋根がカラフルに染め上げられていて、街に入ってすぐの印象がとてもいい。いかにも観光地、といった感じ。
「屋根は、執事様がご提案して下さったのー。魔法の染料で染めてますのよー」
テラソマが早速ガイドとして教えてくれた。
これがジーヤの案だったなんて。彼は私の執事にしておくには勿体ない程、凄い人だと思う。
そんなジーヤの功績を眺めながら、大通りを歩く。
大通りはお土産屋と宿屋、それにお食事処が沢山並んでいて、外からお客さんを呼ぶための街のつくりになっている。
私、ジル、カナが大好きな露店も沢山あって、見ているだけでも楽しくなった。……大通りを進むたびに、ジルの両手に食べものが増えているけど。
「あれもいいですわ! あれも、それも……これもいいですわー!!」
観光を面倒くさがっていたのに、一番楽しんでいるのはジルだった。
私たちも小腹が空いたので、適当な露店でお腹を満たす。
私が選んだのは、珍しい鶏の串焼き。
長い串に、鶏肉、卵、鶏肉、卵、鶏肉の順番で刺さっている。卵はゆで卵で、鶏というよりは、ウズラに近い小さな鳥の卵だ。
注文すると、店主がその場で甘辛いソースをくぐらせて渡してくれる。道にぽたぽたと垂れるソースが、買い食いの背徳感を増している。
カナとアスナは、地球でいう『ナン』のような、膨らませるのではなく薄く焼いたパンに、香草を効かせた肉をたっぷり挟んだものを買った。二人でそろって豪快にかぶりつく。高価な小麦粉を使っているので、値段はかなりお高め。
テラソマは魚。使い捨ての魔法皿――適当な動物の革に《硬化》の魔法をかけた、日本でいうところの紙皿。《硬化》の魔法は一回の詠唱で一定範囲を硬くするため、まとめて何十枚も作れるので、この世界ではたまに見かける食器だ。
この魔法皿に焼いた小魚が沢山乗って、甘い香りのする煮汁をかけたものを食べていた。蜂蜜と果実の香りが、食欲をそそる。
歩きながら食事をすると喉も乾いてくるので、屋内店舗の専門店で飲み物を買った。果実を絞ったジュースに、氷結魔法で氷まで浮かんでいる。これは、この地域で魔法使いの雇用が増えた証。
私にも少しは領主の自覚があったのかと思うけど、街の発展に嬉しくなりながらそのジュースを飲み干した。ジルたち四人も、様々な果実のジュースを美味しく飲んでいた。
まだ、冬……だけどね。
様々な店や露店を見て回りながら、大通りを進むと……やっぱり嫌でも、突然消えてなくなったりはしない銅像。出来るだけ素通りしよう。
「ご領主さまの銅像ですのー!」
テラソマ、それは紹介しなくていいから!
「格好いいですのー。ご領主さまに感謝ですのー」
テラソマは両手を握って祈りの姿勢になり、銅像に拝み始めた。
それを見て真っ赤になった私に気付いて、ジルたち三人も真似をする。
「もう、恥ずかしいからやめてーっ!」
§ § § §
なんとか恥ずかしい銅像を過ぎ、私たちはお土産屋へ。
お土産はアクセサリや、この地域の民族衣装なんかが主流で、他には地名が刻印された刃引きの剣や、三角形のペナントのようなものが売っていた。
そういえばこの世界って、日本の様式が所々に散見される世界だった。
お風呂の入り方とか。
特に刃引きの剣は、日本でいう木刀って奴かな。実用性はどう考えても皆無。刻印で弱くなってる部分から折れてしまいそう。一体、誰が買うんだろう。
逆にアクセサリ類は、お土産にぴったり。なめし皮で出来たヘアバンドに、綺麗な布を複雑に巻き付けた髪飾りなんかは、銅貨五枚とお手頃だし喜ばれそう。他には、革紐の先端に銀や宝石の飾りが付いた腕飾りなんかも可愛らしい。
アスナは何を買うのかな……と思って見ていると、迷わず剣を手に取った。
「従士のお土産には、これがいいかな!」
「ちょっ……ちょっと待って、アスナ! それ、貰った人喜ぶ?」
「私なら喜ぶけど?」
……アスナのお土産センスは最悪だった。
§ § § §
しばらくこの街を歩いていると街の端、湖へと出た。
そこでは、魚人――迷宮で遭遇し、散々苦戦させられたあの怪物がいた。
「……サハギン!!」
私は魔法剣を咄嗟に創り出して、構える。
私が警戒していると、それをジルが制止した。
「お待ちなさい。あれは半魚人ですわ。サハギンとは違いますわよ」
「え……違うの?」
「ほら、エラの形ですとか、鉤爪、表情……全然違うじゃありませんの」
私には全く区別が付かない。逆になんでジルは区別が付くんだろう。
違いが分からない私が、首を捻って悩んでいると横から一言。
「そーだぜ。半魚人に失礼だぞ、アリサ」
ええーっ……カナまで!?
ちょっと、元日本人の私には本当に分からないんですけど!
「うん、半魚人とサハギンを間違えるのは、失礼だね」
「そうですのー。半魚人はわたしたちの仲間で、サハギンはわたしたちを襲う、悪い魔物ですのー」
全員から責められる事になるなんて。
魔法の途中解除を行って剣を消し、私は半魚人に謝った。
「大丈夫ですよー。よく間違えられんですよー」
あ……口調で分かった。この半魚人、確かに人魚の仲間だ。
これなら私でもなんとか理解出来る。
でも、あれ? 他の人もよく間違えるなら、私は悪くないのでは?
……とにかく気を取り直して、半魚人に尋ねてみた。
「それで半魚人さんは、ここで何をしているんですか?」
「遊覧船の船頭ですよー。いかがですかー? ご領主さまも乗っていかれませんかー?」
半魚人の周囲を見ると、何艘かのボートが停泊している。
船頭とあと二人を乗せたら一杯のカップル向けや、まとめて五、六人は乗れそうな家族向けまで。
「せっかくですから、乗っていきましょう!」
ジルがとても乗りたそうに、私に勧めてくる。
だらだらしたいと言っていたジルは、どこへ消えたのやら……。
私たちは家族向けボートに乗せて貰う事にした。
料金は、お一人様銅貨二枚……かなりのお値打ちだと思う。
――半魚人の漕ぐボートに乗ってしばらく、私たちは湖から望む美しい風景に心洗われていた。
ゆったりと進むボート、少しずつ変わる景色。贅沢な時間だ。
その途中、変わったものを見つけた私は、ボートから身を乗り出す。
「ねえ、あれ何かな? ほら、あの小さい島みたいの……」
観光気分で一番気が緩んでいたのは、ジルではなく私だったのかも知れない。身を乗り出し過ぎた私は、手を滑らせ……。
「あっ……!」
ボートから転落した。
どんどん沈んでいく体。早く泳いで水面に上がらないと。
そう思って強く蹴り出した私の足は、鋭い痛みと共に動かなくなった。
足がつった――!
不味い。このままでは、溺れてしまう!
気持ちでは焦りながらも、動かなくなる体と苦しくなる息に、私の意識は遠のいていった……。




