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第百五十四話 海蛇

 海竜(シードラゴン)――主に海に生息する、巨大な竜の亜種。

 太さだけでも二メートル近くあり、長さは数十メートルにも及ぶ。水中が生息域のため翼はなく、手足も退化して失くなっている。


 その海竜(シードラゴン)が、人魚(マーメイド)の一人を咥えて私たちを威嚇している。人魚の腹に尾に深々と竜の牙が刺さって、とても痛々しい。


「助……けて……」


 息も絶えだえに人魚が助けを求める。

 一刻も早く救出しないと、手遅れになってしまう。


「待ってて、すぐ助けるから!」


 まずは、私とカナが海竜の胴体を斬りつける。

 ある程度効いてはいるものの、大した深手にはなっていない。


 そこで、アスナが《竜化》の魔法を使う。《竜化》は自らを竜の姿へと変貌させる特殊魔法だ。彼女の全身が爬虫類のそれとなり、翼が生える。


 翼で飛んで、頭上高くで捕えられている人魚を助けようとするも、海竜は首を器用に振り回して、羽虫でも叩き落とすかのようにアスナを水面へと叩きつける。


 いくら竜化したとはいっても、一メートル半のアスナと数十メートルの海竜では、その体格差は歴然だった。


「あいてて……」


 なんとか上体を起こし、打ち付けられた個所をさするアスナ。


 海竜はというと、噛み付いたまま首を振り回したせいで、余計に人魚へと牙を食い込ませてしまっていた。人魚から悲痛なうめき声が聞こえる。


「こりゃ、やべーぞ!」


 カナが叫ぶ。


 どうにかしないと。何か策はないものかと、私も必死に思案を巡らせた。

 ……そうだ!


「アスナ、海竜(シードラゴン)の胴体を攻撃して、注意を引き付けてくれない?」


「うん。やってみるよ」


 アスナが海竜の体にその鋭い爪を立てると、海竜は尻尾でアスナを追い払おうとする。それを避けて、更に胴体を攻撃。尻尾が来てそれを避ける。


 一連の攻防が繰り返されると、反撃に集中した海竜の頭が動きを止めた。


 翼のあるアスナは水面よりも上で戦えるため、水の抵抗を受ける事なく動ける。だから、当てるのも避けるのも素早い。海竜の意識は完全にアスナに集中していた。


 極太の胴体に次々と、四本の爪痕が刻まれていく。


 ジルも錫杖を振り回し加勢し、十分過ぎる程に陽動の役割を果たしてくれた。


「カナ、あれやって! 私をぶん投げる奴!」


(おう)よ!」


 カナと私は、深さが足首程度の浅瀬まで戻った。

 そして、カナが私の両足を掴むとジャイアントスイングを始める。

 ぶんぶんと振り回して遠心力をつけ、思いきり私をぶん投げた。


「《剣創世(ソード・ジェネシス)・大斬刀》!!」


 投げ飛ばされながら、今創りうる最大の剣を出現させる。切り札の『巨大剣』では、激しく動き回る乱戦で味方に当たってしまう可能性があるから、どうしても選択肢はこれになってしまう。


 両手にしっかりと大斬刀を握って突撃。人魚には当たらないように、それでも竜の頭部を狙って。

 

 私が飛んでいる間に、水に足を取られて竜の一撃を躱しそびれたジルが、彼方へと吹き飛ばされた。ありがとう、ジル。あなたの犠牲は無駄にはしないから!


 ジルの尊い犠牲とアスナの陽動が功をなし、大斬刀は海竜の顎の下付近へと深々と突き刺さった。大音声の叫びをあげて、海竜はたまらず口から人魚を離す。


「おっと!」


 アスナが低空飛行で人魚を受け止める。

 鉤爪で傷つけてしまわないよう優しく、しかし取り落とさないように強く。


「あ……ありがとうございますー」


 人魚がアスナにしがみつきながら、お礼を言った。

 これで人質はいなくなった。さあ、ここからが反撃――。


 ……と思った矢先に、ジルがずぶ濡れの姿で戦場へと戻ってきた。


「うふふふ……海ヘビの分際で、この(わたくし)をここまで虚仮にするなんて……。初めてですわ、こんな屈辱……」


 引きつった笑顔で肩を震わせるジル。これは相当にご立腹の様子。


「うふふふふふ……第一、脚が一本もないヘビ畜生風情が、(ドラゴン)を名乗るなんて……おこがましいにも程があると思いませんこと?」


 ひょっとして、ジルって脚の数で(ドラゴン)かどうかを決めてない?

 結構前に私が飛竜、ワイバーンを倒した話をした時は、ワイバーンの事を『飛びトカゲ』とか呼んでたっけ……。


 でも、地竜(アース・ドラゴン)は竜って認めていたし、竜亜人も竜だって言っていた。


 真竜、地竜、竜亜人は手足四本だから竜。飛竜や海竜は脚が少ないから、トカゲやヘビ扱い……おそらく、そうに違いない。意外と単純だ。


「本気を出しますわよ! アリサさん、カナさん、アスナさん……当たっても恨みっこなしでお願いしますわ!」


 そう言い放った次の瞬間に、ジルの左腕が巨大化。

 真竜(ドラゴン)のそれとなって、海竜の胴体へと振り下ろされた。


 もし全身を戻していたなら百メートル級、真なる(ドラゴン)の前脚が放つ一撃。

 それは、数十メートル程度の海竜では抗いようもない、圧倒的な力の差だった。ヘビ畜生風情という言葉は、一切誇張のない純粋な格の違いからくる言葉。


 大波のような水飛沫をあげて、海竜が真っ二つになる。

 そして数度のたうち回ると、そこで息絶えた。


「ふん! (わたくし)を侮辱するから、こうなるんですわ!」


 錫杖を投げ捨てて竜化を解き、両腕を組んで高らかに宣言する。


「……っと。忘れてましたわ、《治癒(ヒール)》――!」


 人魚への治癒魔法も忘れない。

 近頃は間が抜けている印象が強いジルだけど、こういう時は本当に心強い仲間だ。……多分。


 人魚はジルにもお礼を言うと、水面を楽しそうに跳ねた。


「ジルも《竜化》出来たんだー……凄い! でも、あんな()っきな竜化ってどうやるの?」


 目を輝かせて、アスナがジルへと尋ねた。


「ふふん……『企業秘密』ですわ……!」


「『キギョーヒミツ』?」


 日本語で言っても通じないよ、ジル。

 そこで、私が助け舟を入れる。


「ええとね……、ジルは『竜神教』って竜の神様を奉る宗教の聖女様だから、特別なの」


「じゃあ、私も『竜神教』に入るよ!」


 あれ……? 思わぬ所で布教に成功。

 アスナが『竜神教』に入信した。でも、入信しても真竜にはなれないよね。騙した形になっちゃってない?


「竜への道は険しいですわよ!」


「おーっ!」


 水平線を指差すジルに、同じ方向を見つめるアスナ。

 私の不安をよそに、二人は意欲満々だ。


 私は小声でジルに耳打ちする。


「……ねえ、大丈夫なの? あれって、ただ本当の姿になっただけでしょ……?」


「……大丈夫ですわ。竜亜人(ドラゴニュート)には『真竜(しんりゅう)』になれる専用魔法というものがあるんですのよ……上位を超えた、秘伝の魔法ですけど……」


「……えっ、本当……?」


「……ええ。ですけど、一度竜になったら亜人には戻れないのが、玉に瑕だったりしますわ……」


 それって、アスナの望む《竜化》とは違うのでは?

 前回のエキドナの時もそうだったけど……ジルが他人に授ける魔法は、どこか大事なものが抜けている。


 ――それから。

 海竜を退治した私たちは、お魚食べ放題から海ヘビ食べ放題にランクアップした。食べきれない分はどうしよう……。

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