第百五十〇話 歓待
『剣聖』領での、ジーヤたちとの思わぬ再会。
私には嬉し過ぎるサプライズだった。
ジーヤも、メイドたちも、仲間も……皆、私が泣きやむのを待ってくれていた。
思う存分泣いた後、領主官邸の中へと通される。
アンティークで落ち着いた雰囲気の内装。
柔らかな日差しをたっぷりと館内へと導く大きな窓。年季の入った家具や調度品は、古めかしさよりも高級感や気品を感じさせた。
品格のある貴族の館といった風情の建物だ。
「ジーヤ、中々雰囲気がいい建物ね」
「いつお嬢様にお越し戴いても大丈夫なよう、常に綺麗にしておりましたので」
「特に、絵画とか壺とか変な石像とか、そういうのがないのがいいわね」
「申し訳ございません。それらは前領主が退去する際に、全部売り払ったという話です。何分、迷宮経営に失敗して、夜逃げをするように出ていったとの事ですので……」
謝罪をするジーヤ。
私が、『美術品がないのは殺風景だ』と叱ったと勘違いをしたらしい。
「ジーヤ。今のは、嫌味じゃなくて本音だから……」
「恐縮に御座います」
少し話をしながら廊下を歩いて、案内されたのは広い応接室。
無駄に豪華な美術品のない、こざっぱりとした部屋だった。
必要最小限の家具と飾り。それでも、お客様のためにソファだけは大きく。
「お食事と、お客様方のお部屋のご用意が出来るまで、暫しこちらでおくつろぎ下さいませ」
ジーヤがそう告げた後、コトゥハと共に退室し、残ったマコットが全員にお茶を振る舞った。この世界では贅沢とされる、お茶菓子も出された。
質素倹約が旨のレッドヴァルト家だけど、来客となると話は別。
失礼のないよう、しっかりともてなす。最大限のもてなしをというのが当家の礼儀だ。
「この焼き菓子、お砂糖の甘みですわ!」
次々にヴァッフェル――この世界の薄い焼き菓子を頬張っていくジル。
聖女の風格や品位は、どこかへ吹き飛んでしまっている。
彼女がマナーも忘れて食べ漁るのは、それだけ砂糖はこの世界で貴重だから。
食いしん坊なジルが甘味なしの生活をしているのは、さぞかし辛い事だと思う。
真竜が不当に扱われない、真竜の楽園を探して様々な世界を旅した……というジル。差別はされなくても砂糖が手に入らない世界は、はたしてジルにとって本当に楽園なのか疑問に残る。
彼女に必要な魔力だけでなく、彼女の欲する甘味もない世界に飛ばすなんて、女神様は本当に抜けている。
「普段はお茶菓子なんて食べないんだけど、ジルたちはお客様だからね。ジーヤが特別扱いしてくれてるのよ」
「それはありがたいお話ですわ。この期に沢山食いだめをしておかないと……」
「食いだめって……ジル、冬眠前のリスか何か?」
「リスでもなんでも構いませんわ。贅沢出来る時は贅沢するに限りますわ!」
……ジルにこの領の食料が全部食べられないように、気をつけないと。
しばらくして、部屋の準備が出来たという事で、三人はそれぞれ個室へと通される。私もあらかじめ用意されていた私室へ案内された。
その後、やや豪華な装飾のある食堂に呼ばれ、皆で夕食。
来賓をもてなすのに重要なこの部屋だけは、ある程度の飾り付けがなされていた。
食事の内容も、この世界としては贅がつくされていた。
「凄ーよ、アリサ。このパン、白くて柔らけえ!」
「柔らかいよね、白パン!」
カナとアスナは、パンの白さやスープの塩味、丁寧に調理された肉料理に感動している。普段から固くてすっぱい黒パンばかり、スープも香草入りだけど塩はなく、肉もただ焼いただけという食事だったから、驚くのも当然かも。
その横でジルは、白パンに涙を流していた。騎士学校で白パンを食べた時の私と同じ反応だ。懐かしさと美味しさに思わず泣いちゃうよね。
「聖女サマ、大げさだなー! 泣く程美味いのかよ?」
「ええ、ええ。泣く程美味しいですわあああっ……!」
大号泣するジル。
それをなだめる、カナとアスナ。
分かる。その気持ち、痛い程分かるよ……ジル。
§ § § §
私たちが官邸に来た次の日。
ジーヤたちとの再会に安心した私は、お昼過ぎまで眠ってしまっていた。これだけ落ち着いて寝れたのはどれだけぶりだろう。
目を醒ますと、カナが私の上に馬乗りになっていた。
「お目醒めか? アリサ」
「あ……うん……おはよ、カナ」
私が寝ぼけ眼をこすりながら挨拶をすると、カナは私の上でぐっと拳を握った。
一体、何をする気だろう?
「だが、起きるにはまだ早え」
言うなり、カナは全力で私の鳩尾に拳を打ち込んだ。
内臓が破裂するかと思う程の強打を受け、私の意識が遠のく。
……カナ、どうして?
「内臓が飛び出したとしても、あとで治して差し上げますわ」
意識を手放す寸前、カナの後ろからジルの声が聞こえた。
――それからどれだけの間、気を失っていただろう。
部屋に差す光がない事で、もう陽が落ちた後だという事に気付く。
体を起こすと、寝間着から何かひらひらとした赤い服に着替えさせられていたのが分かった。少々動きづらいその服の裾を持ち上げながら、部屋を出る。
まずはカナに文句を言おうと、カナの部屋へと言ってみる。
「ちょっと、カナ! ……あれ?」
ドアを勢いよく開け放ったけど、そこにカナはいない。
仕方なくドアを閉め、隣のジルの部屋へ。
……ジルもいない。
そういえば、夜だから夕食なのかも……と思って、私は食堂へと足を向けた。貴族の館ならではの、長く広い廊下を慣れないロング丈の服で歩いていく。
私が食堂の重い扉を開けると、カナが飛び込んで抱きついてきた。
先程のように殴られないか、思わず身構える。
「ほら、主役はこっちだぜ?」
カナに手を引かれて、食堂の上座へ。
大きなテーブルには食べきれない程のご馳走と飲みもの、それに沢山のお菓子が並んでいた。
ジルが胸から、大きなケーキ――この世界にはないはずの、生クリームたっぷりのいちごショートケーキを取り出す。
上には沢山のロウソクが刺さっている。
「え……何? ……何?」
訳も分からず、きょろきょろと見回してしまう私。
びっくりしている私の手を取って、ジルが言う。
「アリサさん……さあ、早くロウソクを吹き消して!」
「え……? ジル、何を言って……あっ!」
そう……この一年間、目まぐるしい冒険の日々で忘れていたけど、今日は二月二十二日――私の誕生日だ。よく見ると、私が着せられている服も、真紅のパーティードレス。純白のロング手袋や、首にも豪華な飾りが着けられていた。
カナが私にティアラを被せると、高らかに叫ぶ。
「誕生日おめでとう、アリサ!」
続いてジルが、ジーヤが、アスナが、メイドたちが代わるがわる私におめでとうと言ってくれた。
「どうせアリサさん事ですから、忘れていると思ってサプライズで用意しておりましたの。このケーキは私の虎の子ですわ。ありがたく思いなさい!」
「うん、ありがとう」
そういえば、ジルは日本に行った事もあるんだっけ。
その時にケーキを買って、《次元収納》に入れてたのかな?
彼女の《次元収納》の中は時間が止まっているって話だから、それでケーキを長期間保存出来ていたんだと思う。でも、ずっとショートケーキを秘蔵してたなんて……これ、ひょっとして非常食とか?
「お嬢様は、あまり派手な催しはお好きではないと記憶しておりますので、このようなささやかなパーティーとさせて戴きました」
ジーヤが微笑む。
流石はジーヤ。私の好みを分かってる。ささやかというには少し豪勢だけどね。貴族のパーティーとしてはささやか……という意味かな?
私がロウソクを吹き消すと、皆が拍手で私を祝ってくれた。
まあ、殴って気絶させてまで準備をするのは、いくらサプライズでも『なし』だと思うけど……。
それでも、この街に来てからは、嬉しい事ばかりで驚きの連続。
夜遅くまで楽しいパーティーは続く。
――私はこの日、十九歳になった。