第百四十九話 中央都市
「さあ、着いたよ――」
先行していたアスナが、両手を広げて振り返りながら楽しそうに言う。
ソウクールから、およそ十日。
冒険者としての路銀稼ぎとちょっとした布教をしながら、乗り合い馬車に何度か乗って、私たちは『剣聖』領の中央都市に到着した。
中央都市だけあって、広く、大きくそして荘厳。
人々も活気付いていて、とても賑やかな街だ。
そして、アスナがもう一言。
「ここが、『中央都市アリサ』だよ!」
「アリサ!?」
「そうだよ。この土地は代々、領主さまの名前が付いてるんだ」
どの街に行っても銅像が建っていて、どの街でも悪目立ち。
更に中央都市の名前が、アリサ……?
勿論、この都市にも銅像があるんだろう。
私はあまりの恥ずかしさに、その場にへたり込んでしまった。
「どうしたの、アリサ」
「もう、いいかげんにしてえーっ!」
§ § § §
中央都市……恥ずかしいから、あまり名前を言いたくない……は、王都のような城塞都市ではないけれけど、街道から続く街の入り口には大きなアーチがあり、この街は特別な街だと主張している。
私が一歩足を踏み入れると、今まで滞在した街以上の賑わいを見せ、誰もが笑顔で生活している。奥の方には私たち、特にジルが大好きな露店が並んでいた。
ソウクールや途中の街々も綺麗だったけれど、ここも同じくらい整っていて目を楽しませてくれた。レンガでしっかりと舗装された大通り、清潔感のある白い壁の建物たち。目立つ所にはゴミ一つ落ちていない。
広さ大きさでは全然敵わないけれど、美しさは王都以上。
平民でさえも、その生活水準が高い事を街の外観からうかがえる。
さぞ、腕の立つ領主が統治しているに違いない……なんて思ったら、よく考えたら領主は私だ。私、何もしていないのにどうしてこんなに……と不思議に思った。
少し奥へ足を進めると、道行く少女が私に気付く。
「あっ! 『剣聖の姫君』様だ!」
彼女はスカートの裾をつまんで、上品に挨拶をした後、口に手を添えて声高らかに叫んだ。
「みんなー! 『剣聖の姫君』様のご帰還よー!!」
声が届いた範囲の市民がわあっと押し寄せ、私を囲む。
もう何度目かの事なので、ある程度は慣れたけれど、やっぱりこう何か気恥ずかしいものがある。
ああでも、遊園地で私と握手! って考えたら、私ってば凄く『戦隊』っぽい。
思いついた妄想に顔を緩ませている間にも、私を一目見ようと押し寄せる市民はどんどん増え、街の入り口はとんでもない人口密度になっていた。
そして、何故かおもむろに始まる胴上げ。
特に何か武勲を上げた訳じゃないけど、『領主様のご帰還』ってだけでお祝い気分になっている市民によって、私は天高く放り上げられた。
胴上げが一段落し、賛辞と質問責めにあった後、私はやっと解放される。アスナは私の胴上げに参加して大騒ぎし、カナとジルは遠くで楽しそうに笑いながら、私が揉みくちゃにされるのを見ていた。
やっと、街を普通に歩けるようなったら、今度は挨拶責め。
王都で散々同じ目に遭っているから、挨拶責めはもう慣れっこなんだけどね。
「ごきげんよう、『剣聖の姫君』様!」
「『けんせいのひめぎみ』さまー、あくしゅして、あくしゅ!」
「お帰りなさいませ、『剣聖の姫君』様!」
全員に手を振って、時には握手をしたり声をかけたりして返す。
市民自体は王都より少ないはずなんだけど、挨拶をしてくる市民の数は王都以上。
精神的には慣れていても、その数に体の方が疲れてしまった。
まずは、この街での拠点となる宿屋を探そう。
先程私を見つけた大声の少女と、またばったり逢ったので聞いてみる事にした。
「あ、さっきの」
「あ、『剣聖の姫君』様……。みんなー!」
「それはもういいから。……ねえ、いい宿屋知らない? 私、この街は初めてだから、どこに何があるか分からないのよね」
「えっ……?」
少女は怪訝そうに私を見つめた。
それは、私が何かやっちゃった時に皆が見せる、アホの子を見る目だ。
「『剣聖の姫君』様……どうして宿なんか……?」
「ほら、寝泊まりする所がないと困るでしょ? 野宿になっちゃうし」
少女は暗い表情……いや、心底軽蔑した表情になっていた。
アホの子どころか、手のつけられない馬鹿を見ているかのような顔だ。
「『剣聖の姫君』様、なんで『領主官邸』に行かないの?」
「領主官邸……?」
私は、少女の言葉を理解するのに数秒を要した。
「あっ! そういえば私、領主だった!」
深くため息をつく少女。
そして、街の奥を指差して教えてくれた。
「領主官邸なら、この先よ。とても立派なお屋敷だからすぐに分かると思う」
「ありがとう! 今度、何かお礼をしないとね!」
少女に手を振って別れを告げ、領主官邸へと目指す。
カナとアスナは私と同じで、領主官邸という発想は無かった……という顔をしていたけど、ジルだけは必死に笑いを堪えていた。
気付いててわざと教えなかったんだ……!
今日のジルは晩ご飯抜きかな……。
§ § § §
そんなこんなで領主官邸に到着。
以前、ゴレンジ男爵のお屋敷でお世話になった事があるけど、あのお屋敷よりも更に大きくて立派な建物だ。
代々の領主が住んでいただけあって年季こそは感じるけれど、よく手入れがされており、その年数が刻んだ風格のようなものがある。
柱一つをとっても長い年月の間、毎日磨き上げられた艶を放ち、壁も傷一つ見えないように補修が行き届いていて、正に歴代領主の住まう場所という厳かなたたずまいだった。
あまりの立派さに、少し尻込みしながら建物に近付く。
「ねえ、ジル……あれ、入っていいのかな?」
「当然ですわよ。貴女のための館ですもの」
「どうやって入ろう……? ただいま? それとも、おじゃまします?」
なんて相談をしていると、大きく豪華なドアを開けて一人の老紳士が現れた。
その老紳士は私を確認すると、低く渋い声で私を出迎えた。
「――お嬢様、お帰りなさいませ」
聞き覚えのある、その声。
とても懐かしい……近付いて、その老紳士の顔を確かめる。
……ジーヤだ!
レッドヴァルト家執事の、ジーヤ!
私を育て、鍛え上げてくれた、大好きなジーヤだ。
「ジーヤ!! なんで……どうして、こんな所に……?」
私は驚きのあまりに足取りがふらふらになりながら、ジーヤの下へ歩み寄る。そんな私を、ジーヤは優しく抱きとめてくれた。
「ご当主にお暇を出されまして、昨年よりこちらで働かせて戴いております」
「暇を……? 首になったの?」
「いえ、『お前も、もうそろそろ歳だろう。もっと楽な土地で暮らしてはどうだ? そうだ、東の新しい剣聖領などはどうかな?』と……」
「もう、父上ったら……」
これは、父上の粋な計らい。
決してお払い箱などではなく、私について行けという遠回しな呼びかけだ。
「それに彼女たちも、ほら」
玄関から二人のメイドが顔を出す。
うやうやしく挨拶をする二人。彼女たちも懐かしい顔ぶれだった。
「……コトゥハ! マコット!」
私付きのメイドの二人。
一体、どこまで私を驚かせれば気が済むのだろう。
……その嬉しさに、私の頬を暖かな涙が伝った。




