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第百四十八話 銅像

 アスナの変身が解け、裸になる。


 多分、《竜化》の変身に慣れているのだろう。

 彼女は手早く予備の布を巻き付けて、元通りになった。



    §  §  §  §



 再び馬車を出して十数分、目的地であるソウクールの街に到着。


 ソウクールは宿場町と比べると大きな街で、小綺麗な建物が整然と並んでいた。煉瓦作りの道は広く手入れが行き届いている。青々とした並木も、街の美観をより強調させていた。


 そして――。


 街の中央広場には、大きな私の銅像が建っていた。

 宿場町と同じポーズで、剣を構えて凛々しく立っている。


 私は恥ずかしくなって、顔が真っ赤になってしまう。

 あまりの事に両手で顔を隠して、うずくまった。


「なんでこの街にまで、私の銅像が建ってるのよ……!」


 馬車の中で悶絶していると、そっとアスナが優しく手を添えて、私に痛烈な追撃の一言を与えた。


「あれ、全部の街に建ってるから」


「ぜ……全部……?」


「そう。去年、急に王太子殿下が領にやって来て、『これからは、彼女が新しい領主だ! はーっはっは!』なんて言いながら、全部の街や村に銅像を建てていったんだ」


 王太子殿下……ワルツ・ギル・フォン・シュトルムラント第一王子。

 彼のせいだったなんて。


 しかも、全ての街や村? どれだけ沢山のお金を使ったのよ……。


 恋は人をおかしくするっていうけど、王子は本当におかしくなっている。

 いくつも銅像を建てるなんて、税金の無駄遣いにも程があるし、何より私が恥ずかしい。


「王子いいいー……」


 私は歯を食いしばって、王子への恨みを呟く。

 銅像で形どられた美しくも凛々しい私とは対象に、本物の私は羞恥で縮こまっていた。


 ……もう、彼は私の敵だ。いつか成敗しないと。


「あら、いいじゃありませんの銅像。羨ましいくらいですわ」


「ジルううー……」


 今度はジルを恨みの篭った目で見つめた。するとジルは、私が恥ずかしがる姿を見ながら楽しそうに笑った。


 ――やがて、馬車乗り場に到着。

 コボルトたちが御者に馬車の貸出料と賃金を払っている。


 払い終わると、私たちの前へとやって来て、魔族語でお礼を言った。

 私には、犬が吠えているようにしか聞こえないんだけどね。


「『アリガトウ。ワーウルフナンテ、僕タチデハトテモ無理ダッタ』ですって」


「この後、どうするんですか? ……って伝えて」


「『コノ街デ、露店ヲ開イテ宝石ヤ飾リヲ売ル。ヨカッタラ遊ビニオイデ。安クスルヨ』だそうですわ」


 そして、コボルトのリーダーと握手を交わす。

 護衛の料金としては少々多すぎる報酬を貰って、コボルトたちと別れた。



    §  §  §  §



 四人になった後は、のんびりとソウクールの街を散策した。

 私を見るたび、ご領主様だ、ご領主様よと、人々がこそこそと囁きあっている。


 ……銅像のせいだ。


 しかもあの銅像、本人より五割増で美人にスタイルよく作られている。

 つまり、私と銅像は自動的に比べられ、本人が見劣りするのが丸分かりだという事。それが余計に私の羞恥心をくすぐっている。


 真っ赤になりながら、ぎくしゃくと歩く私。


 それを楽しそうに眺めるジル。

 不思議そうに見るカナとアスナ。そんな四人が街を歩く。


 とにかくまず、宿を取らないと。恥ずかしくて宿に引き篭もりたいくらい。


 宿場町と違って、宿自体は数が少なめ。

 宿を探している間にも、街の人々が遠巻きに私を見ている。

 もう、どうにかなってしまいそう……。


 ようやく、今晩の宿を見つけて部屋の空きを確認する。


「ひいっ……! ごっ……ごっ……ご領主様ああーっ!」


 私が入るなり、のけぞって驚く宿の女将さん。

 その叫びを聞いて、一斉に注目する一階のお客さんたち。


 うん……こうなるのは分かっていた。


「あの……宿をお願いしたいんですけど、四人部屋って空いてますか?」


「空いてます! もし空いてなくても、空けますとも! ご領主様のためなら、客を追ん出してでも空けますとも!」


「いや……そこまでしなくても……」


 一応、空いているらしい。


「じゃあ、料金ですけど……」


「ごっ……ご領主様から戴く訳にはいきませんっ!」


「領主だからって払わなかったらずるだと思うから、普通に払わせて。領主っていっても私、普通の冒険者だから……」


「で、でしたら……お一人様、銀貨六枚。お食事を付けるなら、銀貨八枚です……」


 なんとか宿は取れた。

 女将さんと、他のお客さんの視線がきついけど。


 次はギルドだ。

 コボルトから多めに報酬を貰ったとはいっても、まだ少し心許ない。

 パーティにとんでもない大食らいがいるから。


 ギルドへの道すがら、私はアスナにお願いをした。


「ねえ、アスナ」


「うん?」


「これからも、引率として一緒に旅をしてくれない? 多分、どの街に行っても、引率なしだと依頼が受けれそうにないから……」


 そう……銅像が領内にある限り、冒険者としての活動が立ちゆかない。

 アスナは私たちの生命線だ。


「いいよ。領主さまの命令に従うのは、騎士の役目だからね!」


「命令じゃなくて、お願い。嫌なら断ってくれてもいいから。アスナにだって、他の仕事もあると思うし……」


「うーん……宿場町の警備が仕事っていったら仕事だけど、平和な町だから従士に任せればいいしね」


 従士――騎士見習いにして、雑用係。

 本来、騎士を目指す者はこの従士から始めて、下積みを積んで騎士となる。


 お金のあるお坊ちゃま、お嬢様だけが騎士学校を出て、飛び級で騎士になれるという仕組み。元の世界で言えば、士官学校みたいなもの。


 逆を返せば、お金がなくて騎士を目指す人は、従士から……となる。


 確かにアスナは騎士だから、従士の一人や二人いてもおかしくはない。宿場町は魔物が出たとしても山賊コボルト程度で、わざわざ騎士が戦う必要はない。そうなると、アスナの言った事は理屈としては正しい。


「それに、こっちの方が面白そうだし!」


「面白そうって……」


「たまには、領主さまを守るって騎士らしい仕事もさせてよ。百年以上ずっと宿場町の警備ばっかりで、退屈してたんだ」


 百年以上も同じ町を守り続ける。くる日もくる日も大した事件の起きない場所で。……私なら発狂してしまいそうだ。


「百年以上……。わかった、じゃあ改めてお願い」


「了解いたしました! ご領主さま!」


「もう、やめてよ」


 あえて『領主さま』と言って意地悪く微笑むアスナに、また私は恥ずかしくなってしまった。

 火照った頬を隠しながら、ギルドへと足早に急ぐ。


 ――シュヴェルト・グロスマイスター領、騎士竜アスナ。

 彼女が正式に私たちの仲間になった。

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