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第百四十七話 咆哮

 善良コボルトの護衛を引き受けて、私たちは北へと進む。

 南の街ケボンからやって来た彼らは、北の街ソウクールを目指していた。


 素通りする予定を変更して、宿場町で私たちの分の馬車を借りる。

 勿論、山賊コボルト退治の報酬も忘れずに受け取った。


「コ、コ……コボルト一匹につき銀貨一枚と、そそそ、それとコボルトの魔石で……」


 値段を言う時だけ、出来る女になる受付さん。


「あわせて金貨十五枚です。どうぞ、お受け取り下さい」


 眼鏡をくいっと格好よく上げ、きりっとした表情で私に告げる。

 報酬用の受け皿を華麗な指さばきで差し出す。凄く様になっている。


 ……最初の慌てた様子さえなければ、だけど。


 私は十五枚の金貨を受け取ると、四枚ずつに分けて皆へと渡す。


「アリサだけ三枚だよね、いいの?」


 分配について、アスナが聞いてきた。

 私は少々落ち込みながら、アスナに答える。


「どうせジルのお腹に入るから、一緒かな……」


「えーっ? ジルってそんなに食べるんだ!」


「うん……」


 ジルは、腹八分目でも一日金貨十枚を消費する。

 つまり今回の報酬は、アスナが四枚、ジルが十枚、私とカナで合わせて一枚……というのが正しい分配だ。


 ちょっと理不尽な分配が終わったら、馬車で護衛開始。

 私たち四人で、善良コボルトを全力で護る。


 彼らは目つきの悪い山賊コボルトと違って、思わず庇ってあげたくなるような、子犬みたいなつぶらな瞳をしている。絶対に護らないと、という決心が固まる。



    §  §  §  §



 宿場町を出て、およそ一日。

 次の街ソウクールが見えてきた頃に、また山賊コボルトが現れた。


 どこにでも出てくるんだなあ……と、煙たがるよりも先に感心してしまう。それぞれが、犬寄りの掴みにくそうな手で重めの武器を持ち、わんわんと吠え……いや、魔族語で私たちを威嚇している。


「『命ガ惜シイナラ、金目ノモノ全部置イテイケ!』……だそうですわよ」


 ジルが律儀に通訳をしてくれた。


 そんな脅しに素直に従う気は微塵もない。私たちは馬車を降り、それぞれの得物を構える。私はいつもの魔法剣、カナは二本の短剣、アスナはその剛腕と鉤爪。


 ……ジルはお茶。


「ジルうー……。ちょっとは戦ってよね……」


「はいはい、分かりましたわ……っと!」


 言われて胸の《次元収納(アイテムボックス)》から、長大な錫杖を取り出す。ジルの必殺武器だ。

 二人旅だった頃、寝物語のかわりに聞いた話では……日本の土産物屋で買って、様々な世界の付与魔法を幾重にもかけたという特別製の錫杖らしい。


 そんな物騒なものを私に刺そうとしてたって考えると、恐怖で背筋が凍えてくる。あれが刺さってたら私、絶対に死んでたよね?

 ……土産物に刺されて死ぬとか、女神様に申し訳が立たなくなるところだった。


「えっ!? 今、ジル……胸から武器出してなかった?」


 驚くアスナ。

 あれを初めて見たら、普通驚くよね……。


「あー……うん。そういう魔法」


「胸の谷間からあんな()っきいものが出るなんて、どういう魔法なの!?」


「深くは考えないで。それより……敵よ」


「了解!」


 アスナが構えを取り直す。

 私も、そしてカナも。


 ――さあ、戦闘開始だ!



    §  §  §  §



 始まって数分、四人で次々とコボルトを蹴散らしていく。


 山賊コボルトだけなら何匹いても問題はないんだけど、今回だけは奥に三体、コボルトにしては大き過ぎる魔物がいた。


 見た目は人型で犬のような顔。

 他のコボルトや、アイシーなんかの愛らしい顔と違って、マラミュートやハスキーのような精悍な面構え。体つきも筋肉質で明らかに格が上。


 近いのは、魔導具で変身したオオカミ獣人。ただ、今まで戦ってきたオオカミ獣人なんかとは、殺気の質や強さが違う。


「ねえ、ジル……あれ、何?」


「コボルトだけと思って油断しておりましたけど、あれは人狼……ワーウルフですわ!」


人狼(ワーウルフ)……」


 話には聞いていたけど、あれが人狼(ワーウルフ)

 人間に化けて近付き、人を喰らうという怖ろしい魔物。


人狼(ワーウルフ)には銀か、魔法の武器しか効きませんわ……って、(わたくし)たち全員、魔法武器でしたわね……」


「そうね。でも、アスナはどうやって……?」


 私が悩んでいると、アスナは山賊コボルトの相手をそこそこに、より強そうな人狼(ワーウルフ)へと向かっていった。彼女はCランク冒険者、人狼(ワーウルフ)もCランクの魔物。武器さえあれば拮抗する実力のはずだけど、彼女には武器がない。


「駄目っ、アスナ! そいつは魔法の武器しか……!」


 静止しようとする私に、ちらりとだけ目を向けるとアスナは不敵に笑った。途中で足を止めて仁王立ちになると、私に答えた。


「まあ、任せてよ!」


 そして、彼女が叫ぶ。


「《竜化(リュウ・ソウル)》――!」


 それは、自らの体を竜へと変化させる魔法。


 ジルがエキドナに教えたものと同じ魔法。

 叫び声と共に体が一回り大きくなり、服が弾け飛ぶ。腕も脚もより太くなり、全身が鱗に覆われ、頭も竜のそれになる。


 彼女の服が簡素な理由は、変身すると破けてしまうからだった。

 最後に、背中から翼が生えて《竜化》が完了する。


 それと同時に飛び出して、人狼(ワーウルフ)の一体を一撃で仕留めた。

 引き裂いて深手を追わせる……なんて生やさしいものでない。引き裂いて爪の数にスライスする。それは、圧倒的な力と切れ味。


 私が駆けつけて二体目を倒している間に、三体目は一瞬で八つ裂きになった。


 これが竜亜人(ドラゴニュート)の騎士、アスナの力。

 ただの騎士なんかじゃない、『騎士竜』とでも呼ぶべき存在。


 ジルもカナも、呆然とその姿を見つめている。それに……隣にいた私も。


 竜と化したアスナは、その間に人狼(ワーウルフ)だけでなく山賊コボルトまでも全滅させた。八つ裂きにし、噛み殺し、踏み抜く。一方的な暴力が全ての敵を蹂躙した。


 戦いが終わり、天空に向けて鋭い咆哮を上げるアスナ。

 ――それは、勝利の雄叫びだった。

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