第百四十六話 犬人
私たちは四人で相談して、受ける依頼を決めた。
その内容は『街道で山賊行為をしているコボルトの退治』というもの。
コボルトは、犬の頭をした背の低い人型の魔物。ゴブリンと同じサイズで、ゴブリンよりも弱い。
冒険者にとって一番の雑魚というと、このコボルトが真っ先に挙がるくらいで、犬の頭をしているのに野犬よりも弱く、当然、魔物ランクもFだ。
ゴブリンもFだけど、ゴブリンの場合は徒党を組むとEランクに格上げされる。けれど、コボルトは何体現れようがFランクという位置付けになっている。
ただ、魔物としては弱いというだけで、人間の大人に匹敵する強さはあるから、油断してはいけない。つまり、今回の依頼は、人間の山賊を退治するのと同じ危険度があるという事になる。
当然、依頼ランクもF。……Fだけど、成功報酬は他のFランクよりも高めで、倒したコボルトの魔石も売れば中々稼げたりもする。
実は、この宿場町……他の土地よりも平和で、こういう低いランクの依頼しかないらしい。とにかく、この依頼を正式に受けた私たちは、山賊コボルトが出るという場所へと向かう。
途中、雑談を交えながら、宿場町から南の隣街ケボンへの街道を歩く。
「そうえいば、アスナって騎士なのに剣とか持ってないよね。どうやって戦うの?」
「うん。私は亜人だから、この爪が剣の替わりになるんだ」
「へー。確かに鋭そう……」
「竜亜人の手って見ての通り不器用に出来てるから、剣とか使うとすっぽ抜けて、味方に当たっちゃう事もあるんだ。だから、武器を持たない竜亜人が多いんだよ」
あ……そういう理由もあるんだ。
確かに戦闘中、手から剣が外れてしまったら危ない。
「ほとんど下着みたいな格好なのも、何か理由があるの?」
「あーこれね。これ、下着じゃなくて布切れを適当に巻いただけ。これには理由があってね……多分、あとで見せれると思う」
アスナは少し頬を赤らめて、もう一言付け加える。
「痴女じゃないからね!」
「ご……ごめん……」
§ § § §
山賊コボルトが出没するという場所に到着してみると、もう既に馬車……らしきものが山賊コボルトたちに襲われていた。
馬車らしき、というのは何故かと言うと、荷車を引いている動物が馬ではなく、沢山の大型犬だったから。いわゆる『ソリ犬』が車を引いていた。
その馬車……犬車は、かなり小さく人が乗るには手狭で、しかも御者台に立っているのは人間ではなく、犬の顔をした亜人……いや、魔物だった。
――コボルトだ。
「えっ……ええっ!? コボルトが、コボルトを襲ってる!」
驚きのあまり、私は叫んでしまった。
「一体、どっちを退治したらいいの。両方?」
私はこの光景に一体どうしたらいいのか、分からなくなってしまった。
そんな慌てる私の肩にごつごつとした手を添えて、アスナが教えてくれる。
「襲ってる方が今日退治するコボルト。襲われてるのは、善良なコボルトだよ」
「でも……見分けなんてつかないんだけど……」
「簡単だよ、ほら」
アスナは御者を指差した。
「善良なコボルトは、区別して貰うために首輪を付けてるんだ。いいコボルトは首輪付き、悪いコボルトは首輪なし……ね、簡単でしょ?」
「く……首輪……」
私も子供の頃に、貴族の教養としてコボルトに善悪がある事を教わっていた。この世界では、人間と友好関係にあるコボルトと、人間を襲う悪のコボルトがいる。友好なコボルトは、亜人と同等に扱うという法律もある。
けれど、その見分け方が首輪だったなんて。
飼い犬と野良犬じゃないんだから……。
「さあ、早く助けるよ!」
アスナは大きな声を上げ、私の背中をぽんっと叩いた。
その後押しで一歩を踏み出すと、なんだか体が軽くなったような気がした。
小さいけれど、何故か頼りになるお姉さん。それがアスナだった。
真っ先に駆け出したアスナの足は、瞬く間に犬車へと到着し、山賊――悪いコボルトたちに殴り込んでいった。
少し遅れて、私たちも到着。
その頃にはもう悪いコボルトの四分の一は倒され、地面に転がっていた。
竜亜人特有の鉤爪による痕が深々と残っている。
「凄い……」
剣聖と呼ばれた私でも目を見張る、凄まじい戦いぶり。
後ろから迫るコボルトの胸を大きな爪で斜めに引き裂き、正面の曲刀を持ったコボルトに組み付く。両肩に全ての爪を食い込ませて押し倒し、喉笛に食らいつく。喉を噛みちぎられたコボルトは、次の瞬間に絶命した。
両腕を大きく開きながら立ち上がり、上から剣を振り下ろすコボルト二体を同時に弾き飛ばす。
口に溜まった血を吐き捨てると、その太い竜の脛でよろけた二体を蹴り伏せる。
その姿は最早、『狂戦士』
――本能のままに暴れる魔物の姿が、そこにはあった。
「流石は竜亜人ですわ。私たちの出番がありませんわね」
「いや、ジル。加勢しようよ……」
ジルに突っ込みの言葉を入れると、私は《剣創世》で長剣を創り出す。魔物相手……今回は刃引きの必要も、手加減の必要もない。
私とカナが加わり、コボルトの減る勢いが増す。
ジルはそれを正座して、胸から出したお茶を飲みながら眺めている。
「私は回復役ですから、怪我をしたら呼んで下さいなー!」
コボルト相手に万が一でも怪我をしないのが分かっていて、こういう事を言う。コボルト如きに無駄に体力を使いたくないのだろう。ジルのしたたかさには、いつも助けられているけど、こういう時はずるいなって思う。
一方、カナは楽しそうに山賊コボルトを短剣で倒しまくっている。アスナが両腕の鉤爪なら、カナは両手の短剣。二人とも狂戦士だ。今日、パーティになったばかりなのに、息もぴったり。
まるで、昔から一緒に戦っている戦友のよう。
いくら二人が狂戦士といっても、ちゃんと敵味方の区別はついている。首輪付きの――いいコボルトと、山賊の悪いコボルトを、しっかりと見極めて悪い方だけ攻撃している。
私は、二人が戦いやすいようにいいコボルトを保護、避難誘導しつつ襲ってくる悪いコボルトを切り裂く。今日は二人のサポート役だ。
すべての山賊コボルトを倒し終わると、アスナとカナは同時に大きく息を吐いて、互いの背にもたれかかった。
「お疲れさま!」
「うん。おつかれー!」
「応!」
三人でハイタッチ。
あとは、物陰に誘導した善良コボルトを犬車に戻してあげるだけ。
§ § § §
コボルトが全員無事に犬車へ戻ると、彼らが何かを吠えている。
「魔族語ですわ――」
それまでずっと休憩をしていたジルが立ち上がり、コボルトに近付く。
そして、ジルもわんわんと吠え出した。
魔族語は言語としては同一なんだけど、種族によってその発音が違う。今回のコボルトが発する魔族語は、犬の鳴き声のような発音……という事になる。
「『助ケテクレテ、アリガトウ。コレハ、オ礼デス』ですって」
コボルトがきらきらと輝く宝石を、その可愛らしい犬のような手で差し出した。
――コバルトスピネルだ。
深い青が美しい、とても高価な石。
この石は、前の世界でも希少な宝石として珍重され、大粒で最高グレードなら数千万円はすると言われている。
流石にこの世界では、そんな研磨技術はないからそこまで高価ではないと思うけど、それでも十分に金貨何十枚か、それ以上の価値になると思う。
「当たり前の事をしただけで、そんな高価なもの貰う訳にはいきません……って伝えてくれる?」
「ええー……受け取らないんですの? 勿体無い……」
ジルはぶつぶつと文句を言いながら、コボルトに断りの意思を伝えた。
「『コノオ礼ハ必ズ』ですって。それと『助ケテモラッテ悪イケド、我ガ商隊ノ護衛モ頼メナイカ?』だそうですわ。どうします?」
「それを、私に聞く?」
「愚問……でしたわね」
私たちはコボルトを倒しにきて、コボルトの護衛をする事になった。
コボルト用の小さい犬車では全員が入りきらないから、まずは宿場町に行って、そこで馬車を借りるという事で話が決まり、今はゆっくりと進んでくれる犬車と一緒に歩いている。
「ジル」
「……はい?」
「商隊だなんて、今回は『馬車ガチャ』……大当たりじゃない」
「ですわね」
ジルは嬉しそうに、私に向かって微笑んだ。




