第百四十五話 引率
「引率を引き受けて下さって、ありがとうございます」
改めて竜亜人の騎士、アスナさんにお礼を言う。
すると、彼女は私に可愛らしい笑顔を返してくれた。
「いいよ、いいよ。困ってる時はお互い様って言うしね」
「ところで、アスナさんって騎士なんですよね? やっぱり騎士学校の卒業生ですか?」
「そうそう。学校出たのは百九十年くらい前かな?」
「うわ、大先輩ですね……」
見た目で年齢は分からないとはいえ、二百歳以上。
幼く見えても、亜人の寿命は侮れない。
「今、お婆ちゃんだなあ……とか思った?」
「いえ、全然」
私は両手を前に出して、首を激しく左右に振った。
だって、その五十倍以上も生きている仲間がいるから……。
思わずジルをちらりと見て、目が合ってしまった。
「うふふ……晩ご飯抜きは、どうやらアリサさんの方でしたわね……」
新しい仲間の手前、にこやかに笑っているけど相当に怒っている。
ジルの額に青筋が見えたような気がした。
「ご……ごめん……」
§ § § §
「それじゃあ、私が引率という事ならいいよね?」
「は……は……はい、そそそ……それなら」
アスナさんの提案に、受付のお姉さんはようやく依頼の受諾を許可してくれた。
これで私たちも、晴れて路銀稼ぎが出来る。
「ありがとうございます! アスナさん!」
「アスナでいいよ。敬語もいらないから」
「……わかった。そうするね、アスナ。私もアリサでいいよ」
私は一呼吸置いて、彼女を呼び捨てる。
目上の人から砕けた喋り方をしていいって言われた時は、少し緊張する。
「了解、アリサ。……ところで、そっちの二人は?」
「……ええと、白い方が聖職者のジルヴァーナ。こっちの小っちゃい子が狩猟者のカナリア」
「ジルヴァーナさんに、カナリアちゃんだね。よろしく!」
二人の手を取って、ぶんぶんと振るアスナ。
カナもジルも、彼女の勢いのよさに圧倒されている。
「こ……こちらこそ、よろしくお願いしますわ……」
「お……応」
彼女は手を離すと体を反転させ、困惑する二人を尻目に建物の外へと駆け出そうとする。
「よーし、じゃあ早速出発しよう!」
「ちょっと……アスナさん! 依頼をまだ決めてませんわよ!」
ジルが彼女を引き止める。
アスナは慌てて戻ってきて、自分の頭を叩きながら言った。
「そうだった。ごめんね!」
彼女は、仕草の可愛らしさもカナに似ていた。
§ § § §
改めて四人でテーブルに着き、どのランクの依頼を受けるかを相談し始めた。ジルが沢山食べるから、できるだけ報酬の高い依頼がいい。
「とりあえずジルヴァーナさんがFで、私がCでしょ? アリサとカナリアちゃんは?」
「あ、私は『ジル』で結構ですわ。そちらの方が気に入っていますの」
「了解! 改めてよろしくね、ジル!」
ジルが呼び名を訂正した。
ジルは私が付けたあだ名を気に入ってるらしい。
そう言われると、付けた側としてはちょっと嬉しい。
そして、カナも言う。
「アタシも、『カナ』でいいぜ」
「うん。カナ、よろしくね!」
再びの挨拶を済ませて、アスナは本題を切り出した。
「で、アリサとカナのランクだけど……」
「アスナ……さっきの私たちの話、聞いてたんじゃなかったの?」
「Fランクがどうの、引率がどうの……って辺りからかな。その前は、必死にご飯食べたから聞いてなかったよ」
「ええと、カナがBで、私はSよ」
アスナさんに冒険者プレートを見せる。偽造不能な豪華な装飾文字で、Sの文字が大きく刻印されている。
Sと聞き、プレートを見て、驚いた顔になるアスナさん。
本当に、途中からしか話を聞いていなかったんだ……。
「ええーっ、S? Sって言ったら伝説級の冒険者だよね。凄くない?」
「私もそれで困ってるの。低いランクの依頼が受けれなくて……」
「そうだよねー。Sランクのプレートなんて、生まれてニ百年、一度も見た事なかったよ。そういうのって、伝説の勇者とか、最強の武王とか、……大陸無双の『剣聖』とかじゃない限り、なれないランクだからね」
やっぱりSランクって特別なランクなんだ。
私は小さく手を上げて、アスナに告げた。
「はい……。その『剣聖』が私です……」
「ええええええーっ!? 『剣聖』さま……? じゃ……じゃあ、アリサが新しい領主さまなの!?」
「そういう事になってる、かな……?」
私が答えると彼女は椅子から転げ落ち、アクロバティックに回転をしながら土下座をした。
この国の人間には深く頭を下げるお辞儀や、床に頭を付ける土下座の文化はない。この地で土下座をするのは、魔物や魔族。彼女は人間よりも魔物寄りなのだろう。半分は竜だしね。
「申し訳ありませんっ! 領主さまにご無礼を働いていたなんてっ!」
肩を震えさせ、何度も床に頭を叩き付けて謝罪するアスナ。
彼女が頭を打ち込むたびに、床にひびが入り、へこんでいった。
そこにジルの追い撃ちが入る。
「そうですのよ。何を隠そう、彼女こそレッドヴァルト辺境伯の……」
久しぶりに聞いた長々と続くジルの口上。
例によって、途中に『この土地の領主にして』が挿入されて、更に長くなった。
ジルは毎回、この口上を述べる事を楽しんでいるように思える。
「……『剣聖の姫君』アリサ・レッドヴァルトですわ!」
「ははーっ!!!」
胸を張ってふんぞり返るジル。それとは対照に深々と平伏すアスナ。
私は慌てて、二人の間に割って入る。
「ジルっ! 調子に乗り過ぎ! ほら……アスナ、頭を上げて。私たちは仲間なんだから、上下関係なんてないでしょ?」
「でも、私……百何十年も前から、この領付きの騎士だから……。仕えるべき君主さまを呼び捨てにしてたなんて……」
「いいから。アスナがいなかったら、私たちが路頭に迷ってたんだからね? アスナは私たちの命の恩人。呼び捨てでいいから、ね?」
「う……うん……。じゃあ……ちゃんと引率、頑張るよ!」
アスナは頭を上げると、かすかに血がにじんだ額のまま可愛い笑顔を見せた。