第百四十四話 竜人
私個人はSランクだから依頼が受けられない。カナでもランクが高過ぎる。そして、ジルはランクが低過ぎて『寄生』を疑われる――。
どこをどう工夫しても、この町では仕事が全く受けられない状態。
明日、明後日分の宿代は一応あるけど、それが私たちの全財産だった。
どうしたら……。
以前、私たちが同じように依頼を受けられない時、どうしてたっけ?
その時は……思い出したくもないけど、暗黒獅子皇帝ルーヴが助け舟を出してくれた。あの時は確か――。
「じゃあ、引率! 私とカナは、ジルの引率なんです!」
「『じゃあ』ってなんですか。どう見ても引率じゃなくて、最初からパーティじゃないですか。規則は規則ですので、駄目なものは駄目です!」
急にきりっとした表情になって、私の提案を突っぱねる受付さん。
それまで緩みきっていた顔が、知的な出来る女の顔へと豹変した。
真面目な顔で眼鏡をくいっとかけ直す仕草は、とても様になっていた。
こんな時だけ、出来る女になられても困るんだけど。
だったら、どうしたら仕事が手に入るんだろう。
仕事、仕事、仕事……。
そこで私はひらめいた。無理に冒険者としての仕事を探さなくても、普通の仕事を探せばいいと。そう、マリー・アントワネット……いや、女神様が言っていたように。
『パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない』
この精神。冒険者の依頼がなければ、アルバイトをすればいいじゃない。
騎士学校時代に酒場で働いていた事もあるから、飲食店は一応経験者だ。宿屋はどこも酒場を兼業しているから、雇ってくれる所があるかも知れない。
まずは、ギルドにお願いしてみよう。
「じゃあ……私たちを、酒場スペースの店員として雇って下さい!」
「えっ……? さ、酒場スペースですか……?」
「はい! 私、一応経験者ですから、給仕も料理も出来ます!」
これなら、三人で数日働けば、次の街へ行くだけのお金が手に入る。
なんて冴えているんだろう、私。
「駄目です」
「……えっ?」
「『剣聖の姫君』様に、そんな末端の仕事をさせる訳には参りません! 仮にも『剣聖』なんですから、もっとご自分のお立場をわきまえて下さい!」
きりっとモードのままの受付さんが、私の冴えた名案を切って捨てた。
私、飲食店経験者なのに……。
「じゃあ、他の宿で――」
「無駄だと思いますよ。どの宿も畏れ多くて、『剣聖の姫君』様を給仕に雇ったりなんかしません。少しお考えになればお分かりになると思います。宿に入ってすぐに銅像の偉人が現れて、給仕として出迎えてきたら……」
「あー……」
容易に想像出来てしまい、私も頭を抱えてしまう。
なんでこの受付さん、こういう時だけ『出来る女』なの?
困りながら見つめる私の視線に気付いて、彼女は途端にまた緊張モードに戻る。
「ででで、ですから……無、無理だと思います……」
「あー……わかりました。でも本当にどうしよう……」
このままでは大ピンチ。
顎に手を当てて悩む私に、後ろから声が聞こえてきた。
「私が引率じゃ駄目かな?」
ややハスキーな女性の声。
振り返ると、酒場スペースの奥で手が上げられていた。
§ § § §
奥で手を上げていたのは、異様な姿の女の子。
迷宮以外では初めて見る……亜人だ。
振り上げられた腕は、肘から先が鱗で覆われており、指先には鉤爪が付いていた。丁度、腕だけを竜に戻した状態のジルに似ていた。流石にあんなに大きい腕ではないけれど。
頭には二本の尖った角。顔立ちこそ可愛らしい女の子だけど、瞳孔は丸ではなく縦に長い。人間でない部分は、どことなく爬虫類のような印象を匂わせている。
「……竜亜人ですわ……」
彼女の姿に驚いている私に、ジルが小声で教えてくれた。
……これが竜亜人。でも、私がイメージしている『竜の亜人』とはちょっと違う気がする。
「……ねえ、竜の亜人って言ったら、エキドナが変身してたああいうのじゃないの……?」
「……あれも竜亜人の一形態ですけど、この世界には真竜がいませんから……亜人の場合、どうしても竜の要素が薄くなるんですわ……」
「……そんなもんなの……?」
「……そんなものですわ……」
……なんて、私とジルが相談し合っている間に、その子はテーブルに手を突いて立ち上がった。彼女の動きに合わせて、ポニーテールのブロンド髪が揺れる。
彼女が立ち上がって分かった事は、両腕だけでなく両脚も竜である事。太くて大きな尻尾も生えている。
背はかなり低い。カナよりはちょっとだけ高い程度。
吊り目がちなとても可愛いらしい顔をしていて、服装がカナと同じブラとパンツだけの姿。まるでカナがもう一人増えたみたい。……まあ、今のカナには角がないし、前開きローブをマントのように羽織っているから、そこは違うけどね。
下着というよりシンプルな水着のようなデザインだから、恥ずかしくないのかな。それとも、羞恥心がカナみたいな魔族基準なのかも。または、腕や脚が竜だから、サイズの合う服や鎧がないだけも知れない。
いずれにしても、ほとんど半裸といっていい姿だ。
「……ねえ、ジル……竜亜人って、皆あんな……痴女みたいな格好してるの……?」
「……さあ……? ……流石に私も竜亜人の生態までは知りませんわ……」
「その……聞こえてるんだけど……」
彼女が私たちを見て言った。
ちょっとだけ照れて、赤くなっている。
「あっ……竜亜人は、聴覚も竜並なのを忘れていましたわ……!」
「先に言ってよ、ジル……。ええと……その、ごめんなさい」
声を普通の大きさに戻して、私は謝った。
今度は私が、恥ずかしくなって顔を赤くした。
「いいよ、いいよ。それより、その白いお姉さんの引率がいないって話でしょ? 私がなってあげよっか?」
「いいの?」
「うん。丁度、私Cランクだから、ここの依頼は大抵受けれるし」
「ありがとう! 本当に助かる!」
これで、やっと依頼が受けられる。
「私は、アリサ――アリサ・レッドヴァルト。あなたは?」
「……私は、アスナ――竜亜人の騎士、アスナだよ!」