第百四十三話 八方塞がり
宿場町の真ん中に、私の銅像が建っている。
台座も足すと三メートル近くの大きな立像で、凛々しく剣を構えたその姿は、どう見ても本人より五割増で美人に作られている。……とても恥ずかしい。
「なんなのよ、これ……!」
思わず大きな声を出してしまった私に、町の人々が、旅人が、冒険者たちが気付いて近寄ってきた。
「あっ……『剣聖の姫君』だ!」
「おお、『剣聖の姫君』様だ」
「ご領主様! こんな寂れた宿場町までお越し戴いて……」
「あ、どうぞうのおねえちゃんだー!」
あっという間に取り囲まれて、揉みくちゃにされる。
少しでも近くで私を見ようとする人、触りたいと手を伸ばす人、膝を突いて祈り始める人……。
年始は暴徒で阿鼻叫喚だったけど、今は善良な市民で私が阿鼻叫喚だ。
「ちょっと、お願いだから通して……。おばさん、変な所触らないで……! そこ、お祈りを始めないで!」
私の困っている姿を、仲間の二人は遠巻きに笑って見ている。
あとで憶えておきなさいよ……。特に、転げ回って笑っているジル。
「「「『剣聖の姫君』! 『剣聖の姫君』! 『剣聖の姫君』!」」」
まるで、神か王様かのように祭り上げられてしまっている。
この騒ぎを聞きつけて建物、主に宿屋からも人が出てきて、更に私を囲む。
もう、宿場町はめちゃくちゃだった。
§ § § §
散々揉みくちゃにされて、落ち着くまで一時間。
やっと、囲んでいた人々が私を解散してくれた。それでも、まだちらちらと皆が私を見ている。
「久しぶりに、楽しいものを見せて戴きましたわ」
「アリサ……オマエ、凄ー人気者なのな!」
「不本意だけどね。……二人共、なんで助けてくれなかったのよ」
私の問いに二人は顔を見合わせた後、口を揃えて言った。
「「面白かったから!」」
答えは分かりきっていたけれど、改めて言われると腹が立つ。
助けてくれたっていいじゃない。
怒った私は、二人に今回の罰を突きつけた。
「二人共、晩ごはん抜き」
「酷いですわ! 私からご飯を抜いたら、何が残りますの!」
聖女とか、真竜とか色々残るでしょ。
例の暴動で魔石を使いきってしまった私たちは、少ない路銀で質素な生活をしていた。そんな中での夕飯抜きは、ジルに対して最大のお仕置きだった。
「横暴だー! アリサってそんなヤツだったのかよ……」
そんな奴でした。親友が困ってるのに笑って見てたカナが悪い。
でも、指を咥えてうつむくカナを見ていると、許してあげたくなってしまう。カナみたいに小っちゃくて可愛い子が、辛そうな顔をしているのは反則だよ。
「もう……そんな顔しないでよ。じゃあ、次からはちゃんと助けてよ?」
「ああ!」「承知しましたわ!」
ちょっと甘過ぎるかな……私。
晩ご飯以前に、まず宿を探さないと。
多分、これも一悶着ありそう。王都でも、私が泊まった宿は人気店になっていた。だから、私が泊まる宿と泊まらない宿で不公平が出る。
王都のあの宿は、ギルドに一番近いという理由があったけど、あまり広くないこの町では選ぶ理由にならない。そもそもの話だけど、ギルドの両隣もお向かいも全部が宿屋だった。
「ねえ、宿……どうしよっか?」
「せっかくですから、食事が美味しい所がいいですわね」
「適当でいーだろ。適当で」
私が聞いてるのはそうじゃなくて……。
うーん、本当に悩む。
しばらく歩くと、もう町の端に着いてしまった。早く決めないと。
「そんなに悩むのでしたら、ギルドに泊まればよろしいのではなくて?」
「そうだ! ギルドがあったんだ!」
「忘れてましたの?」
すっかり忘れていた。
宿場町だから、宿屋に泊まらないといけないと思い込んでいた。
私たちはギルドまで戻り、中へと入る。
§ § § §
ここ、宿場町のギルドは、あまり大きくない建物だけれど、中はそれなりの数の冒険者たちで賑わっている。戦士、魔法使い、聖職者、鍵開け師と様々な冒険者が待機していた。
私が入ると、職員も含めた全員が一斉に私を見た。
誰もが、どうしてこんな有名人がこんな所に……といった表情だ。
その奇異の目はすぐに憧憬の眼差しに変わって、全員が私をうっとりと見つめた。これはこれで困るんだけど。
どことなく居心地の悪さを感じながら、カウンターへ。
小さい町らしく、窓口は一つだけだったけど、たまたま空いていたのですぐに対応して貰えた。
受付に立っていたのは、切れ長の涼しげな瞳に高価な眼鏡をかけ、切り揃えられたショートボブが知性を感じさせるお姉さんだった。バリバリ仕事が出来ますよ、といった印象の女性だ。
しかし、彼女の対応はこんな感じだった。
「け……け……『剣聖の姫君』様……、ほ……本日はどどど、どのような、ごごご用でしょうかっ……?」
有名人相手に、完全に緊張していた。
「『剣聖の姫君』様とこんなに近くでお話出来るなんて……幸せです……」
そして、独り言までつぶやく始末。
……知性的って考えたの、撤回。
見た目は頭よさそうなんだけど、凄く残念な受付さんだった。
私の声に聞き惚れているせいで、私の話した内容が頭に入っていない。そんな彼女から三人部屋の鍵を受け取るまで、小一時間かかった。
最後には頬が紅潮し、目がとろんとなっていたから、きっと本人も宿泊部屋を貸した事すら憶えていないんだろう。受け答えはどれも生返事だったし。
とりあえず、夕飯を食べたら明日に備えて、ゆっくり休もう……。
§ § § §
――翌朝。
「ええーっ!? なんでー?」
私は叫んでいた。こんなの理不尽過ぎる。
次の街への資金稼ぎに依頼を受けようと思っていたら、依頼が受けられないという話だった。
朝一番にカウンターへ向かい、Fランクの冒険者プレートを提示。
それを見た受付さんが、私に尋ねてきた。
「あの、あの……『剣聖の姫君』様……。こ、このプレートは?」
「冒険者プレートだけど」
「こ、こ、これ……Fランクのプレートですよね……? た、確か『剣聖の姫君』様はSランクだったはずですけど……」
私は最上級のSと、最下級のF。二つのプレートを持っている。
Sランクは最初に作ったプレート。剣聖様は伝説級の人物だからという理由で、むりやり最初からSランクにさせられた。
それで、Sランクが受けるような仕事がないからと、身分をごまかしてナックゴン村で作ったのがFランクのプレートだ。基本的にはこれで依頼を受けていたのだけれど……。
そう、私が『剣聖の姫君』だと知れ渡っているという事は、ギルドのネットワークで私がSランクだとばれているという事。
だから依頼が受けられない。なんて理不尽な……!
仕事がないと、次の街へ行くどころか数日後には宿代すらなくなる。
「じゃあ……カナ! この子のBランクプレートなら、依頼……あるでしょ?」
私はカナの首を抱き寄せて、そのプレートを受付さんに見せた。
Bランクなら、依頼も受けれるはず。
「も、申し訳ありませんっ……! こんな片田舎では、Bランクの依頼もありません……!」
「ええー……。じゃあ、ジルちょっと来て」
ジルを呼び寄せて、彼女のFランクプレートを見せる。
「これなら本物のFランクだから、受けていいでしょ?」
「こ……高ランク過ぎる方が、初心者の仕事を手伝うのは、ちょっと……」
この世界では、高ランク冒険者が依頼を全て解決して、低ランク冒険者は見ているだけ、という状態を『寄生』と呼んで忌避する傾向にある。つまり、これだとジルが『寄生』になると言いたい訳だ……。
このままじゃ、八方塞がりだよ……。どうしよう?