第百四十二話 剣聖領
「『剣聖』伯爵領……?」
ジルが聞く。
首を傾げるジルに私は答える。
「そ、『剣聖』領。私が剣聖になった時に、爵位貰ったの……知ってるでしょ?」
「ええ」
「それで私……伯爵になったんだけど、伯爵は土地を貰えるんだって」
剣聖の特権が凄過ぎて、称号を戴いたその時にもびっくりした。
一瞬で伯爵位と土地まで戴いてしまったのだから。
他国でも『剣聖』ですって言えば、爵位と土地が貰えるらしい。
「お取り潰しになった貴族領を貰ったんだけど、ずっと行く機会がなかったのよね」
「取り潰された領……ですの?」
「うん」
広い王国といっても、土地も無限じゃないから、そういうお古の領地を貰う形になるのは、仕方ないんじゃないかな。
……お取り潰しというのは、ちょっと縁起が悪いけど。
「でも何故、貴女の領地に行こうとしてますの?」
ジルの疑問はもっともだった。
貰ったとはいえ、自分の領に行くなら旅ではなくただの帰路。
しかし、『剣聖』領には、それを覆すような秘密があった。
「それはね。『剣聖』領には……」
「『剣聖』領には?」
「迷宮があるのよ!」
そう、迷宮。ジャッカ領でもお世話になった、戦闘経験が積めてお金も手に入る素敵な場所。
「……って言っても、迷宮があるって知ったのは、つい最近だけどね」
「それは、素晴らしいですわね。でも……それなら何故、儲かるはずの迷宮付きの領が取り潰されましたの?」
「それがね……一階層しかなくて、全然儲からなかったんだって。魔物が最初から強い割に、宝はちょっとだけ……みたいな?」
宝が少ないのは残念だけど、私の望みである『もっと鍛える』は叶えられそう。だから、戴いてから一度も行った事がない私の領地へ行こうと考えた。
ジャッカの迷宮でも、アルラウネやセルケトといった強敵に挑んで、たった数日で沢山鍛えられた。今回もそうだったらいいなと思っている。
そこにカナが、軽く説明を付け加えてくれた。
「あー……魔族領から遠い迷宮は、魔物とかお宝の運搬が面倒だからって言うんで、色々手え抜かれてるらしいぜ」
この大陸の迷宮は、全て魔族が管理しているらしい。魔族の中でも結構偉い地位にあるカナは、そういう内情を知っていた。
「それで、一階層しかないのね……」
「しゃーねーだろ。運搬係の魔族も大変なんだよ」
「運搬係さんに感謝ね」
「だな」
そして、目的は迷宮だけじゃない。
私の領――『剣聖』領。この世界の言葉で言うなら、『シュヴェルト・グロスマイスター』領には、未開の森があるとか。
ちなみに、剣聖になった後の私の名前は、領地の名が後ろに追加され、アリサ・レッドヴァルト・シュヴェルト・グロスマイスターって、舌を噛みそうな名前になっていた。
新たな貴族が叙爵した際は、拝領した領地名が苗字になるのが習わしだとか。
領地名や、私の名前の事は一旦考えるのをやめて……未開の森。
そういう森なら、カナと私の格好の修行場になる。
久々に『狩猟者』として、二人で魔物を狩って回りたい。今回はジルも一緒だから、三人で。
それに、もう一つ。
「ジル、『剣聖』領には大きな湖があるんだって!」
「湖?」
「うん。お魚が沢山とれるから、食べ放題なんだけど……どうする?」
「食べ放題っ……!! もう、行き先は『剣聖』領で決まりですわね!」
ジルなら、食いつくと思った。
湖には沢山の魚が生息していて、漁業も盛んだとか。
……これだけ資源が豊かなのに、どうして取り潰されたのかと言うと……。
『それはですね……前領主様が迷宮ばかりに注力し過ぎて、破産されてしまわれたとか……』
私に迷宮の所在を教えてくれた、ギルドのお姉さんが言っていた。
あの、全部犬で例えるお姉さんだ。
『通路のスライムを越えたらすぐAランクの魔物がいるなんて、赤字にもなりますよね。誰も到達してませんけど、迷宮の守護者はそれ以上だとか……』
誰も到達しなかったのに、なんで分かるんだろう……。Aランク以上って、Sしか残っていない気もする。あのお姉さんの言う事は、話半分で聞かないとね。
まあ、迷宮がある事自体は有名で、王都の冒険者にも挑戦した人が結構いたらしい。
そういえば、ジャッカの迷宮でも最初の部屋がコモド……いや、地竜で、カナも『この迷宮の管理者は一体、何やってやがんだ!』って言ってたっけ。
とにかく私は迷宮あり、森あり、湖ありの領地を受け継いだ。
剣聖だからって優遇され過ぎている気もするけれど、それよりも今はゾディアック帝国に対抗するために力を付けないと。
私たちは、『剣聖』領のある東へと向かう。
§ § § §
いくつかの街や村を越え、徒歩と乗り合い馬車で一ヶ月以上。
徒歩の割合の方が多いのと、ジルの布教も手伝っていたから、結構かかっちゃったけど『剣聖』領の関所にたどり着いた。
領と領の間にある関所では、通行税を取られる。
山賊なんかがよく言う『通行税』とは別の、ちゃんとした税金だ。
「あのー、通行税はおいくらですか……?」
役人の詰所、その窓口を覗き込んで私は尋ねた。
奥から役人が眠たそうな顔でやって来て、あくびをしながら窓口に出た。
「ふぁい……まずは荷物を確認しま……」
そして私の顔を見た途端、目を見開いて背筋を伸ばした。
「こっ……これは、『剣聖の姫君』様! 冒険の旅でご不在のはずの領主様が、何故こちらに!?」
一目見て私を、領主だと気付いた。
王都では顔が知れ渡っているけど……この領の人は、誰一人私の顔を知らないはずだけど?
「えっと……せっかく領地を貰ったんだから、顔くらい出そうかな……って」
とりあえず、答える。
「……それで、通行税なんですけど」
「ごっ、ご領主様から税など戴けません!! お通り下さい!」
……顔パスになってしまった。
この領に来るのは初めてだし、誰も私の顔なんか知らないはずなのに……どうして?
§ § § §
腑に落ちないながらも、関所を抜けて宿場町へ。
今まで旅をしてきて分かったのだけど、関所と宿場町は必ずセットであるみたい。長旅の疲れを癒やすためかな……と私は思う。
小さいながらも、数軒の宿と、最低限の商店が揃っている。宿場町というより、宿場村といった感じ。ナックゴンの方が大きいのは、やっぱり国境沿いかそうでないかの違いかな。
ナックゴンを始めとする他の宿場町と違って、屋台は一つも出ていない。
お取り潰しになった領だから、人の出入りが少ないって事なのかも。
「宿場町なのに、寂れてますわね」
「あはは……そうね」
ジルがぼやく。これは、屋台を楽しみにしていたって顔だ。
でも、寂れてるは言い過ぎじゃないかな。一応、宿場町としては最低限機能してるみたいだし、冒険者や旅人の姿もちらほら見える。
「おい、アリサ! ……あれ、なんだ?」
街の中央に何か大きなニ、三メートルはあるオブジェが立っている。
カナに腕を引っぱられて近付くと……。
「な……な……何これええーっ!!!」
私は思わず叫んだ。
「わ……わ……私の、銅像が建ってるうううーっ……!」
は……恥ずかしい……。
凛々しく剣を構えた私の銅像を見て、腹を抱えて笑うジルとカナ。
この領での私の旅は、初日から前途多難の様相を呈していた。