第六話 二つの攻防
入学式当日から、私たちは寮に入った。
この学校が広いのは、どれだけ沢山の生徒が入学しても収容できるだけの校舎、寮、演習場を確保できるようにという理由らしい。貴族の令息令嬢相手の学校だから、贅を尽くした……という側面もあるとは思うけれど。
私たちは、早速女子寮へ。
私はリカやヨーコちゃんも含めて、五人もの女子をぞろぞろ引き連れて歩く。
引き連れるというよりは、勝手についてきた訳だけど。
まるで鴨の親子の行進みたい。
私は恥ずかしさで、五人は私に対する憧憬で……全員、頬を赤らめて歩く。
私も含めて六人――彼女たちに戦士としての心構えや実力があれば、もう『戦隊』完成で私の夢は叶うんだけど、世の中そうは甘くない。今の現状は、戦隊の戦士に避難誘導されている一般市民、そんな見た目になっていた。
寮に到着したらしたで、女同士の喧嘩が始まる。
誰が私と同室になるかを、学校や私の意志を無視して口論し始めた。
「アリサお姉様は、わたくしと同室になるんですわ!」
「いいえ、私が」
「アリサお姉様に相応しいルームメイトは、私ですよ!」
「お姉様と一緒に寝るのは私ですわ!」
くっつくんじゃないかって程に顔を近づけていがみ合う子や、互いの頬を抓り合ったりしている子たちまでいる。私は、そういった子たちを引き離して説得した。
「学校の決めた部屋割りにしよう……ね?」
入学式で渡された案内書を見ると、私はヨーコちゃんと同室らしい。
「そういう事だから、今日は解散」
ぱんぱんと手を叩いて、皆を自分たちの部屋に帰るように促した。
今日助けた子たちは、案内書通りの部屋へと帰っていく。
私とヨーコちゃんも部屋に入ったけれど、ドアの前から声が聞こえてきた。
「アリサお姉様と一緒に旅をしていたのは私でしたのに……」
リカの声だ。とても恨みがましい声で、扉の前で泣いている。
ドアを開けて、リカにも自分の部屋に行くように言い諭す。
何度もこちらを振り返り、自分の部屋へ帰っていくリカ。
リカが帰ったのを確認して、ドアを閉める。
ヨーコちゃんと二人になった。
落ち着いて見ると、やはり彼女も貴族の令嬢という身なりをしている。
「改めてよろしくね。私はアリサ。アリサ・レッドヴァルト」
「ヨーコ・カニンヘンです」
握手を求めると、ヨーコちゃんは真っ赤になって握り返してきた。
何を緊張しているのか、両手で握ってぶんぶんと振っている。
「これから三年間、一緒に頑張りましょう」
「はい、お姉様……」
同室の子にまで、そんな風に呼ばれたら息苦しくて仕方がない。
私はヨーコちゃんにお願いする。
「『お姉様』はやめて」
「では……アリサ様……」
「『様』もちょっと」
「アリサ……さん」
とりあえず納得し、もう一度握手を交わす。
寮の部屋は左右にベッドがあり、クローゼットもそれぞれに用意されていた。
話し合った結果、私は右のベッドと収納を使い、ヨーコちゃんは左を使う事になった。リカもだったけど、ヨーコちゃんの荷物も結構多い。
私以外の女の子は、皆荷物が多いのかな?
不思議に思いながら私は唯一の荷物、背嚢を無造作に突っ込んだ。
§ § § §
翌日から早速、授業と訓練が始まる。
まずは、生徒全員に制服が支給される。
シンプルだけど縫製はしっかりしていて、見た目よりはお金がかかっているように見える。
やっぱり、これも金貨二百枚の授業料に含まれてるのかな?
実技訓練があるので、汚れたり破れたりといった事がどうしても多くなるらしく、数着が最初に支給され、それでも足りないなら仕送りをして貰って追加で購入するようにと言われた。
……大丈夫だろうか、私の生活費。
皆が真新しい制服に着替え、教室へと向かう。
お揃いの制服、この人生で初めての学校。自然と気分が高まる。
全員が席に着くと教官もやってきて、すぐに座学の授業が始まる。
この授業で初めて、受験生全員が大剣を持っていた理由を知った。
「であるからして……魔物に対抗するためには、牙を通さない板金鎧が必要で」
そういえば、『赤の森』では、鎧なんて着た事はなかった。
動きも素早く、攻撃手段も致命的な魔物ばかりのあそこで、鉄の鎧なんて着ていたら命がいくつあっても足りない。
狩った獲物を運ぶのにも、鎧は邪魔でしかなかった。
「人対人の戦いではその板金鎧に対抗するため、鎧の厚みを貫ける両手用の大剣を装備するのが、現在では一般的となっている」
そうなんだ。それなら、確かに理に適っているのかな。
でも、入学試験のあれを見てしまった後では、流石に素直には頷けない。
それとも……訓練次第では、あの装備でまともに戦えるようになるのだろうか。
「何より剣に鎧という姿は、騎士の威厳ある正装として必要な装備といえる」
結局、最後は格好よさという話……まあ、分からなくもないけど。
私も戦隊スーツじゃない戦隊なんて、ちょっと考えたくもない。
§ § § §
座学が終わると、休み時間。
その後は、演習場に出て実技訓練となった。
生徒は全員、真新しい板金鎧を装着し、大きな剣を構える。
鎧は全身をがっしりと鉄で覆う全身鎧――いわゆる、フルプレートだ。
相手が怪我をしないようにと言う配慮で、剣には学校が支給した革製のカバーを装着する。あれだけの重さの剣だと、その程度の保護では気休めでしかないんだけど、無いよりはましだと思う。
私は制服のままで、適当に刃引きの剣を創り出す。
「アリサ・レッドヴァルト、そんな軽装で大丈夫なのか?」
実技担当は入学試験に引き続き、アーサー試験官。今はアーサー教官か。
この学校では、武器や防具は何を使っても自由だけど、流石に軽装が過ぎたのだろう。教官が心配になって尋ねてきた。
「いえ、私の故郷では、鎧なんか効かない魔物ばかりでしたから、当たらないようにするために、この格好なんです」
くるりと回って、身軽さを強調してみた。
「もし、これで怪我するような事があったら、それは私の責任ですから……」
そう説明すると、教官は思い出したような顔をして付け加えてくれた。
教官が思い出したのは、私の故郷の噂。
「そうか……『赤の森』か。それなら納得だ」
顎に手を当て、うんうんと頷く教官。
その教官の言葉をさえぎるようにして、シュナイデンたちが私と領を罵った。
「領に魔物が蔓延るなんて、どんな田舎だ。……この田舎娘が」
「そうですよ、笑っちゃいますね。シュナイデン様」
「田舎娘はさっさと帰って、畑でも耕してろ!」
確かに辺境の田舎だけど、そこまで言われる筋合いはない。
大体、畑でも耕してろ……は、むしろ私のセリフなんだけど。
私は少しむっとする。その時――。
「こら、そこの三人! あまり人の地元を悪く言うもんじゃない」
教官が三人組をたしなめた。
「そうだ、お前達。そこのレッドヴァルトと模擬戦をしてみろ。当然、お前達の言う田舎娘には、簡単に勝てるんだろうな?」
三人組を指差し、最後に私を指して、教官は勝負を促す。
指名を受けたからには、私は前に出ざるを得ない。
「どうしましょう、シュナイデン様」
「馬鹿、あんな細っこい剣で俺たちの鎧を貫き徹せるはずがあるか」
「そうです! やっちゃいましょうよ、シュナイデン様!」
相談を済ませると、三人組も歩み出てきた。
教官が剣で地面に線を引き、簡易の試合場を作って、高らかに宣言する。
「ではこれより、アリサ・レッドヴァルト対シュナイデン・ヴィント・グロセレンフリーデンの模擬戦を行う!」
名前を呼ばれ、私とシュナイデンが互いに試合場に歩を進める。
「参ったと言わせるか、一度でも相手を地面に転ばせた方が勝ちだ。いいな?」
「はい」
「はい!」
「それでは、構え!」
シュナイデンとの距離は、およそ五メートル。
私は片手で刃引きの魔法剣を中段に構え、すぐに詰めれるようにやや腰を落とす。シュナイデンは蜻蛉……右脇上段、天空に切っ先を向けた構えを取る。
蜻蛉というよりは、剣の重さで仕方なくその姿勢になっているといった感じ。
「始め!」
――刹那。
一息に踏み込み、鎧の中央に剣を突き入れる。
喉輪を狙うと怪我では済まないから、加減して胴へ。
そのまま駆け抜け、残心――構えたまま振り向き、反撃を見越して注意を払う。
激しい勢いで突かれたシュナイデンは、鎧ごと後ろにつまづき、派手な音を立てて転倒した。
「おい、今の……何だったんだ?」
「見えたか?」
「まったく見えなかった。いつの間に後ろに……?」
見学していた生徒たちがざわめく。
教官も指の腹でしきりに目をこすって、その目を疑っていた。
「くそっ、くそっ!」
鎧の重さに、起き上がる事が出来ないままのシュナイデンが叫ぶ。
取り巻き二人に抱えて貰って、ようやく起きる事が出来た。
「なんなんだ、今のは。何かズルい手を使ったな? この卑怯者め!」
負けを認める事が出来ず、わめき散らすシュナイデン。
何度も私を指差して、唾を飛ばしながら罵声を浴びせてきた。
取り巻きたちも、そうだそうだとまくし立てる。
「なんなら、もう一度やる?」
私は三人に対して剣を向け、片目を閉じて誘いをかけた。
「舐めやがって!」
「畜生!」
「うおおおおっ!!」
それぞれ雄叫びを上げて、走ってくる三人組。
私は姿勢を低くして隙だらけの胴に、立て続けに三回剣を滑らせた。
シュナイデンの胴にはさっきと同じ突きを入れて、後ろへと倒す。
戻す刃を横薙ぎに、取り巻きヴァイサの右胴を叩き付けて、横に弾き飛ばす。
あと――誰だっけ? 最後の一人も、胴へと突きを入れて吹き飛ばした。
倒れた三人は、裏返された亀のようにじたばたと暴れている。
「勝者――アリサ・レッドヴァルト!」
私の手首を持って上に掲げ、教官が勝利宣言をする。
そして……。
「三人を一瞬で……? 強過ぎだろ……」
「化けもんだ……」
「凄い、凄過ぎる……!」
「うおおおおおおおおおっ!!」
「キャー! お姉様ーっ!!」
周りから歓声が上がった。
あまり聞こえたくはない黄色い声も、一部からは聞こえてきたけど。
勝利と、祝福の声……悪くはないと思う。
こうして私の、初日の実技訓練が幕を閉じた。