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第百三十七話 王女Ⅲ

 私とカナが戦った翌日、魔法学校へと赴き儀式――『奴隷刻印を消す儀式魔法』を断った。


 学校長とホーカちゃんは残念そうな顔をしていたけれど、それが彼女の選択ならと、微笑みながら受け入れてくれた。儀式のために用意した魔法陣や触媒が無駄になってしまった事には、申し訳なく感じる。


 ジルも、今日のため……記憶を取り戻す魔法のために、沢山の魔石を買い込んでいたようだった。彼女だけは怒っていたけれど、事情を説明したら渋々納得してくれた。


「それなら仕方ありませんわね! でも、これのおかげで迷宮(ダンジョン)での報酬をほとんど魔石に使ってしまいましたのよ!」


 そう言いながら、胸の《次元収納(アイテムボックス)》から沢山の魔石を取り出して見せた。まあ、実際はカナを助ける気が半分で、残り半分は使う機会のない魔法を使ってみたかったという好奇心だったみたいだけど。


 二人で王都での布教活動を手伝うという話で、ジルの機嫌は直った。それから私たちは数日間、ジルの布教という名の医療活動に同行した。



    §  §  §  §



 ――そして、年が明けて一月一日。


 我が国では、大晦日の年越し行事がない替わりに、新年の祭りが盛大で各地から沢山の国民が王都にやってくる。貴族だけでなく、近隣の領に住まう領民も手の空いている者は皆、王都へと訪れる。


 そのため、王都は普段以上の人でごった返していた。


 特に今年は、第一王女が成人なさるという話で……あの王女様、まだ一五だったんだ。初めて逢った三年前でさえ、二十歳前後の綺麗なお姉さんだと思っていたんだけど。その発育のよさに、ちょっと驚いてしまう。


 その王女が新年のご挨拶をされるという噂で、例年以上の賑わいだ。

 実は、私にも新年の挨拶をしてくれないか、という打診が来ていたのだけれど、丁重にお断りした。沢山の人の前で挨拶をするなんて、私には無理。


 王城もこの日だけは庭園が開放されて、希望した国民は皆入る事が出来た。

 毎年、城門の外まで沢山の人だかりが出来る一大イベントとなっている。それが楽しみで、わざわざ馬車で二週間もかかる辺境から来る人もいるのだとか。


 騎士たちは、衛兵と共に王都全体の警備に駆り出されて人手不足。街の片隅で忙しさにぼやく騎士の声が聞こえるのも、毎年の恒例行事だ。


 大通りのいたる所に屋台が立ち並び、祝いの料理がよい香りをさせていたり、国王様や女神様をかたどったレープ――生姜味の焼き菓子が売られていた。今年は、王女の姿に似せたレープも売っている。


「凄い人混みですわね……」


 困った顔をして、人の波をかき分けるジル。

 両手は料理とお菓子でいっぱいだ。


「仕方ないよ、年に一度の新年祭だしね」


「クリスマス……いえ、降臨祭でお祝いして、今度は新年でお祭り? まるで、日本の年末年始ですわね」


 愚痴を零しながら料理をほおばる。なんだかんだ言っても、楽しそうだ。


「で……王女の挨拶があるってお話ですけど……。先日、王女に逢ったのでしょう? 一体、どんな方でしたの?」


「見てなかったの?」


 ジルは《千里眼》の魔法……彼女いわく『必殺魔法』で、私を生まれた時から今まで、ずっと監視していたのだけど、そのジルが私を見ていないなんて意外だった。


「『お友達』……いえ、パーティになってからは、あまり見てませんわね。MPの無駄遣いですし、一緒にいるのにわざわざ魔法で見る必要はありませんもの」


「そうなんだ。ええとね……。うん……凄いお姫様だったよ……」


 思い出しただけで背筋が凍った。

 グリューネ・フォン・シュトルムラント第一王女。あの人は私を、恋愛対象か崇拝対象として見ている。


 あの執拗さは、やっぱり王子と血縁なんだとは思うけど正直、恐怖でしかない。


 王女の話をしている私は、きっとジルには酷くうんざりしているような顔に見えているだろう。


「あまり思い出したくないタイプの人……って言えば、分かる?」


「あー……はい。今のアリサさんのお顔と、王城から戻られた時の様子から、大体想像がつきましたわ」


「分かってくれて、ありがとう」


 ジルは、細かい説明を避ける私の気持ちを察して、話を打ち切ってくれた。

 そこにカナが、雑踏に負けないような大きな、そして小鳥のような愛らしい声で尋ねた。


「なー。あれが王城だろ? デッケーなー!」

 

「ええ、そうよ。カナ、初めて見るんだっけ?」


「ああ。……しっかしホント、こりゃ(すげ)ーな!」


「王国ご自慢のお城だからね」


 今日ばかりは形式だけになっている門番に挨拶して、中へと通して貰う。『剣聖の姫君』を前にして緊張するのは仕方ないかもだけど、こんなお祝いの日にまで萎縮させてしまったのは、ごめんなさいとしか言いようがない。


 例年なら人だらけで行列になり、城壁の外で祝う事が多かったのだけど、今日は急かすカナに合わせて早めに宿を出たので、少し余裕を持って庭園へと入る事が出来た。

 

 都合三度目の庭園。今日は余裕を持って見れるはず……だったんだけど、人、人、人。もの凄い人混みで、手入れされた木々や芝を見る事は叶わなかった。つくづく、私は王城を観光する機会に恵まれていないらしい。


 今度、関係ない日にこっそりと行って、観に来ようかな。顔パスだし。



    §  §  §  §



 やがて、庭園から見える居城のバルコニーに、国王様が王妃様と、団長を含めた近衛騎士数名を連れて現れた。それと同時に、国民たちの大歓声が湧き上がる。


 騎士学校にいた頃は、城壁の外でこの歓声を聞いていた。

 城壁ごしに聞こえた歓声とは違い、耳がおかしくなってしまいそうな大きな声が、四方八方から聞こえてくる。


 それが止んだのは、国王様が手を軽く上げた時。国王様の手に合わせて、国民はぴたっと騒ぐのをやめて、静まりかえった。


「皆の者。新しき年の始まりだ。皆と共に一年を無事過ごせた事を、嬉しく思う。これからの一年も、皆が息災である事を、私は願う……!」


 そう述べて、城内へと戻られた。

 そして、入れ替わるようにして、本日の主役――グリューネ王女のご登場だ。


 王女が手を振り上げたと同時に……。


 国民の間から、鋭い悲鳴が上がる。

 それは一ヶ所だけでなく、何ヶ所からも次々と聞こえてきた。悲鳴に反応してざわめく人々の声。


 混乱する人の壁をかき分け、悲鳴の場所までたどり着くと、そこにはうずくまって苦しんでいる人が……いや、人ではない。獣人がいた――。


 そのもがき苦しむ獣人に後ろから近付いて、当て身を打ち込む。

 変身してすぐの不安定な状態なのか、それは一発で気絶してくれた。


「一体、どうしたの!?」


 私は、変身が解けて人間に戻った彼を仰向けに寝かせ、すぐ近くにいた女性に聞いた。その女性は怯えた表情のまま、私に答える。


「わ……分かりません……。隣にいらした領主様が、急にうずくまったかと思うと……化け物のような姿に……」


 領主――この祭事には沢山の貴族が、その領民と一緒に参加している。領民と不仲な領主以外は、無礼講で領民と共に祝うのが新年の習わしだ。


 そこに、カナも合流してきた。

 とても身形のいい男性の首根っこを掴んでいて、気絶した男性を私に向かって放り投げた。


「こいつ、急に魔物になったらしいぜ」


 その服装から察するに、おそらく上級貴族か豪商。

 少し間を置いて、ジルも到着。同じように、貴族らしき男性を引きずってやって来た。


 国民たちが、突然の出来事に叫び惑う中、私たちはこの騒ぎの対処を相談した。


「結局……獣人になった人たちを、しらみ潰しに全員叩きのめすしか方法はなさそうね」


 そう話して方針が決まったと同時に、事態は急変する。


 獣人化した人たちが、今度は暴れだしてたのだ。獣人の牙や爪に割かれ怪我をする人が続出する。無事な人たちもこの密集した状態で、逃げる事も叶わず押し合いになったり、ドミノ倒しのように倒れたりと大混乱だ。


 衛兵や騎士たちも、この騒ぎと人混みで、吶喊出来ずに動きあぐねている。

 このままでは、被害は大きくなる一方。


 そこに更に追い打ちがかかる。


「きゃあああーっ!!!」


 バルコニーから悲鳴が聞こえる。悲鳴の方に目を向けると、一匹の獣人がバルコニーへ飛び込んできていた。騎士が次々と倒され、王女が獣人に捕まってしまう。


 いけない、助けなきゃ――!


「カナ、ジル……ここはお願い! 私は王女様を助けにいくから!」

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