表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
177/290

第百三十六話 決断

 宿に戻ってきた私たち。


 帰ってからずっと、なんだかカナの顔色が冴えない。

 本当は魔法学校の帰り道……もっと前から、カナは落ち込んでいたけれど、私がそれに気付いたのは夕食の時だった。


「カナ……顔色悪いけど、どうかしたの?」


 ジルへの皿が次々に運ばれる中、カナは一皿目にすら手をつけていない状態だった。そんなに『刻印を消す儀式』が不安なのかな……と、私は考えた。


 大がかりな魔法だから、もし失敗したらと怖れている?

 カナのためにあれだけの人が動いている、という事に緊張している?

 ……それとも、ジルの魔法で本当に記憶が戻るか不安になってる?


「記憶の事なら、ほら……ジルが直してくれるって言うし」


 少しでもカナの不安を取り除こう。


「緊張するのは分かるけど、ね? 少しでも食べよう?」


「いや……いい。先に寝てる……」


 カナは二階の部屋へと一人で戻ってしまった。

 私は、寂しそうに……そして、辛そうに去っていくカナの背中を見つめた。



    §  §  §  §



「ねえ……カナ、起きてる?」


 真夜中、隣のベッドで寝ているカナに話しかける。

 背中がぴくっと動いて、起きているのが分かる。


「……なんだよ?」


「カナ、さっきからずっと塞ぎ込んでる……」


 私は近付くと、カナの肩にそっと触れた。


「やっぱり、記憶が消えるのが不安……? それなら、ジルが戻してくれるから……」


 この手を通して、カナの震えが伝わる。


「それとも……儀式が失敗した時の事考えてる? 失敗しても、またお願いすれば……」


「そうじゃねーよ!」


 カナが私の手を振り払って、起き上がった。


「そうじゃ……ねえんだよ……」


 震えながら、涙を一筋零すカナ。

 窓から差し込む月の光に照らされて、それは小さく輝いた。


 そうじゃない……何が?


 私には、カナが何を言っているのか、何故泣いているのか全く分からなかった。


「カナ……どうしちゃったの?」


 私が尋ねる。

 しかし、返ってきたのは意外な言葉。


「……アリサ。ちょっと表へ出ろよ……」


「こんな夜中に?」


「ああ……」


 私は、カナに言われるまま部屋を出た。



    §  §  §  §



 寝間着のままで外に出て、カナに連れてこられたのは王都の外。

 こんな場所まで来るなら、ちゃんと身支度をしてから出ればよかった。


 真っ黒な空に、数多の星々。女郎花の色に淡く光る大きな月が、今の私たちを見守っている。


「よし……ここらへんなら、いーだろ」


「カナ……」


「じゃ、やろうぜ。……『組手』だ」


 いつ持ち出したのか、カナの手には二振りの短剣が握られていた。

 その二刀を体の前で構え、鋭い目で私を睨みつける。


「……なんで?」


「問答無用だ……来ねえなら、こっちから行くぜ!」


 不意にカナが消える。

 その次の瞬間、私の目に前にカナが現れ、胸に短剣を突き立ててきた。それを、咄嗟に創り出した魔法剣で受け止める。


 魔族の機敏性を活かして、予想外の動きでその姿を見失わせる。カナの得意な戦法だ。……でも、動きに切れがない。普段なら本当に消えて見えるカナが、簡単に目で追えてしまった。


 受けた短剣からも震えが伝わる。

 戸惑いとも怒りとも不安ともつかない感情を、その一太刀から感じ取れた。


「カナ……どうして!」


(うるせ)え! いーから、戦え!」


 数合、打ち合いをして体を離す。

 カナの太刀筋に、さっきまでの表情と同じ……迷いがあった。普段なら、互いの手の内が分かっていて傷一つ付かない打ち合い。カナの頬に腕に、うっすらと赤い線が走っている。


「やるしかないみたいね……《剣創世(ソード・ジェネシス)・刃引き》!」


 これなら本気で叩き込んでも、魔族であるカナは軽い打撲で済む。

 先に出した剣を投げ捨て、新たな剣に持ち替えて……今度は私の方から切り込んでいく。


 数度、鍔迫り合いを交わすと、カナも自身の剣が鈍っている事に気付く。

 体を離したと同時に、呟いた。


「《加速(ヘイスト)》……!」


 迷いを魔法で補って、攻め込むカナ。

 ここからは、私も本気。カナの動きを目ではなく、予測と勘で追う。


 カナの動きは円運動。その円周上に刃が通る。

 角を失って足りなくなった魔力を補う、カナの新しい戦法だ。つまり、この後……魔族だからこその、大火力魔法が来る。


「《火球(ファイヤー・ボール)》」


 カナが最も得意とする魔法。


 先程も演習場で見せて、生徒たちを驚かせていた直径二メートルの《火球》だ。足で描いた魔法陣から巨大な球が出現し、カナの指先の方向へ、つまり私へと射出される。


「はああぁぁっ!」


 私は気合を込めて、剣を振り下ろす。

 それと同時に真っ二つに裂け、私の体の左右へと通過する《火球》


 一発目を対処している間に、もう一発の準備が終わっているカナ。

 新たな《火球》が少しの間を置いて飛んでくる。


 斬り裂くのでは間に合わない。


 一か八か。返す刃を火球へと突き込んで、そのまま切っ先を捻る。

 斬れないのなら、絡め取る!


 炎を巻き付けるようにして切っ先を回すと、回転に合わせて《火球》は少しずつ霧散して、小さくなっていく。最後にはわずかな……というには、やや多めの炎が剣に残った。


「なんだよ、それ……。初めて見んぞ」


「……新しい戦法よ」


 ただの偶然だけど、虚勢を張ってカナに言葉を叩きつけた。

 今の剣は、まるで炎の魔法を付与(エンチャント)した剣のよう。残り火が刀身に渦巻く。


 私はその剣の切っ先を、カナへと向ける。

 それを見たカナは、姿勢を低くして突進の体勢に入る。


面白(おもしれ)え……。行くぜ!」


 そう言うと、私の下へと飛び込んできた。


 その後も激しい打ち合いを続けると、いつの間にか《加速》の効果が切れて、カナの迷った短剣捌きがあらわになった。


 加えて、普段通りの見切りで躱すカナに容赦なく炎が触れ、肌を焦がした。普段ならこれだけの傷……火傷を負ったなら、組手はここで終わりのはず。


 ……それでも戦う事をやめず、がむしゃらに向かってくるカナ。


「なんで……なんで、こんな無茶な事してるの? 何が不安なの? どうして!」


 そして、次の一言が勝負を終わらせた。


「そんなに記憶を失うのが怖いの!?」


「違う……つってんだろ!」


 途端にカナの短剣が、迷いが消えたようにまっすぐに加速する。そして、十字に重ねた二刀で私の剣を弾き飛ばした。


 私は瞬時にもう一本剣を創ってそれを振るうも、それすらカナの短剣に弾かれてしまう。王子や先代『剣聖』にも勝利した技を、カナは難なく打ち破ってみせた。


 そして二振りの短剣を投げ捨て、体ごと飛び込んで……私を強く抱きしめた。


「アリサ……」


 途端に零れ落ちる、沢山の涙。

 私の胸で、カナは泣き始めた。


「だから、(ちげ)ーんだよ……。消えて無くなるのは記憶じゃねえ……」


「え……?」


「代償は……アリサ……オマエなんだよ……。一番大事なのは、記憶なんかじゃねえ……オマエだ……!」


 その言葉に驚き、思わず目を見開いてしまう。

 代償が……私?


 心配していたのは記憶じゃなくて、私だった……?


「……アタシが自由になったトコロで、オマエがいなくなったら意味ねーだろ……!」


 カナが私の胸を叩く。


「だから……アタシは、ずっと奴隷で構わねーって言ったんだ……!」


 もう一度叩く。


「アリサと引き換えの自由なんかいらねえ! ……だからよ、今まで通り一緒に旅、しよーぜ……な?」


 何度も、何度も叩いた。


「アタシは、アリサがいないと嫌なんだよ……。だから……だから、アリサ……アリサぁぁっ! うわあああああっ!!」


 悲鳴のような声をあげて泣き叫ぶカナ。

 私にしがみつき、顔を胸にこすりつけて、止めどない涙を溢れさせている。


 いつも強気で、いつも明るかったカナ。

 そんなカナが、今はこんなに辛そうな顔を見せている。


「ごめん……ごめんね、カナ」


 私はカナに謝った。


「……わかったよ、また一緒に旅……しよ?」


 そしてカナに、私自身にも言い諭すように語りかけた。


「ね?」


 私はカナに笑顔を見せて、指で涙を拭ってあげる。

 それでも、涙は零れ落ちている。


「ずっと……一緒か?」


「ずっと一緒だよ」


 私は首飾りを取り出して見せた。二人の変わらぬ友情の証だ。


 カナも取り出して、私に見せる。

 そして、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、やっと微笑んでくれた。

 私もカナに笑顔を返す。


「……学校やホーカちゃんには悪いけど……明日、断りに行こ?」


「ああ……!」


 少しだけ欠けた大きな月の下、私たちはずっと抱き締め合っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ