第百三十四話 曾祖父
「さあ、『剣聖』様。模範演技を……」
これは、カナよりも凄い技を見せないと駄目な流れ。
無理だと分かっていても、一応の抵抗を試みる。
「あの……。ほら……私、見ての通り剣士ですから、派手な魔法とか苦手で……」
「いえ、何も私は『剣聖』様に、魔法を求めてはおりませんので」
学校長は求めてなくても、絶対に生徒たちは求めている。
あの好奇心に輝く目……。間違いなく凄いものを期待されてるから!
隠れ丸と疾風丸で鎧を切り刻むとか、大斬刀で木偶を根元から叩き飛ばす……くらいなら出来るけど、どう見てもそういうのは求められていない。
大体、大きな剣を出して鎧を吹っ飛ばすのは、入学試験でやった簡単な事だし。
……大きな剣?
思いついた私は、長い呪文詠唱をして空に魔法陣を描く。
そう、今日みたいに余裕のある時にしか使えない、派手で強力な魔法が……たった一つだけ、私にはあった。
「《剣創世》……もう、どうにでもなれっ! とにかくでっかい剣!!」
叫び、魔法名を宣誓すると、天から巨大な剣が降ってくる。
その超重量兵器が地面に突き刺さると、凄まじい轟音を立てながら亀裂を走らせ、残りの木偶を全て奈落の底へと叩き落とした。
これで、皆が期待する『カナ以上にど派手な魔法』は達成した。……多分。
魔力、気力をほとんど使い切った私は、荒い息を立てながら学校長に聞いた。
「ど……どう、ですか」
泡を吹き、白目をむいて倒れている学校長。先生も生徒も、大きく口を開けて言葉を失っていた。
§ § § §
「いやはや、流石は『剣聖』様ですな」
意識を取り戻した学校長の案内で、騎士学校よりも広い廊下を進む。学校長の話によると年に何人かは問題児がいて、廊下で魔法合戦を始めてしまうから、仕方なく広くしたんだとか。
問題児はどの学校にでもいるんだなあ……と、私はシュナイデンたち三人組を思い出しながら歩いた。
「《剣創世》……誠、凄い魔法でした」
「あ……ありがとうございます」
「あれだけの剣が出せれば、その若さで『剣聖』となられたのも納得です」
うーん……。『剣聖』になった時の決め手は、ごく普通の地味な剣だったけど……話がややこしくなるから、あえて学校長の話に乗っておこう。
「ええ、まあ……」
「私の若い頃は、放浪の最強剣士シャープ様と、対魔王軍の将軍カォール・ディケイズ様……魔族との決着後はカォール・レッドヴァルト様でしかたな。二人の猛者が、先代の『剣聖』様への挑戦権を賭けて、試合をされていましたな」
カォール・レッドヴァルト……この名前を魔法学校長の口から聞けるとは思っていなかった。この世界での私のひいお祖父様。『剣聖』の座を争っていた時期があったなんて。
ジーヤがよく言っていた『先々代はやんちゃでした』は、一筋縄ではいかなかったらしい。ジーヤったら……対魔王軍を率いて、『剣聖』の名を賭けて戦うようなやんちゃ振りと、私を一緒にしないで欲しいな。
そしてシャープは、言うまでもなく『剣聖』を譲ってくれた、私にとっての先代。多彩なスキルの組み合わせ、必殺の《六連撃》に、スキルのフェイント。この世界のスキルを使った剣技を知り尽くした、怖ろしい剣士だった。
今、思い出しただけでも、あの戦いは背筋が凍ってしまう。
「あの時は私も、騎士学校に見に行っておりましたよ。両手剣……というには大き過ぎる、その身よりも更に大きな剣を軽々と振るうカォール様に、目で追うのも敵わぬ程の高速剣を使うシャープ様……」
学校長は若者だった頃のように、輝く瞳で語る。
「当時、魔法学校の生徒でしかなかった私でも、その試合に血が熱くなりました。いつの間にか拳を……こう、握っておりましてな。あの一戦を見たからこそ、私も負けじと魔法の研鑽を積んだのです」
その瞳は今この瞬間も、遥か先を見ている。
「私がこうして学校長になれたのも、『剣聖』のお陰かも知れませんな」
まるで私にお礼を言うかのように、優しく微笑む学校長。
「そういえば『剣聖』様のご家名も、確かレッドヴァルトでしたな。カォール様とはご親戚……だったりしませんかな?」
「コホン。アリサさんはレッドヴァルト本家の長子。カォール殿はアリサさんの曽祖父ですわ。今は、至極どうしよーうもない理由で、妹に次の家督を譲って冒険者をしてますの」
私が言う前に、数歩後ろを歩いていたジルが説明をしてくれた。
でも、どうしようもないはないでしょ、どうしようもないは。私にとって『戦隊』になる夢は、何をおいても優先すべき理由なんだから。
……たまに、友達の方が優先する事もあるけど。
「おお、やはりそうでしたか」
当てずっぽうに言ったつもりの予想が的中した事に驚き、ことのほか喜ぶ学校長。確かに私は、間違いなくカォール・レッドヴァルトのひ孫だ。
「アリサさん、ほらあれ……大斬刀。あれをお見せして差し上げなさいな。カォール殿が使っていた剣、丁度あれにそっくりですのよ」
……大斬刀ね。
少しだけなら魔力が残っているから、出してみようかな。
「これ? 《剣創世・大斬刀》――」
私の手元に、私の体より大きく幅広な剣が現れた。
学校長に当たらないように、片手でぶんぶんと振ってみせると、彼は感激にむせび泣いていた。若さを取り戻した瞳からは、滝のように涙があふれ出してる。
「まさに、それです! あの若き日に見た、カォール様の剣、それに剣技……そのものです!」
いや、適当に振っただけなんだけど……。
「カォール様は試合の前、どうしてそんな巨大な剣が振るえるのか、どうしてそんなに強いのかと問われ、『俺は、九つの世界を渡り歩いて修行した』と仰っていました。その桁外れな強さに、誰もがその荒唐無稽な話を信じた程で……」
「そ……そうですか……」
「その剣技が数十年の時を経て、またこの目で見れようとは……」
案内してくれるはずの学校長の足は、完全に止まってしまっていた。
「ところで、そちらのご婦人は何故、カォール様の武器をご存知でしたのかな?」
ジルがひいお爺様の得物を知っているなんて、確かに不思議な話だった。
学校長の問いに、にこやかにジルが答える。
「だって私、その試合を見に行っておりましたもの」
「「は?」」
私と学校長は、口を揃えて素っ頓狂な声を上げた。
「いやいや、何十年も前の話ですぞ。ご冗談を――」
学校長は信じてくれなさそうだけど、ジルならあり得る。私はそう思った。
彼女の年齢は一万歳以上。この世界に来てからだけでも、およそ百年……。本当に見ていたのかも知れない。
笑いながら話を流す学校長。額を押さえつつ、本当かもと悩む私。
ただ一つだけ言えるのは、ジルの一言のおかげで学校長がやっと歩き出してくれたという事。泣いて足を止められたままじゃ、日が暮れちゃう。
「さあ、着きましたぞ。こちらが研究室です……!」
特に大きな教室の、一際豪華な扉を開けて学校長が高らかに声を上げた。