第百三十三話 魔法学校
――降臨祭の日。
カナは私より三ヶ月早く十九歳に、私よりもお姉さんになった。
小さくて可愛いからカナが妹のように見えるけど、カナの方が誕生日は先。
……逆に考えたら、もう十九歳。早くカナを奴隷から開放してあげないと。
§ § § §
そして、カナの誕生日から一夜明けた翌朝。
私は決意も新たに、魔法学校へと向かう。勿論、カナとジルも一緒だ。
一昨日の謁見では、国王様から『それなら、魔法学校ですな』というお話を戴いた。もっと詳しく聞こうと思っていたんだけど、王女様から逃げるのに精一杯で、聞くのを忘れていた。
あの王女様がいる王城へもう一度行くのは、ちょっと遠慮したいから……ここから先は、自力で探すしかない。
騎士学校とちょうど東西反対側に位置する魔法学校。
門構えは騎士学校よりも飾り付けが多く、とても豪華だった。
もし、私が『魔法の戦隊』を目指していたら、騎士学校ではなくこの学校に入って……無理かな。魔法学校は複数の魔法の実力を見られるという話を聞くから、剣を創るだけしか出来ない私では、入学試験も落ちてしまいそう。
でも……今からでも、魔法の戦隊とかいいかも知れない。
カナは派手な魔法が沢山使えるし、ジルは回復魔法ならなんでも使える。私が攻撃魔法をがんばって修めれば、チャンスはあるかも知れない。
……なんて、門の前で余計な事を考えていると、ジルが心配そうな顔で私を見つめてきた。
「アリサさん、先程からずっとにやけてますけど……どうなさったんですの?」
あ……これは体の心配じゃなくて、頭の心配だ。
ジル、酷い。
「えっ……にやけてた?」
「ええ、涎でも垂らすのでは、という顔でしたわ」
「……大丈夫だから。じゃあ、早く入ろう」
私とは直接関係がない魔法学校。顔パスなんて事は出来なくても、皆私の事は知っているはずだし、それなりにスムーズに魔法学校に入れるはず。国王様から書状が送られているって話だしね。
少し緊張して、門の横にある窓口へと足を運ぶと、警備員らしき男性が私を見るなり、敬礼をしてきた。私が名乗るよりも早く、彼は言う。
「『剣聖の姫君』様ですね! お待ちしておりました! 今すぐ、案内の者を呼びますので、少々お待ちを!」
うん……顔パスだった。色々考えていた私が馬鹿だった。
§ § § §
窓口の奥にいたもう一人の警備員が校内へと走っていき、少し待つと、話にあった案内の人が来る。かなりのお歳のお爺さんなのに、門までの長い距離を全速力で走っている。
ようやく私たちの目の前に到着すると、疲れきった様子で両手を膝に乗せ、ひいひいと荒い息を吐きながら自己紹介をしてくれた。
「が……学校長のサンジェル……です」
警備員が言っていた『案内の者』とは、何を隠そう学校長だった。
どうして学校長が……?
「あの……わざわざ学校長にお越し戴かなくても……」
「そ、そうは参りません。ご案内するのが『剣聖』様……、しかも、それが国王陛下の勅とあっては……!」
勅――国王様、直々の命令書。
国王様が言っていた、一筆したためるってそういう意味だったんだ……。こんなにも迷惑をかけてしまって、学校長には本当に申し訳なく感じてしまう。
「さ、さあ……参りましょう……『剣聖』様……」
私が一言お願いしただけで、国の重要な人たちが簡単に動いてしまう。『剣聖』という称号にどれだけ影響力があるのか、改めて思い知らされる事になった。
でも、ここで案内を断るのは失礼だから、学校長のお言葉には甘えよう。
§ § § §
しばらくして学校長の息も整い、校内をぐるりと案内してくれた。
「こちらが、演習場となっております」
演習場は、騎士学校と一緒みたい。
かなりの面積を誇る広場に、木偶と呼ばれる打ち込み台が間隔を置いて並んでいる。騎士学校では、これに剣を打ち込む練習をしていた。
魔法学校は、木偶に《火球》や《氷球》といった魔法を撃って練習するようで、一クラス分の生徒が順番に得意魔法をぶつけている。
カナの弩級魔法に慣れてしまうと、攻撃魔法でも十秒以上の詠唱が必要で、放たれる魔法は大きくてもハンドボールサイズな彼らの魔法に、逆に安心感を憶えてしまう。
そういった魔法が、木偶の金属鎧を一部だけ焦がしたり、少しだけ凍らせたりするさまは微笑ましくもあった。
「今年の一年生が、練習をしているようですな」
「騎士学校を卒業したのは去年ですけど、懐かしい感じがします」
「ご覧になっていかれますかな?」
そこで私と学校長の会話に割って入ったのは、カナ。
目を輝かせて、楽しそうにしている。
「なあ、アリサ。アタシたちもやってこーぜ? 『剣聖』サマのお手本って奴だよ。いいだろ?」
「いいだろって……私、魔法使いじゃないからね?」
「今日は組手してねーじゃん。組手の替わりって事でさ」
食い下がるカナ。本当はカナの奴隷刻印をなんとかするために来たのに、そのカナが寄り道をしていたら本末転倒だ。
「おお、『剣聖』様自ら、模範を見せて戴けるのですか! それは、是非」
学校長まで乗り気になっている。
これはちょっと……断りきれない雰囲気だ。
「じゃあ……ちょっとだけ……」
「では……」
こほんと一声咳払いをして、学校長は大きな声で宣言した。
「聞きたまえ、一年生の諸君! 今日は『剣聖の姫君』アリサ・レッドヴァルト卿がお越しになっている! なんと、今回だけ特別に模範演技を見せて戴けるという話になった! 皆、有り難く拝見するように!」
学校長の声が届くと、教官……この学校では、講師。生徒からは先生と呼ばれている。その先生が感嘆の声をあげ、生徒たちも拍手で私を迎えてくれた。
なんか、凄い大げさな話になっちゃってる!
ちょっと木偶を魔法剣で殴って、それだけで済まされるような雰囲気じゃなくなってしまった。
「ね……ねえ、カナ」
「なんだ?」
「カナの方が魔法得意でしょ。魔法学校なんだし、カナの魔法見せてあげてよ」
私とカナの内緒話を聞いた学校長が、更に話を大事にする。
「おお、生徒諸君! 今回は『剣聖』様のお仲間の方も、手本を見せて下さるそうだ!」
歓声が湧き上がる。
全員が期待の目でカナを見つめた。
「しゃーねーな……。いっぺんだけだから、よーく目え見開いて見てな!」
まんざらでもないという表情で、頭をかきながらカナは言った。
木偶から七、八メートル程度離れた場所まで歩くと、構えを取る。今回は実戦じゃないから、足ではなく指で魔法陣を描き始める。
「いくぜ!」
完成した魔法陣から、《火球》が少しずつ頭を出す。
最初は感心するような声だったけど、生徒の声は《火球》が次第に姿を現すたび小さくなっていき、最後にはカナの近くにいた生徒が逃げ出してしまった。
「《火球》っ!」
一番端の木偶を指差すと、そこへ向けて一直線に飛んでいく《火球》――。
「なっ……! あれが《火球》だと!?」
「上級魔法かと思った……!」
「あんな大きな《火球》見た事ない……」
「……今まで俺たちが習ってた《火球》って一体なんだったんだ……?」
生徒たちが怖ろしさのあまり叫んだり、絶望したり、泣き出したりしている。今回はニメートル級だけど、全力の十メートル級を見たら、彼らはどうなってしまうんだろう。
カナの《火球》は木偶に着弾し、二つ隣りの木偶までを跡形もなく消し飛ばした。生徒は全員、そして先生までもが全員腰を抜かしている。
これだけのものをカナが見せたんだから、もう私の出番は必要ないよね。
そう思った矢先、学校長の声が……。
「次は『剣聖』様が、もっと凄い模範演技を見せて下さるぞ!」
……逆にハードルが上がってる!
カナの魔法で、私は何も見せなくてよくなったはずだよね?
なんで、こうなったんだろう……。