第百三十一話 降臨祭
一晩明けて、雪も足先が埋まる程に積もり、街を仄白く染めていた。
今日は十二月二十五日。
――降臨祭の日。
この世界でも、クリスマスと同じ日にお祝いをする。
いつも以上に出店が出て、人々の活気もパレードの時のよう。どこもかしこもお祝いムードになっている。
王都を見渡せば、大人はお酒を、子供は果実水を手にこの日を楽しんでいる。
「なんの……騒ぎですの?」
「『降臨祭』よ」
不思議がるジルに、私は答えた。
今日は下界であるこの大地に、女神様が天から降臨した日。
そういう祝日だ。
「降臨祭……?」
「そう。この下界に女神様が降臨したって日」
「神なんて、空の上でどっしりと構えていればいいものを、何しに降りてきたと仰いますの?」
ジルは国教『女神教』とは別の宗教……『竜神教』の聖女。
このお祭りを知らないのも無理はなかった。
「それはね……昔々ある所に」
「なんですの、その言い回し。日本のおとぎ話ですか」
「いいから。昔々ある所に、火打ち石を売って生計を立てている少女がいました」
街を三人で歩きながら、私はこの日の伝承を語り始めた。
私も最初、この話を聞いた時は、女神様のいい加減さに呆れたものだった。
「火打ち石って……それって、マッチ売りの少女のパクり……」
「それ以上は駄目よ。……で、その少女は今日みたいな寒い雪の中、一所懸命火打ち石を売ろうとしましたが、誰一人買ってくれません」
「ますます、マッチ売りの……」
私たちは大通りを抜け、下町の裏路地へ。
特に出店が多い場所に出た。
「貧しい少女は、火打ち石を一つでも売らないと」
「火打ち石って、二つセットじゃありませんの?」
「まあ、昔話だからそういう突っ込みは無しで。一つでも売らないと、パン一つすら買う事が出来ません」
「一体、両親はどうしてますの? ネグレクトですわ」
私の説明に、逐一口を挟んでくるジル。
きっと彼女は、大好きな『ラノベ』を読む時も、こうやって突っ込みを入れながら読んでいるんだろう。
「まあまあ。このままでは、少女は何も食べる事が出来ずに死んでしまいます」
「一日抜いたくらいで、大げさですわ」
普段大食らいのジルが、それを言う?
突っ込みたい気持ちを抑えて、私は話を続ける。
「そこに、少女を救うため、女神様が天から降りてきました」
「まったく、女神ときたら……。安っすい女神もいたものですわね」
そういえば、ジルはまるで女神様に恨みがあるような節があった。
いつも彼女は女神様の事を『あの女』と呼ぶ。
「そして女神様は、少女に向かってこう言いました」
「どう言いましたの?」
「『パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない』――!」
「ぶっ……!」
思わずジルが飲んでいたお酒を吹き出す。
「それ、マリー・アントワ……」
「それ以上は駄目。……そして女神様は、少女にお菓子を手渡すと天へと帰っていきました。女神様の施しによって、少女は生きながらえる事が出来たのです」
「女神ったら……普通にパンを恵みなさいな……」
「それ以来、冬のこの日には女神様の降臨を祝って、お祭りをするようになりましたとさ。めでたしめでたし」
私の話が終わると、カナが横でおおーと唸った。
「カナ、何感心してんのよ」
「女神サマって、凄ー優しいんだなって思ってな」
「いや、小さい頃に一度話したでしょ」
「悪い、忘れてた」
大雑把過ぎるのが、私の親友であるこの子の欠点だ。
そういえば、毎年説明させられてたっけ。
「その話、なんの教訓も起承転結もありませんわね。出来の悪い話ですこと」
「まあ、伝承……だからね。でも、ほら」
私は、街頭にあふれる露店を指差し、ジルに教える。
「この話にあやかって、この日はお菓子の出店が沢山出てるの」
「あら……素敵ですわね」
お菓子と聞いて、目の色が変わるジル。
特にこの日に食べるお菓子、シュトレンは人気のお菓子だ。
いつもなら黒麦だけの硬いパンを、小麦を多く使う事で柔らかく焼き上げ、中にはぎっしりとドライフルーツが練り込まれている。それだけでも十分に甘みがあるのに、焼き上がったパンにバターとたっぷりの粉砂糖がまぶしてある。
年に一度の贅沢だ。今日だけは、平民であっても高価な砂糖を使う。
一番多い露店は当然、このシュトレンの店。両手で抱える程の大きなシュトレンを、買ったその場で薄く切って提供してくれる。
「それに、このお祭りだけの特別があってね」
「特別、ですの?」
「そう。伝承にあやかって、女神様の格好をした女の子は無料でお菓子が貰えるの」
「無料で!!」
お菓子が無料と聞いて、ジルは興奮してしまっている。
流石は、はらぺこ聖女。食べものの話になると食い気味で身を乗り出してくる。
「ほら」
私が指差すと、白いドレスを着た小さい女の子たちが、露店に集まってお菓子を貰って喜んでいる。私が初めて逢った時の女神様も、あんな白いドレスだったなと毎年思い出す。
そしてジルは、自分が白い法衣を身にまとっている事を確認したら、露店へと走っていってしまった。
私はこの風習を聞いた時、ハロウィンまで混ざってる! ……と思ったものだけど、お菓子の事で頭が一杯で、そこまで突っ込む気力はなさそうだった。
「私にも! 私にも、お菓子を下さいな!」
がっつくジルを見て、私の中で『聖女』のイメージは地の底まで落ちた。
子供に混じって、あんな大きなシュトレンを丸ごと脅し取っている姿を見たら、誰でも幻滅する。『竜神教』信者には見せたくない格好だった。
まるで、デパートの試食コーナーで、試食品を何度も食べてる人みたい。あれ、見てる方が恥ずかしいんだよね……。
「なあ、アタシも白いドレス着たら、お菓子貰えんのかな?」
「やめときなさい。あれと同類と思われるから」
ジルの浅ましい姿を見て、残念そうな顔をするカナ。
それが普通でしょ。
そこにいる大人のお姉さんみたいな真似……って、ジルの他にも大人の女性がお菓子をせびっていた。
ちらりと見える横顔だけでも、とても美しいジルのように人間離れした女性。その純白のドレスは、この雑踏の中でも汚れ一つなく輝いて見え、彼女の美しさをいっそう引き立たせている。
「まるで、本物の女神様みたい……」
「アリサさん、呼びました?」
女性が振り返る。
その姿は……紛れもなく、本物の女神様だった。
――本当に、降臨してしまっている!
「女神様! こんな所で、何やってるんですか!」
思いもよらぬ事に、大声で叫んでしまう私。
女神様はシュトレンをリス……いや、ジルのようにほおばっている。
「何って、お菓子を食べているんです。わざわざ作り話を作ってまで、年に一度お菓子を食べられる日にしたんですから……!」
あの伝承、本当に作り話だったんだ……。
それよりも女神様本人が、お祭りに紛れ込んでいたなんて。
そういえば、女神様が少女に施した事が由来のはずなのに、女神様の格好をすればお菓子が貰えるなんて、確かにおかしい話だった。
普通はこういう話なら、その少女にちなんだ格好をするはず。
つまり女神様は本当にお菓子目的で、こんな祝日を……?
――私の中で、『聖女』だけでなく『女神』の印象も地の底まで落ちた。