第百二十九話 王女Ⅰ
宿屋から出て、大通りをしばらく歩くと王城に到着。
王城はこの国で一番大きな城だ。
都市の城門と同様で王城の門も、私が顔を見せただけで通れてしまった。
なんだか私自身、偉くなり過ぎてしまって違和感を憶えている。元は日本の庶民で、ただの女子高生だったし。こんな大きなお城の門番が敬礼をして、審査もなしに入れて貰えるなんて、生まれ変わる前は想像もしてなかった。
ただ、徒歩で来たのは、ちょっと失敗だったかも知れない。
急いで来たはずなのに、広大な庭を抜けて居館に着く頃には、陽が落ちていた。
そこから、もう少し時間がかかって、謁見の間に到着。
「遅くなってすみません……」
肩身の狭い思いで、赤い絨毯をこそこそと歩く。
実は、門番の一人が伝令をして、私の来訪にあわせて国王様が準備してくれたそうで、特に待たせてはいなかったらしい。むしろ、私に対して失礼がなかったかと心配してくれた。
国王様はまた玉座から降りて、私の前に来て跪く。
「ええっと、その……やめてください」
こんな事をされたら、私の方が恐縮してしまう。玉座に戻って貰って、今度は私が跪く。やっぱり三年間、騎士学校で学んだ生徒としてはこっちの方が落ち着く。
「剣聖様にお越し戴いたのは、他でもありません……」
国王様は本題を切り出した。
話はやっぱり『嵐』の件で、詳細を事細かく聞かれる事になった。伝令にあった真竜は、倒したら忽然と消えてしまったと言ってごまかした。
……だってあれ、ジルだから。
「残念です。真竜の素材や魔石となれば、かなりの値が付いたでしょうに。ですが、討伐の報酬を用意させましょう。金額が金額ですので、ある程度のお時間を戴く事になりますが……」
討伐報奨が後日貰えるという話になって、顔が緩むのを隠せなかった。
これで、ジルの食費に余裕が出来る。彼女は金貨が何千枚あっても、あっという間に胃袋の中に消えてしまうから。
あれ……? ジルを倒したら、ジルのご飯代が貰える?
不思議に思いながらも、報奨はありがたく貰う事にした。
「して、剣聖様はいかなご用件で王都へ? 確か、ここでは冒険者としての活動が立ち行かない……という事で、ここを出られたはずですが」
私から発言の許可をお願いした上で、聞こうと思っていた事を逆に聞いてくれた。
「実は、私の友人が……その、奴隷にされてしまって……」
事情を全て話し、カナの奴隷の首輪を外して、奴隷刻印を消したい希望を伝えた。国王様は、少し考えた後、こう言ってくれた。
「ふむ……それなら、魔法学校ですな。昨今、目まぐるしい業績を上げております。魔族奴隷を元に戻したという報告書も……」
「それです!」
「分かりました。では、書状を一筆したためておきましょう」
「ありがとうございます!」
これで、カナを奴隷から解放出来る!
……それと。
「あの……もう一つ、お願いしてもよろしいでしょうか」
「何なりと」
「私、今『竜神教』という宗教の聖女様と旅をしてまして、王都内の傷病者を治す替わりに、布教のご許可を戴きたいのですけど……」
ジルの布教活動。今はカナの解放が最優先だけど、本当の旅の目的はこっち。
国王様の許可を貰えば、堂々と活動が出来る。
「傷病者を治して戴けるのでしたら、喜んでお受けしましょう。お恥ずかしい話、我が国では慢性の聖職者不足でしてな……」
これで、私の目的が一気に全部達成しそう。
……あれ? 私の目的って、『戦隊』を目指す事のはず……。でも今は、友達の方が大事。友情を大切にするのも『戦隊』の心得だしね!
「ありがとうございます、国王様」
「いえいえ、剣聖様のお役に立てるなら、これ以上の喜びはありませんとも」
そう国王様が言ったと同時に、大きな音を立て謁見の間の扉が開いた。
§ § § §
「父上……いや、陛下! 御一人だけでアリサ嬢と謁見とは、ずるくはないでしょうか!」
勢いよく扉を開けて入ってきたのは、この国の王太子、ワルツ・ギル・フォン・シュトルムラント殿下。抜け目のない策士肌の王子だけど、私なんかに求婚する変わり者のイケメンだ。
王太子なら私よりも美人な人たちも、私より条件のいい人たちもよりどりみどりなのに、私を正室になんて言ってきている。
「ワルツよ、王子と言えど勝手に入ってくるな。そのような礼を失する王子に育てた憶えはないぞ」
「いいえ! これに関しては、陛下が悪い! アリサ嬢は俺の婚約者。謁見なら、婚約者も同席するのが筋というもの!」
今……私は多分、もの凄く嫌な顔をしていると思う。
虫でも見るような目で、王子を見てしまっているのは確かだ。
「婚約の件は、お断りしたはずですけど」
「……それは、ともかくだな」
「いいえ、ともかくじゃないです」
言葉に詰まってしまう王子。
その後ろから、王子を蹴り飛ばして一人の女性が現れた。
珍しい緑の髪に、整った容姿。それに上流階級を思わせる豪華なドレス。
どこかで見た憶えが……と思ったら御前試合で王子の側に仕えていたメイドさんだった。
気品あふれる女性が、ふんわりとしたスカートを持ち上げて、片足を上げている。胸から上のエレガントさと、それより下の乱暴さがちぐはぐだった。
王子は転がされて、四つん這いになってしまっている。
「何をする!」
「邪魔です。お兄様」
その女性は足を下ろして、付いてもいない埃を払う仕草をした。
所作は優雅だけれど、やっている事は乱暴そのもの。
「お兄様……?」
「……妹のグリューネだ。見ての通り、こう……強引な女でな」
強引なのは王子も一緒。
そろそろ、私をお妃にという話を諦めて欲しい。
それよりも今は、彼女の事だ。
「メイドさん……じゃなかったんですか?」
「あれは召使いのふりをして、むりやり俺について来たのだ。『お兄様の縁談を蹴る女性なんて、格好いい! 是非、見てみたいです!』……などと言ってな」
メイドの振りをした王女様だったんだ。
そういえば、王族は精霊の祝福を受けやすいってジルも言っていた。この緑の髪は多分、精霊の祝福だ。
「邪魔だと、申したはずです。お兄様」
また蹴り飛ばした。再び転がる王子。
スカートの裾を摘んで走ってくる、緑髪の女性――グリューネ王女。
私の両手を掴むと、きらきらした瞳で語りかけてきた。
「アリサ様! 私の事、憶えて戴けていたんですね……嬉しいです!」




