第五話 入学
百人受けて、合格者は四十二人。
第一試験はお飾りだとしても、第二試験で半分に振るい落とされ、第三試験で数人弾かれていた。
もし、魔法をスキルだと言い張らなかったら、危うく私も落とされるところだった……。
そんなぎりぎりの試験だったけど、私は最初の減点以外は満点で『首席』という事にされてしまった。前の人生では首席なんて、夢のまた夢の成績だったから、少し得をした気分。
受験生は合格後、自らの手で三年分の授業料、金貨二百枚を支払う事になっていた。試験要綱によると「諸君らを騎士に育てるために、ご両親が用意した金の重みを知って欲しい」という事らしい。
私の場合は自分で稼いだ訳だし、それなりに苦労はしてるから、重みは既に知っているのだけれど……学校がその事を知るよしもないし、規則に例外はない。
二列に並び、一人ずつ袋に入った金貨二百枚、二百万円分もの学費を支払い、支払証書と入学許可証が一緒になった羊皮紙を貰っていく。
もうすぐ私の番だ。
今まで稼いだ金貨の半分をここで使っちゃうんだな、と実感しながら金貨袋を握りしめる。
――そんな時、私の少し手前で、大きな声が上がった。
「ない、ない! さっきまでは確かにあったのに!」
大声を上げたのは、ポニーテールの女の子。
話を聞いていると試験を受けるまであったはずの授業料が、消えてしまったらしい。慌てて鞄を漁っているが、どうしても見つからないみたいだった。
「支払えないのであれば、入学は認められませんね……」
無常に言い放つ、受付係の女性教官。
「もうちょっとだけ待って下さい!」
何度も念入りに鞄の中を探しているが、それでも見つからないようだ。
見かねた私は前に出て、彼女に話しかける事にした。
「手伝いましょうか?」
「えっ……いいんですか? ……ありがとうございます!」
私の両手を取って、泣きながら感謝する女の子。
それから二人で、彼女の試験会場での道すじをくまなく探す事になった。
――その時、物陰で何者かが家紋の入った金貨袋をぽんぽんとお手玉のように弄んでいた事を、私たちは知らなかった。
結局、盗まれている事に気付かない私たちは、どんなに探しても見つける事が出来ずにいた。既に日は暮れており、他の受験生も全員帰ってしまい、教官からも早くして欲しいと急かされる。
やむを得ない。
「ここは、私が立て替えるから!」
後先も考えずに、私は二人分の授業料を払った。
……もう一人分のお金は、貯めていた私の生活費。
道すがら手に入れた賞金もあるとはいえ、決して贅沢は出来ない金額だった。払ってから、またやっちゃったと考えてしまうけど、それでも困った人を放ってはおけない。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「卒業したら、ちゃんと返してよね?」
「はい、必ず! えっと……」
「アリサよ。あなたは?」
「ヨーコです……!」
ヨーコちゃん! 日本人みたいな名前で、懐かしさを感じた……しかし。
「ありがとうございます、アリサさん……いえ、アリサお姉様!」
またお姉様……。
実の妹以外にそう呼ばれるのは、二人目。
リカと同じような熱い眼差しで見つめられる。
感謝してくれているのは分かるけど、流石にお姉様は……ね、やめよう?
それから、彼女に何度もお礼を言われた後に別れて、帰路に就く。
宿に帰ると、リカに事の顛末を問い詰められてしまった。
流石に正直に言うと怒られそうだったから、上手くはぐらかした。生活費全部を使って立て替えた、なんて……とてもリカには言えなかった。
見ず知らずの人のお手伝いまでするなんて流石ですお姉様、なんて言われたけど、私の胸中はそれどころではなかった。
財布には銀貨と銅貨しか残っていない。明日からどうやって生活しよう。
……それよりも、ヨーコちゃんのお金は一体どこへ消えちゃったんだろう?
§ § § §
試験の翌日、入学式が開かれた。
どこの世界でも入学式が退屈なのは一緒みたいで、校長の長い演説を聞く事になる。校長は、白い髪と髭が凛々しく、いかにも騎士を引退してここで校長をやっています、といった古強者の雰囲気をまとった初老の男性だ。
「諸君らには三年間、ここで学んで貰う事になる。三年間の勉学、訓練の後、卒業試験を突破した者だけが、騎士となる事が出来るのだ」
また試験がある。
数人が嘆きの声を上げ、顔を覆う。校長はそれを咳払いで鎮めて続けた。
「尚、この学校では、家の爵位がなんであれ全員平等に扱う。訓練に家柄は関係なく、卒業したら全員が騎士爵となるからだ。憶えておいて欲しい」
卒業出来なければ無職になってしまうから、もっともな話だ。
「また、生徒同士でも、同学年での上下関係は無しだ。家名を笠に着て傍若無人に振るまうなど、騎士にあるまじき行為で決してあってはならない!」
校長は語気を強めて、シュナイデンたちを横目で見た。
「もっとも、既にそのようにしてしまった生徒も中には居るようだが……。今後は気をつけて貰いたい」
全員が彼らに注目し、当の本人たちは赤くなって縮こまる。
「また、どの様な名家であっても、ついていけない者はバンバン落とすので、そのつもりで」
騎士学校と言うだけあって、厳しそうだ。
「それでは最後に、首席入学となったアリサ・レッドヴァルト君から一言貰おう」
……え、私?
なんの話も聞かされていないし、いくらなんでも無茶振りが過ぎる。
私は、急に名指しされて、きょろきょろと辺りをうかがう挙動不審者になってしまった。
壇上へと手招きされ、もう逃げられないと観念し、弱々しい声ではいと答えて上がっていく。……一体、何を言えばいいんだろう?
「あの……えーと……」
だから、代表挨拶なんてした事ないんだってば。
どうしよう。
当惑した私が校長をちらりと見ると、小声で教えてくれた。
抱負とか、目標とかを言えばいいんだ……と。
「えーと……ご紹介に預かりました、アリサ・レッドヴァルトです……!」
抱負、抱負。
「これから三年間しっかりと勉学に励み、励み……」
目標――。
「立派な……名前通りの、戦隊のレッドになりたいです!」
高らかに宣言してしまった。
「センタイノレッド」
「センタイノレッド……?」
「センタイノ……何だそりゃ?」
場内が、私の言った不可解な言葉にどよめく。
校長も小声のまま、私に尋ねる。
「アリサ君、『センタイノレッド』とは一体何かね?」
まずい、やってしまった――!
この世界の人には、『戦隊』なんて言っても通じないんだった。
「あ、あの! 今のは無しで……。立派な騎士、立派な騎士になりたいです! 以上――!」
この場の誰もが、私の場違いな挨拶に笑い出す。
首席で代表だったはずの私は、一瞬で全校生徒の笑い者になっていた。
多分、耳まで赤くなっていたと思う。
顔から火が出てしまうほどの恥ずかしさで壇上を降りた。
§ § § §
そんなハプニングがあったものの、入学式は無事終了。
入学式が終わってしばらくすると、新入生はそれぞれ小さなグループを作り始める。同郷だったり、同じ爵位だったり。そういう気の合う同士のグループ分けが、自然と出来ていた。
まあ、私とリカは最初からグループだけど。
そんな中、校舎、と言うにはお城や宮殿に見える建物だけど……の片隅で何かが起きていた。四、五名だろうか、大剣を背負った男子生徒が柱の影で何かを囲んで声を荒げている。
何かあったのかな?
念のため、リカにはその場で待って貰い、男子の集団の下へと近付いてみた。
「女の癖に生意気なんだよ!」
「女の分際で騎士になろうなんて、一体何様のつもりだ!」
「そんな細っこい腕で剣が振れるのかよぉ?」
「女は黙って田舎に帰れ!」
「今なら入学を取り消して、『女ごときが騎士を目指してすみませんでした』と謝れば、許してやるぞ?」
五人の男子が、女の子たち三人を取り囲んで罵っている。
私は割って入り、泣きそうになっている女の子たちの前に出て、男子を遮った。
「いいかげんにしなさい!」
大声で彼らを叱り飛ばす。
「大の男が、寄ってたかって格好悪い!」
「煩い! 女の癖に騎士学校に入ろうとする、お前らが悪いんだよ!」
「そういうのは、口じゃなくて……」
言い返す男子に、私は《剣創世》の魔法剣を取り出した。
「実力で言いなさいよ!」
その男子の鼻面に剣を突きつける。
私の剣に怯みながらも、男子は悪態をついた。
「くそっ……ちょっと成績が良かったからって、調子に乗るなよ!」
大剣を抜いて、一斉に私に斬りかかってきた。
私はその内の一本を受け流し、出来た隙間から他の剣を避ける。
魔法剣で攻撃……しちゃうと怪我するから、空いている手で拳を握り、一人の腹を全力で殴りつけた。
その男の力が抜け、くの字に曲がって私に寄りかかる。
気絶している体を払いのけて、地面に刺さった大剣を引き抜こうと悪戦苦闘するもう一人を、後ろから当身。
これもすぐに気を失った。
残るは三人。一人は足を蹴り払い、倒れたところに一撃。
もう一人は顔面に回し蹴りを入れて、吹っ飛ばした。
「この野郎!!」
最後の一人がそう叫ぶと、刺さったままの大剣を捨てて拳闘の構えを取った。
私も剣を投げ捨てて構える。
「くそがあああぁっ!!」
叫びながら殴りかかってきた。
その腕をつかみ返し、その力を利用して回り込み、後ろ手に極めて腕を捻り上げてやる。
「あいてててて……!」
「まだやるの?」
「降参だ、降参! ……畜生っ!!」
手を離すと、腕を痛そうにさすって、三下のような捨て台詞を吐いた。
「くそっ……今日はこれくらいにしといてやる! 憶えてろよ!」
その男子は、他の四人を置き去りに逃げていってしまった。
§ § § §
その後、今度は私が女の子たちに取り囲まれてしまっていた。
詰め寄られ、ありがとう、ありがとう、と感謝される。
「本当に、たいした事はしてないから」
そう言って受け流そうとするも、女の子たちは離してくれようとはしない。
大剣は受け流せても、感謝の気持ちは簡単には受け流せなかった。
そして……。
「「「ありがとうございます! アリサお姉様!」」」
三人が同時に声を上げた。
また、お姉様……もう勘弁して。