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第百二十八話 歓迎

 土煙の中での戦いだったため、ジルの正体は誰にも見られずに済んだ。

 ジルに蹴散らされた騎士たちも、倒された真竜(ドラゴン)は忽然と姿を消したと思い込んでくれた。


 そのおかげで、ジルは疑われずにすんなりと王都へ通される事になった。どちらかというと、『剣聖の姫君』である私が顔パスだったのが、簡単に入れた理由かも。


 門番たちは私という有名人を目の前にして、がちがちに緊張していた。ずっと敬礼をしっぱなしで、なんの審査もせずに私たちを通してしまう。ジルだけでなく、魔族であるカナもそのまま入る事が出来た。


 あんまり『剣聖』の特権を振りかざすのって好きじゃないんだけど、今回だけは楽をさせて貰う事にした。ジルやカナの素性は、普通だったら絶対にこじれるから。


 そして、門をくぐると途端に大歓声が湧き上がる。


「『剣聖の姫君』が、『(シュトルム)』の驚異から王都を救ってくれたぞー!!」


 誰かが嬉しそうに叫んでいる。それに合わせてそこかしこから、感謝や賛美の言葉が飛んでくる。


 沢山の建物から、大勢の人が出てきて、私を囲んで揉みくちゃにした。流石は剣聖の姫君、剣聖の姫君万歳と、誰もが私を褒め讃えている。暴動に近いこの騒ぎで、カナやジルとはぐれてしまった。


「ちょ……ちょっと、なんで『(シュトルム)』なのに、誰も避難してないのよ!」


 胴上げをされながら私が聞くと、誰かが答えた。


「伝令の騎士様が『剣聖の姫君』が来たから、もう安心だぞ……って」


 伝令の騎士……?


 真竜(ジル)の姿を見て逃げ出した騎士の誰か……ね。『剣聖』の威光を振りかざすのは好きじゃないけど、あとで『剣聖』の威光でお説教してやる。もし、このまま誰も避難しないで私たちが負けていたら、王都は全滅だったんだから。


「それに、伝説の真竜(ドラゴン)まで倒してしまうなんて!」


 いや、あれは仲間だから。なんだか、やらせで功績増やしたみたいで、凄く申し訳ないんだけど……。


 今の私は、『ヒーロー』として目立っている。間違いなく王都を救った『ヒーロー』そのもの……のはずなんだけど、この目立ち方は何かが違う。どうしても、そう感じてしまう。本当に複雑な気分。



    §  §  §  §



 王都の狂乱も収まって、やっと私は開放された。

 これで普通に街の中を歩ける。カナやジルとも合流する事が出来た。


 雪が少しずつ静かに降り積もる王都を、私たちは歩く。


 少し進むたびに、人々から呼びかけられたり賛辞の声をかけらてれ、手を振ったり返事をしないといけないから、普通に歩けているとは言いがたいけど。


「凄い人気ですわね……」


 ジルも驚いている。

 彼女は《千里眼》で、以前のこの光景を知っているはずだけど、映像で見るのと実物では違うみたい。


「まあね……。ちょっと疲れちゃうのが困りものだけど」


 すると、吟遊詩人の歌声が道端から聞こえてきた。『剣聖の姫君』……つまり、私の武勇伝を讃える歌だ。


 大筋の内容は合っているんだけど、倒した敵の数や大きさが五割増しに盛られていたり、三千人の兵の内容が、攻め込んで来た敵国の軍になっていたり、涼しい顔で斬り殺したとか、無慈悲に叩き潰したとか、かなり湾曲されていた。


 恥ずかしくなった私は、その吟遊詩人の下へと早足に走った。


「お願い! 恥ずかしいから、それやめて!」


 真っ赤になって懇願するも、他の吟遊詩人もこの内容で歌っていますからと、歌われる本人の願いが却下されてしまった……本当に恥ずかしい。


 私は、その歌が聞こえなくなるまで、羞恥心でうつむきながら歩いていた。


 ――そして、しばらく街を散策すると……あった。

 下町路地裏の露店。禿頭のおじさんが出している串焼き屋。


「おじさん、それ三つちょうだい」


「あいよ……って、おお! 『剣聖』様!」


 おじさんは、私を見るなり平伏してしまう。

 最初の時と同じ対応でいいんだけどね。

 私の身分が上がり過ぎたせいで、おじさんの態度が凄い事になっていた。


「頭を上げてよ。……銅貨五枚だから、十五枚よね?」


「『剣聖』様から、お金を頂くなんて!」


「いいから」


 串焼きを三本買って、ジルとカナにも分ける。


「ジル、どうせ()()……食べたかったんでしょ?」


「どうしてそれを……!」


「だって、《千里眼》で見てたって事は、この店の事も見てたんでしょ?」


 ジルは顔を赤くしながら、照れ隠しに串焼きを頬張る。

 途端に彼女の照れ顔は、美味しいものに出逢った笑顔に変わる。


「あら……! これ、意外と美味しいですわね!」


「でしょ? 王都にまた来る事があったら、ジルに食べさせようと思ってたの」


 聖女様に食い歩きをさせるのは、ちょっと無作法かもしれないけど、これはこういう食べ方が一番美味しい。買ってすぐに焼きたての肉にかぶりつく。


 それが露店のお肉の正しい食べ方。


「ねえ、カナ」


「ん?」


「今のおじさん、『オヤジさん』に似てなかった?」


 そう、王都に来たらカナにも見せたかった。

 だって、あのおじさんときたら……。


「似てたな……。マジで驚いた。ありゃあ、兄弟かなんかだと思ったぜ……」


「やっぱり、そう思う?」


「だな!」


 二人で口元に手を当てて、笑い合った。

 あの露店は、一粒で二度美味しい店だった。


 私たち三人は、お喋りをしながら王都をぶらぶらと散策した。



    §  §  §  §



 それから大通りに出て、私が最初に拠点としていた宿へと向かう。

 拠点といっても、ほんの数日間だったけど。


 この宿は、物価の高い王都の中では破格の値段で泊まれ、掃除も行き届いて、それでいて冒険者ギルドも近いという理想の宿だった。お値段はなんと、夕食付きで銀貨九枚。


 どこへ行っても金貨二枚前後はする王都では、ちょっと信じられない安さ。


「おかみさん、久しぶり!」


「あらあら、『剣聖の姫君』様じゃないかい!」


「また泊めてくれる? 結構、長くなりそうだけど……」


 そう、私たちが王都に来た理由は、カナを奴隷から解放する方法を探す事。漠然とした情報からの手探りだから、多分かなり時間がかかると思う。だからこその、この宿だった。


「嬉しい事を言ってくれるねえ! 何泊でも、何ヶ月でもいいよ! 『剣聖の姫君』様御用達の宿だって言ったら、箔がつくからね!」


「もう、おかみさんったら……」


 まるで狙ったように三人部屋が空いていたらしく、そこに泊まる事に。ジルは、主人公補正ですわ……なんて訳の分からない事を言っていたけれど、これで拠点は確保。


 今日やるべき事は、あと一つ。


「じゃ……私、ちょっと出かけてくるね」


「どうしましたの?」


「ほら、私『剣聖』だから……王城に行って挨拶しないと、色々と問題もあるから……」


「面倒な話ですわね」


 先程、王都の皆から揉みくちゃにされていた時に、本物の伝令がやって来ていた。その内容は、王城に来るようにとの事。流石に今回は、不敬罪で死刑なんて話はないと思うから安心して行ける。


 王城は、国の情報が集中している場所だから、カナの……奴隷刻印を消す方法の手がかりもあるかも知れない。


 私は、二人に留守番をお願いすると、王城へと急いだ。

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