第百二十六話 嵐Ⅲ
ジルへと駆け込みながら、カナが支援魔法を放つ。
「《加速》……《加速》!」
私とカナ、それぞれに《加速》がかかる。
「それと……」
この魔力暴走の中、カナがわざわざ宣誓してこの魔法を使った。
「《剣創造》――受け取れ!!」
私に大斬刀を投げる。
流石はカナ。私の創る大斬刀よりも一回り大きく、鋭さも上だ。漆黒に輝くその刀身は、相手がたとえ真竜でも勝てると思わせる凄みを持っていた。
走りながら、私はその黒剣に持ち替える。
そうこうしている内に、ジルの目の前へ到着。
やはり大きい……長い首や尻尾も入れると、ゆうに百メートルは越えている。
「やっぱ、デケーな」
「そうね……」
ジルが次の一歩を踏み出す。戸惑いながら、ゆっくりと歩いている。
彼女にも、わずかばかりの理性が残っていて、暴走と理性で戦っていた。小さな……でも、私たちには体格差から大きく聞こえる呻き声を上げながら、歩いたり、止まったりを繰り返している。
「まずは、挨拶……といくか」
カナが大きく深呼吸をして、魔法陣を描く。
複雑な時間のかかる魔法陣……数千の魔物の撃退で、使いきった魔力の替わり。この、大気中の『魔素』を、魔法陣で魔力に変換して放つ。
「《炎の世界》!」
千の魔物を蹴散らした、カナの最大魔法。
あれだけの巨体を持つジルの体を覆いつくし、灼熱の炎で出来た空間がその体を燃やす。炎が彼女の鱗を剥がし、上空へと吹き上げると中から肉が露出して、血を吹き出す。
吹き出した血は、高熱によって一瞬で蒸発する。後に残るのは、焦げた筋肉。それが、彼女の体の各所で、何度も繰り返される。
彼女は苦しそうに吠えるが、それまでの魔物たちと違って消し炭になるような事はない。数十秒間、広大な炎の檻の中で焼かれた彼女は……焼き尽くされるどころか、全体から見れば軽い火傷……程度でしかなかった。
「おい、アリサ……。聖女サマの言ってた、『あの姿なら、《天雷》一発程度では、私は落ちませんわよ』っての……あれ、マジだったんだな……。全力で焼いてこれかよ……」
「マジよ。……せめて気絶してくれれば、人間の姿に戻るんだけど」
「じゃあ、気絶するまで撃ちまくるしか……ねーよな?」
「そうね」
答えると同時に、私はジルの前脚へと駆け寄り、黒い大斬刀を叩き込む。流石はカナの魔法剣。一撃で鱗に深い傷を与える事が出来た。三回も斬りつけると、一枚の鱗が剥がれ落ちる。
そこに全力全開で突きを入れる。あらわになった肉に刺さったけれど、ジルの体から見ればまだかすり傷程度でしかない。大斬刀は重量武器。振れば振る程、私の体力が削れる。
けれど、ここは持久力勝負。私が力尽きるのが先か、ジルが気絶するのが先か。
カナも魔法陣を次々と描き、数発分の陣が完成したところで発動。何本もの《火炎放射》がジルを焼く。これも、ほんの軽症。それでも、根気よくカナは魔法を撃ち続ける。
私たちの連続攻撃をようやく『攻撃』だと認識したジルが、本能で抵抗を試みようとする。首を大きく後ろへ反らし、胸から喉へと炎がこみ上げている。
《竜の吐息》だ――。
「カナ、避けて……ううん、逃げて! 《吐息》が来る!」
それを聞いたカナは横へと飛び退るけど、それでは全然足りない。
私はカナへと駆け寄って、思いきりカナを蹴り飛ばした。
ただの蹴りなら、カナは怪我をしない。それも考えて、力の限り蹴った。私よりも体重が大幅に軽いカナは、勢いよく飛んでいく。
「……ってえな……。アリサ、何しやがんだ……!」
「もっと! もっと逃げて、全速力!」
「分かった!」
カナは言われた通りに逃げる。間に合った。
あとは……私だ。マントで頭を隠し、腰に力を込めて耐える用意をする。
ジルの首が下……私の方を向くと、大きく開かれた口から大量の炎が吐き出された。《炎の世界》に負けず劣らずの豪炎。首を左右に振って、無差別に前方を焼き焦がしていく。
なんとか耐え切ったものの、またも太ももは丸焦げ。手首もひりひりする。
……あとでこれは、ジルに治して貰わなくちゃ……私はそう思うと、もう一度ジルの足元へと駆け寄る。
前脚の爪を左右に振り乱して、私を仕留めようとするジル。しかし、今回《加速》がかかっているのは私。逆に、ジルにはそれがない。だから、避けられる! 全ての爪攻撃を、私は軽やかに躱しながら、確実に刀を当てていく。
真横から来る一瞬の攻撃を飛んで避ける、バックフリップ――後方宙返り。上からの叩き付けは、ロール――大地を転がる前転、側転で退避する。連続攻撃には、コングヴォルト――ジルの腕に両手を突いての開脚跳びで回避した。
そのたびに大斬刀の一撃を加える。
それでも、致命打には至らない。何より痛みに弱いはずのジルの、そういった打たれ弱さを暴走が抑え込んでいるせいで、逆に興奮させてしまっている。
ジルへの切り札、爪の間への攻撃。ジルの攻撃にタイミングを合わせて、私の剣なんかよりも鋭いカナの大斬刀を突き立てる……深く刺さったものの、そのまま大斬刀を持っていかれてしまい、余計に大暴れさせる事になってしまった。
もう、打つ手はないと思ったその時、カナが叫ぶ。
「アリサーっ!」
ジルの爪や、時折混ざる噛みつき攻撃を躱しながら、返事をする。
「なーにー?」
「こないだのアレ! あの馬鹿デッケー剣。あれ、出せねーのー?」
「あれは詠唱に一分もかかって……よっと、待ってくれるような相手じゃないと、はっ……! ……当たらない!」
ジルの前脚を二度避けながら、私の『最後の切り札』が実は全く使い道がない魔法だと、説明する。そう、あの必殺技『とにかくでっかい剣』は、詠唱に時間がかかり過ぎる。
当然、私はカナと違って、戦いながら魔法陣を描く事も出来ないし、一分も詠唱に集中にながら、斬ったり受けたりは不可能。……だから、詠唱が少しでも短くなるようにずっと練習をしていた。
「アタシが聖女サマを引きつけっから、アリサはそれ撃てよー!」
「わかった。じゃあ、カナ……あとは、お願い!」
カナが先程と同じ黒い大斬刀を作ると、ジルに向かって走ってくる。
私とカナでバトンタッチ。
大き過ぎる得物にふらつきながらも、ジルの攻撃を受け止め、鱗を削っていく。よく考えたら、魔族であるカナの方が、受ける、耐えるといった肉弾戦は私より上だった……!
私はジルから離れると、心を落ち着かせて詠唱を開始する。
丁寧に、でも早く。呪文の言葉に魔力を乗せて……。指は天空を向け、小さな、でも強い魔法陣を描く。その魔法陣を、そのまま空の彼方へと投射。
――そして一分もの詠唱が終わり、準備が整った。
「カナ、お待たせ! 間に合っ……てない!?」
カナは慣れない武器での応戦と、ジル自身が魔法生物である事から、何度も深手を負っていた。私の馬鹿! こんな事、ちょっと考えれば分かるのに。
そんな事でめげている暇なんかない。私はカナに向かって大声で叫ぶ。
「カナ! お待たせ! そこから避けてーっ!!」
「応っ!」
カナが後ろへ飛んだと同時に、私は魔法を発動させる。
大きな声で宣誓し、あの巨大剣を呼び出す。
「《剣創世》!! ――とにかくでっかい剣!!」
はるか上空の魔法陣から、ジルの大きさをも凌駕する全長数百メートルの剣が落ちてくる。出現してから二十秒後、巨大剣がジルの背を一直線に貫く。
……急所である魔石は避けて、背中のやや下の方!
ジルの体は串刺しになって、地面へと縫い付けられた。
「やったあ、成功!」
「やったな」
カナと、右手と右手でハイタッチ。
しかし……。
「おい、アリサ……まだ気絶してねーぞ!」
地面に釘付けになりながらも、まだ暴走したジルはもがいていた。
一体、どうしたら……。