第百二十五話 嵐Ⅱ
嵐の中へ突っ込んでいくと、騎士たちと幾多もの魔物が戦っていた。
新米騎士がゴブリンやコボルトに噛みつかれ、熟練の騎士が数人がかりでオーガやトロールを食い止めている。
弓を装備した騎士は、空から襲い来る巨大コウモリや人喰いハゲタカを撃ち落としていた。 この乱戦で、背の低い魔物も多い事から、今回は攻撃を当てにくい騎馬は参戦していない。
逆に魔物側には、オオカミ乗りゴブリンや二本角の馬といった魔物が大勢混ざっている。二本角の馬に蹴り飛ばされ、怪我を負う騎士も何人かいた。
数が数だけに苦戦をしているものの、騎士団のおかげで『嵐』の進行はかなり遅くなっている。時間が経つにつれて、少しずつ魔物も減ってきた。
私も魔法剣で襲いくる魔物を斬り裂き、カナも短剣と《火球》で魔物たちを倒している。
「そこの騎士ども、がんばって避けろ! 《火球》!」
騎士たちに向かってカナが叫ぶと、呼ばれた彼らはぎょっとした顔になった。
カナは右手の短剣で迫るゴブリンを刺しながら、左手は空に向けて二メートルの炎の塊を作り出している。騎士たちは、初めて見る魔族の《火球》に驚愕する。
上級魔法《炎の世界》でも驚いていたけれど、低級の魔法である《火球》がこれというのは、想像を越えていたのだろう。
「行くぜ、おらっ……!」
対峙している魔物を無視して、辺りの魔物をかき分け、散りぢりに逃げる騎士たち。その後すぐに、カナの《火球》が着弾し、一帯の魔物が爆発四散する。
恐れおののきながらも、その巨大な《火球》が味方である事で、彼らの士気も上がった。
しかし……倒しても倒しても、きりがない。次から次に襲ってくる小型、中型の魔物を斬って捨てても、まだ千数百の魔物が跋扈している。
私は少しでも多くの魔物を減らすため、ちょっとだけ無理をする事にした。
切れ味優先の魔法剣を投げ捨て、魔法名を唱える。
「《剣創世・大斬刀》! ……もう一本!」
二振りの大斬刀が私の手に降ってくる。ずしりと重たいそれは、本来なら一振りを両手で持つためのもの。それを、それぞれ片手で二本。疲れた腕がきしんで悲鳴を上げるけど、そんな事はおかまいなし。
むりやりに二つの超重武器を振り回す。
一度振るうだけで数匹の魔物が真っ二つになっていく。それを左右交互に、何度も振り回す。数十秒もすると、とうとう私の周囲には魔物がいなくなっていた。そこに残っているのは、かつて魔物だったものの山だけ。
その取り回しの悪さ、重さから、速く走る事は出来ないけど、走って次の魔物密集地へと急ぐ。当然、味方がいない場所である事も考えて。
そこでも数度振り回すと、数十の魔物がなれの果てと化す。
暴走していながらも恐怖心だけは健在みたいで、小型から中型にかけての魔物たちは私を見るなり、背中を見せて逃げ出すようになった。
私に襲いかかってくるのは、もう大型だけ。
「つくづくあたなとは縁があるみたいね、巨鬼……!」
私は、右の大斬刀を数メートル上にある巨鬼の頭へ振りかざす。
巨鬼は胸を反らして両腕を広げ、大きく雄叫びを上げると私に向かって巨大な鉈を振り降ろす。
その大斬刀をも軽く上回る超重量の斬撃を、数センチで見切って避け、そのまま鉈へと飛び乗り、駆け上がって……以前に倒したように、奴の肩まで登りつめた後に大きく飛び上がり、その大きな頭部に大斬刀を叩き付けて轟沈させる。
巨大な魔物を一撃で倒した事で、四方から歓声が上がった。
「おおおおーっ!! あれが、『剣聖の姫君』の実力か!」
「流石は『剣聖の姫君』!」
「『剣聖の姫君』が巨大オーガを倒したぞー! 俺たちも続けーっ!」
……ねえ皆、こんな乱戦の最中に、わざわざ『剣聖の姫君』なんて長ったらしい名前言うの、面倒じゃない?
こうして、小型の魔物を新米騎士が、中型をダグラスさんを始めとする上位の騎士が、大型を私が退治する事になる。新米の中に、私の同窓生が多数混じっていたのは、叙勲早々に外れくじを引かされたなあ……という感想を禁じえなかった。
数時間の闘争の結果、ようやく魔物は全滅。
残るは、ジル――白銀の真竜だけとなった。
それまで騎士団は、彼女……いや、この巨大過ぎる魔物を、信じたくないという真理から、認識の外へと追いやっていたのだろう。しかし、最後の一体となってしまうと、否が応にも見てしまわざるを得ない。
彼らはその巨大な体を、魔物の最奥にそびえるただの壁か、狂った距離感からワイバーンとでも認識していたんだろう。
「なんだ、あれは……飛竜じゃないのか……?」
「足が四本もある! あれは……伝説の真竜だ! そんな……伝説の真竜までいるなんて……」
「でかい……でかすぎる……。俺たちには無理だ……」
それぞれが絶望に膝を屈している。
一度戦った事がある私は、彼らのその気持ちが痛い程に分かった。
その中で上位の騎士たちだけは、果敢にジルへ挑もうとしていた。しかし、魔法剣すらほとんど効かないあの鱗にただの剣では、傷一つどころか、ジルに触れたとすら認識させる事が出来なかった。
その恐ろしいまでの太さを持った脚が一歩前に出ると、上位騎士たちも先刻の私たちがそうだったように、簡単に薙ぎ払われてしまう。
弾き飛ばされ、地面に打ち付けられただけも凄い衝撃となる。ジルに挑んだ半数が気絶した。残りの半数も、鎧を着込んでいたため起き上がる事も叶わず、倒れたままになっていた。
怯える新米騎士や中級騎士たちは、団長たちがなすすべなく倒されたのを見て、敗走。少しでも身軽になろうと武器を投げ捨て、王都へと走っていく。
「もう、アタシらしか残ってねーな」
「……そうね」
「じゃ……、ド派手に決めるぜ……!」
カナの宣言に私は頷き、二人でジルへと立ち向かっていった。