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第百二十四話 嵐Ⅰ

(シュトルム)』――それは、魔物の大暴走。ジルはスタンピードと呼んでいた。


 嵐が王都に到着してしまう前に、なんとか私たちも嵐に追いついた。

 今、私たちがいるのは、王都と嵐の丁度真ん中辺り。


「なんとか間に合ったわね……」


「だな。……でも、どーするよ。魔物共が何百……いや、何千といるぜ? それに、一番後ろに真竜(ドラゴン)が控えてるとか……笑い話にもなんねーよな」


 嵐の最後尾に、真竜(ドラゴン)に戻ったジルが参戦してしまっている。彼女の話によると魔物は例外なく、この現象で狂ってしまうんだとか。


「ところで、カナ。カナは大丈夫なの?」


「何が?」


「『(シュトルム)』よ。魔物全てってジルが言ってたでしょ」


 カナは魔族。私の親友だし、こんなに可愛いけど一応人型の魔物だ。

 この嵐が孕んでいる狂気に感染しまって、あの中の一体にされてしまう可能性だってないとは言いきれない。


「ああ、問題ねーな。()()がムズムズする程度で、聖女サマみてーにはならねーで済みそうだ。むしろ、魔力があふれ出してくるぜ」


 左胸を指差しながら、カナは言った。


 魔石――この世界の魔物、当然カナみたいな魔族もだけど、全ての魔物は心臓の替わりに魔石があって、その魔石が出す魔力で生きている。

 怪我をすると何故か血も出るんだけどね……。そこは、不思議だ。


「魔力が……? 一体、どういう事?」


「『(シュトルム)』の周りで魔力がすっげー濃くなってんだ。魔力で酔っちまうくらいの量だ。今なら、どんな魔法でも詠唱なしで使える気分だぜ」


「つまり……『(シュトルム)』って、魔物じゃなくて魔力が暴走してるって事?」


「かもな……そー考えりゃ、色々と辻褄が合うよな」


 確かに、ジルが真竜(ドラゴン)に戻るには大量の魔力が必要なはず。いつも魔力の残量が少ないと嘆いているジルが、あの姿になれたのは謎だった。


 この嵐が、魔力暴走……そう考えると、合点がいく。


 魔物が暴れるのも、体中を流れる魔力が大量に巡り過ぎてしまっているから。人間でいえば、血流が過剰になって血管が破裂しそうになっいる状態だって事。


 脳にも魔力が行き過ぎて、激しい興奮状態になっているのかも知れない。

 実際に飛び立つ前のジルも、そんな状態だった。


 多分、最初は一匹の魔物が魔力過多で暴走、その増え過ぎた魔力が体の外にあふれ、あふれた魔力を別の魔物が吸収、その魔物も魔力過多になり……。それが繰り返され、こんな大群になっているんだと思う。



    §  §  §  §



 王都と嵐の間に割って入るような位置に来て、どうしたものかと悩んでいる私たちに遅れる事、数分。王都から騎士団が到着する。


 王室近衛騎士団、団長ダグラス。真鍮の鎧をまとった美形騎士で、この国の防衛の要だ。彼を先頭に、総勢百名の騎士が整然とした隊列を組んでやってきた。


 ダグラスさんは私を見つけると、軽く略式の敬礼をした後、抜刀。

 後ろの百人にも抜刀の命令を下す。


「気を引き締めろ、相手は五千! 命を捨てる覚悟すら必要だ!」


 五千体もいるんだ……。彼の言った通り気を引き締めないと、あっという間に魔物たちの餌食になってしまう。だというのに、彼以外の連中ときたら……。


「おおっ、『剣聖の姫君』だ! こんな近くで見れるなんて初めてだ!」


「流石、『剣聖の姫君』! 我らの窮地を察知して駆けつけてくれたぞ!」


「『剣聖の姫君』さえいれば安心だ。これで勝てる!」


「『剣聖の姫君』! あとで握手して下さい!」


 私をアイドルか何かだと思って、追っかけみたいにはしゃいでいる。中には、私が五千体もの魔物を簡単に倒せると勘違いしている騎士や、戦隊ショー気分で握手を求めてくる騎士までいた。


 私は『戦隊のレッド』を目指してはいるけれど、野球ドームで遊園地でショーをしている『戦隊ショーのレッド』になりたいとは思っていない。……もっとも昔は、戦隊が実在しないと知って、スーツアクターを目指した事もあるけど。


 魔法や魔物が本当に存在するこの異世界なら、本物を目指すべきじゃない?


 ……なんて、私も余計な事を考えている暇はない。大切なのは、目の前の魔物たちをどう食い止めるかだ。


「おー! こんだけいりゃ、なんとかなりそーだな!」


 カナが伸ばした手のひらを額に当てて、騎士団の隊列を見渡している。


「じゃ、まずアタシが……先陣を切らせて貰うぜ! おーい、テメーら。危ねーから、近付くんじゃねーぞ!」


 カナは大声で叫ぶと、人差し指を『(シュトルム)』の中央に向けて指差した。人間である私にも、魔力がカナの体からあふれ出しているのが分かる。


「行くぜ……《炎の世界ワールド・オブ・ファイア》!!」


 詠唱も魔法陣もなく、ただ指を向けただけでその場所に名前通りの、炎の世界が広がった。地を行く魔物は超高熱で燃やされて真っ黒な灰になり、空を飛ぶ魔物も落ちながら朽ちていった。


「もういっちょ! 《炎の世界ワールド・オブ・ファイア》……《炎の世界ワールド・オブ・ファイア》!」


 上級魔法の三連発。その威力は凄まじく、一発でおよそ千の魔物を消し炭に変え、合計三千もの魔物が、わずか十数秒で消え去った。


「ふー……スッキリした! あふれてた魔力、ほとんど使っちまったぜ!」


「凄ーい! カナ、流石ー! ……って、こないだ()()、私に撃ってたよね……?」


「そーだな」


「……あんなの食らったら、普通死んじゃうじゃない!」


 この強大すぎる魔法は、訳あって迷宮(ダンジョン)の最終ボスとなったカナが、私に向けて撃っていた魔法だ。こんなの、運良くミスリルの服を着ていなかったら、絶対に死んでいた。


「いやー、ホラ。アリサちゃんと受けきってたじゃん?」


「『受けきってたじゃん』って……、あれは駄目。本っ当ーに駄目!」


「えー……」


「私の太ももとか髪とか燃えちゃって、太ももなんか消し炭で……私だって、どうやって立ってたのか不思議だったんだからね!」


 あの太ももは、本当に大変だった。


 ジルに治して貰うまで見ないようにしていたし、見えてしまうと怖気と吐き気がこみ上げていた。皮膚や筋肉は真っ黒な炭になっていて、少し動いただけでぼろぼろと剥げ落ち、中から焦げた骨が見えてしまっていたんだから。


「でも、魔力が充満した迷宮(ダンジョン)とか、こー()う時じゃねーと、使いたくても使えねーって。安心しな」


 カナは失った角の跡をちょんちょんと突付いて、今は魔力がない事を主張する。本人は気にしていない素振りだけど、角の事を引き合いに出されたら私も引くしかない。


 私がカナの角を折った訳じゃないけど、魔族にとって誇りである角がない事が、どれだけ辛い事かは容易に想像出来るから。


「それなら、いいけどさ……」


 思わず言葉を濁してしまう私。

 ちょっと落ち込んだ私に対して、カナは残り二千の魔物……そして、後ろに控ええているジルへの戦略を立て始めていた。


「あとは、《火球(ファイヤー・ボール)》で片っ端から燃やしてくか。聖女サマは……ま、二人でがんばりゃ、なんとかなんだろ!」


 カナが『(シュトルム)』を見つめると、私たちが口喧嘩をしている間に、騎士団が『(シュトルム)』に向けて進軍し、大勢の魔物との斬り合いを開始していた。


 私たちも行かないと!


「《剣創世(ソード・ジェネシス)》! ……行くよカナ、私たちのヒーロータイムの始まりよ!」


「相変わらずそのヒーロータイムってのは分かんねーけど、(おう)!」


 私たちは、嵐に向かって駆け出した――。

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