第百二十三話 再び王都へ
――あの熾烈な戦いから、二週間。
私……アリサ・レッドヴァルトは、ようやく動けるようになった。
ガンマ・アイに戻ってから、私たちの中では最初にカナが治る。彼女の場合は、怪我自体はしていなかったから、次の日には動けるようになっていた。
続いてジル。痛みが少しは引いて……《治癒》の奇跡魔法が使えるようになるまで、二週間の期間が必要だった。
「あいたたた……」
と言いながら《治癒》で自分を治し、ついでに私もあっさりと治療した。
これで、すぐにでも出発が出来る。
……とはいっても、せっかくアイシーで飛ばして短縮したはずの日程が、この二週間で水の泡になってしまった訳だけど。
「本っ当ー……に災難でしたわ。こんな所で、敵国の皇帝と遭遇なんて……異界の英雄譚でもあまり見かけない展開ですわ! まったく、この世界のゲームバランスはどうなっていますの? 女神にクレームを入れないと……」
ジルがぼやく。
今までの人生で全く怪我をしてこなかった彼女が、急に腕と背骨を折られた訳だから、暗黒獅子皇帝ルーヴを恨むのも当然の事だった。腕なんか、見ているだけでうわあ……ってなる惨状だったし。
それと、街に帰ってきてからの功労者はカナ。
私たちが完治するまでの間、ずっと一人で依頼を受けて、宿代や食費を稼いでくれていた。勿論、その間は高級宿ではなくギルドに泊まった訳だけど。
カナを助ける旅のはずが、逆に助けらてしまっていた。
「カナ、本当にごめんね」
「いいって。こー言う時に助け合うのが、ダチってもんだろ」
カナはとても優しい笑顔で笑った。
こうなったら絶対に、カナを奴隷から開放するぞ!
準備も整い、王都への旅路を再開する私たち。
「さあ、行きますわよ! アリサさん、カナさん!」
出発を仕切るのはジル。
これは、二人旅の頃からずっとそうだ。
§ § § §
アイシーで二日の道程。
王都までもう少しという所で、急にアイシーが足を止めてしまった。
「どうしたの? アイシー……」
東に見えるのが王都。やはり、何度見てもすごく立派な城塞都市だ。
その王都から南の位置に、なにか黒いものが見える。
アイシーは背を揺らし、私たちに降りるよう促す。
私たちがアイシーから降りると、報酬も受け取らずにレッドヴァルト領の方角へと去っていった。
「おいおい、ホントどーしちまったんだ?」
「……あと少しで王都でしたのに」
二人も不思議な顔をしている。
でも、アイシーがどうしてもと嫌がったのだから、しょうがない。
「あとは……歩くしかないかもね」
私たちは、徒歩に切り換えて王都を目指した。……しかし、どうしても先程感じた違和感が拭えない。あのアイシーが目的地に着く前に客を降ろす、報酬も受け取らない。それに酷く焦っている雰囲気が、彼らの素振りから伝わっていた。
仕事熱心な彼らがどうして。そう考えながらも、足を止めずに街道を進む。
だんだんと近付いてくる王都。南の『何か』もようやく見えてきた。
……土煙だ。土煙に隠れて、沢山の影が固まって北へ……王都の方に向かって移動しているのが分かる。
魔族の視力でその土煙を見たカナが、冷や汗を垂らしながら私に告げた。
「ありゃあ……『嵐』だ……」
嵐――このシュトルムラント王国が抱えている、自然現象であり問題。数年に一度起こる巨大災害だ。王国の名前も、この災害が多い事から付けられている。それ程までに、この現象が巻き起こす被害は甚大だった。
この嵐は、日本でいう台風とは質が違う。
向こうの台風は巨大な雨雲と風の渦で、わざわざ人間を狙ってやって来るという事はない。しかし、こちらの嵐は魔物……大量の魔物が、暴走状態になって大移動をし、人間を襲って喰らい尽くす。台風よりも恐ろしい現象だ。
当然、建物も畑もめちゃくちゃになるので、復興も難しい。
私の故郷、レッドヴァルトも何十年か前に一度、この被害で領民の数が半分になったと聞いている。
つまりアイシーたちは、この嵐を本能で察知して、巻き込まれないために運搬を途中でやめた訳だ。それに私たちも、ここならぎりぎり嵐の範囲外。乗客の安全まで考えてくれるなんて、流石はプロの運搬犬だった。
「不味い……わね」
「ああ、やべーな……」
何故、魔物が暴走するのか。理由は誰にも分からなかった。
分からないから、天災として人々は誰もが諦めていた。
長生きしているジルなら、何か知っているかも。そう思ってジルを見つめる。
「ねえ、ジル。これって、どうして起こるか分かる?」
「これは……『大暴走』ですわ。私のいた世界でも、よく見かけましたもの」
「スタンピード……?」
聞き慣れない言葉、スタンピード。
その不思議な響きを聞いて首をかしげる私に、ジルは説明を続けた。
「モンス……魔物には……どうしても暴れたくなる時期が……ありますの……」
「へえ……」
「いくつかのモンスター……魔物が、そうして暴走を起こすと……他のモンスターにも、それが伝染するんですわ……。伝染に伝染が繰り返されて……ああいった、大規模な集団暴走を起こしますのよ……」
流石はジル、とても博識だ。
でも、ジルの肩が震えている。声の様子も少しおかしい。
「それは、『大暴走』を見た魔物全てに、伝染しますの……」
頬が紅潮し、目の焦点も合っていない。
「ええ……それは、真竜でも例外ではありませんの……。も……もう、我慢出来ませんわ……!」
ジルが急に腰を落として、四つん這いになった。
腕と足が同時に肥大化し、続いて胴体、首が伸びる。全身は鱗で覆われ、翼と尻尾も生える。瞬きをする間も与えてくれず、巨大な真竜の姿が完成した。
私とカナは巨大化する前脚に当たって、弾き飛ばされてしまった。
「あああああああああああああっ……!!!」
ジル……いや、白銀の真竜は大きく叫んで翼を広げると、土煙……嵐の方へと飛んでいってしまった。
「痛てて……」
上体を起こして、尻餅のまま打ち付けた頭をさするカナ。
私も起き上がって、土埃を払う。
「どうしよう……」
「真竜に変身出来るってのも、難儀だなあ」
「ええ、そうね。……じゃなくて、ジルを止めなきゃ!」
とにかくジルを追わないといけない。
それに……。
「おい、アリサ! 嵐が向かってんの……王都だぞ!」
「……本当? 早く行かないと!」
私はカナを助け起こすと、全速力で嵐へと走った。