表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
164/290

第百二十三話 再び王都へ

 ――あの熾烈な戦いから、二週間。


 私……アリサ・レッドヴァルトは、ようやく動けるようになった。


 ガンマ・アイに戻ってから、私たちの中では最初にカナが治る。彼女の場合は、怪我自体はしていなかったから、次の日には動けるようになっていた。


 続いてジル。痛みが少しは引いて……《治癒(ヒール)》の奇跡魔法が使えるようになるまで、二週間の期間が必要だった。


「あいたたた……」


 と言いながら《治癒(ヒール)》で自分を治し、ついでに私もあっさりと治療した。

 これで、すぐにでも出発が出来る。


 ……とはいっても、せっかくアイシーで飛ばして短縮したはずの日程が、この二週間で水の泡になってしまった訳だけど。


「本っ当ー……に災難でしたわ。こんな所で、敵国の皇帝と遭遇なんて……異界の英雄譚(ラノベ)でもあまり見かけない展開ですわ! まったく、この世界のゲームバランスはどうなっていますの? 女神(あの女)にクレームを入れないと……」


 ジルがぼやく。


 今までの人生で全く怪我をしてこなかった彼女が、急に腕と背骨を折られた訳だから、暗黒獅子皇帝ルーヴを恨むのも当然の事だった。腕なんか、見ているだけでうわあ……ってなる惨状だったし。


 それと、街に帰ってきてからの功労者はカナ。


 私たちが完治するまでの間、ずっと一人で依頼を受けて、宿代や食費を稼いでくれていた。勿論、その間は高級宿ではなくギルドに泊まった訳だけど。


 カナを助ける旅のはずが、逆に助けらてしまっていた。


「カナ、本当にごめんね」


「いいって。こー()う時に助け合うのが、ダチってもんだろ」


 カナはとても優しい笑顔で笑った。

 こうなったら絶対に、カナを奴隷から開放するぞ!


 準備も整い、王都への旅路を再開する私たち。


「さあ、行きますわよ! アリサさん、カナさん!」


 出発を仕切るのはジル。

 これは、二人旅の頃からずっとそうだ。



    §  §  §  §



 アイシーで二日の道程。

 王都までもう少しという所で、急にアイシーが足を止めてしまった。


「どうしたの? アイシー……」


 東に見えるのが王都。やはり、何度見てもすごく立派な城塞都市だ。

 その王都から南の位置に、なにか黒いものが見える。


 アイシーは背を揺らし、私たちに降りるよう促す。

 私たちがアイシーから降りると、報酬も受け取らずにレッドヴァルト領の方角へと去っていった。


「おいおい、ホントどーしちまったんだ?」


「……あと少しで王都でしたのに」


 二人も不思議な顔をしている。

 でも、アイシーがどうしてもと嫌がったのだから、しょうがない。


「あとは……歩くしかないかもね」


 私たちは、徒歩に切り換えて王都を目指した。……しかし、どうしても先程感じた違和感が拭えない。あのアイシーが目的地に着く前に客を降ろす、報酬も受け取らない。それに酷く焦っている雰囲気が、彼らの素振りから伝わっていた。


 仕事熱心な彼らがどうして。そう考えながらも、足を止めずに街道を進む。


 だんだんと近付いてくる王都。南の『何か』もようやく見えてきた。

 ……土煙だ。土煙に隠れて、沢山の影が固まって北へ……王都の方に向かって移動しているのが分かる。


 魔族の視力でその土煙を見たカナが、冷や汗を垂らしながら私に告げた。


「ありゃあ……『(シュトルム)』だ……」


 (シュトルム)――このシュトルムラント王国が抱えている、自然現象であり問題。数年に一度起こる巨大災害だ。王国の名前も、この災害が多い事から付けられている。それ程までに、この現象が巻き起こす被害は甚大だった。


 この嵐は、日本でいう台風とは質が違う。


 向こうの台風は巨大な雨雲と風の渦で、わざわざ人間を狙ってやって来るという事はない。しかし、こちらの嵐は魔物……大量の魔物が、暴走状態になって大移動をし、人間を襲って喰らい尽くす。台風よりも恐ろしい現象だ。


 当然、建物も畑もめちゃくちゃになるので、復興も難しい。


 私の故郷、レッドヴァルトも何十年か前に一度、この被害で領民の数が半分になったと聞いている。


 つまりアイシーたちは、この(シュトルム)を本能で察知して、巻き込まれないために運搬を途中でやめた訳だ。それに私たちも、ここならぎりぎり(シュトルム)の範囲外。乗客の安全まで考えてくれるなんて、流石はプロの運搬犬だった。


「不味い……わね」


「ああ、やべーな……」


 何故、魔物が暴走するのか。理由は誰にも分からなかった。

 分からないから、天災として人々は誰もが諦めていた。


 長生きしているジルなら、何か知っているかも。そう思ってジルを見つめる。


「ねえ、ジル。これって、どうして起こるか分かる?」


「これは……『大暴走(スタンピード)』ですわ。(わたくし)のいた世界でも、よく見かけましたもの」


「スタンピード……?」


 聞き慣れない言葉、スタンピード。

 その不思議な響きを聞いて首をかしげる私に、ジルは説明を続けた。


「モンス……魔物には……どうしても暴れたくなる時期が……ありますの……」


「へえ……」


「いくつかのモンスター……魔物が、そうして暴走を起こすと……他のモンスターにも、それが伝染するんですわ……。伝染に伝染が繰り返されて……ああいった、大規模な集団暴走を起こしますのよ……」


 流石はジル、とても博識だ。

 でも、ジルの肩が震えている。声の様子も少しおかしい。


「それは、『大暴走(スタンピード)』を見た魔物全てに、伝染しますの……」


 頬が紅潮し、目の焦点も合っていない。


「ええ……それは、真竜(ドラゴン)でも例外ではありませんの……。も……もう、我慢出来ませんわ……!」


 ジルが急に腰を落として、四つん這いになった。

 腕と足が同時に肥大化し、続いて胴体、首が伸びる。全身は鱗で覆われ、翼と尻尾も生える。瞬きをする間も与えてくれず、巨大な真竜(ドラゴン)の姿が完成した。


 私とカナは巨大化する前脚に当たって、弾き飛ばされてしまった。


「あああああああああああああっ……!!!」


 ジル……いや、白銀の真竜(ドラゴン)は大きく叫んで翼を広げると、土煙……(シュトルム)の方へと飛んでいってしまった。


(いて)てて……」


 上体を起こして、尻餅のまま打ち付けた頭をさするカナ。

 私も起き上がって、土埃を払う。


「どうしよう……」


真竜(ドラゴン)に変身出来るってのも、難儀だなあ」


「ええ、そうね。……じゃなくて、ジルを止めなきゃ!」


 とにかくジルを追わないといけない。

 それに……。


「おい、アリサ! (シュトルム)が向かってんの……王都だぞ!」


「……本当? 早く行かないと!」


 私はカナを助け起こすと、全速力で(シュトルム)へと走った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ