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第百二十二話 帝国Ⅰ

 ――アリサたちが暗黒獅子皇帝ルーヴを下し、街へと帰ったその夜。


 大森林の奥で、一つの『気配』が動いた。


 アリサの出した巨大な剣はその効果時間が切れ、十分程度で消え去っていた。だが、あれだけの痛烈な打撃を受けたルーヴは、未だ動く事が出来ないままだった。今、動いた『気配』は彼ではない。


 その『気配』は、大剣の残した爪跡……巨大な亀裂の上で、姿を現した。

 《透明化(インビジブル)》――姿を自在に消す事が出来る、隠密系の魔法。それによって姿を消していた何者かだ。


 夜闇の中、そのシルエットは女の姿をしていた。


「ルーヴ様ー。ご無事ですかー?」


 彼女の問い掛けに、亀裂の最深部から悔しさを隠し切れない男の声が聞こえる。


「ああ。命だけは取られなかったようだ。……早く助けろ」


「少々お待ちを!」


 彼女は亀裂の中へと飛び込み、羚羊のような軽い足取りで、剣が作った谷を翔け降りて行く。彼女は皇帝を担ぐと、来た時と同じように、僅かな足場を飛び跳ねて登って見せた。


 ようやく地上に到着すると、彼女は皇帝を降ろして仰向けに寝かせる。


「それで……どうでした、ルーヴ様。(まつりごと)を何ヶ月も放っておいて、探しに行った『剣聖』とやらは」


「皇帝である俺に対して嫌味か? 見れば分かるだろう」


「ボロ負けですね」


 女は手で口を隠しながら、悪戯な笑みを見せる。


「それより、使えそうなんですか?」


「剣技と体術はその名通りだが、精神が隙だらけで大した事はない。だが、『剣聖』の名は利用出来そうだ。帝国に『剣聖』がいる……それだけで、降伏する国も出よう。……だが」


「だが?」


「あろう事かあの女、俺が(めかけ)にしてやると言ったら、断ったぞ。この皇帝の誘いを断ったのだ」


 少し不機嫌な顔になる女。皇帝からは月の影になってその表情は見えない。

 苛つきを隠しきれない声で、彼女は尋ねる。


「女……だったんですか?」


「そうだ。二十にも満たない小娘だ。だが、魔力は凄まじい。あの魔力量……あの女の生き肝を使えば、かなりの魔導具が作れそうだ」


「そうですね。小娘など、魔導具の核がお似合いですね……!」


 彼女の握った拳が、わなわなと震える。

 ……側妃なんて……私がなりたいのに。彼女はそう思っていた。


「それより、五騎士はどうしている?」


「『毒蛇』は、ご命令通り魔導具で姿を変え、ルーヴ様の影武者として国の内政を。『毒月光』は引き続き、シュトルムラントの魔族狩りを……」


 五騎士。特別な二つ名を与えられた、皇帝の側近。


 大抵の国は彼らが出陣する前に陥落してしまうため、他国にその名は知られていない。その事から、現在は騎士らしからぬ諜報、工作を行うのが彼らの役目となっている。


「『毒蜈蚣』は第一王女グリューネの調査、『毒蠍』『毒蛙』は占領した国々の奴隷共の監視を。ですが、流石にこれ以上……ルーヴ様がご不在のままでは、国は回りません」


「そうか。『剣聖』も見た事だしな。そろそろ帰るとするか……」


「皆がルーヴ様のお帰りを、待っておりますよ。無論、私もです……!」


 女は懐から魔導具(キューブ)を取り出すと、一捻りする。


「《完全治癒(エクストラ・ヒール)》」


 魔導具から無機質な声が発せられると、淡い光が皇帝を包み、瞬く間に傷を癒やして行く。全身に及んでいる打撲に骨折、破れた内臓までもが元通りになった。


 魔力を使い切った魔導具を、女は無造作に投げ捨てた。

 そして、魔導具によって傷が癒えた皇帝は立ち上がって言う。


「征くぞ、メイレ。まだ、あの計画もある事だ。こんな場所で寝ている訳にもいくまい」


「仰せのままに――!」


 メイレと呼ばれた女は片膝を突くと、再び《透明化》で消えてみせた。気配だけが皇帝の後ろに付き従う。


 仄暗い月夜の中……皇帝ともう一つの気配が、帝国へ向けて歩き出した――。

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