第百二十一話 大いなる力
「俺の妾になれ。そうすれば、命だけは助けてやろう……!」
暗黒獅子皇帝ルーヴは、ぞくりとするような美貌で、私に提案した。
ここで彼のいいなりになって、はい……と答えれば、私は助けて貰える。勿論、カナやジルも殺されずに済むだろう。
でも、私は彼を、ゾディアック帝国を許せなかった。
心の中で燃える熱き『魂』が、まだ悪を倒せと叫んでいる。
「お断りよ」
私は痛みと苦しみの中、不敵に笑ってみせた。
これが私の答え……私の信念だ。
「そうか……ならば死ぬがいい……」
ただで死んでやるもんか。
最後に一矢報いてやる。二度しか剣を創り出していない今日は、魔力は全開。折れない心だって、今充填したばかりだ。
「《剣創世》――っ!」
私は弱々しくしか上げられない腕を、精一杯天空に掲げ、呪文を詠唱し始める。
「ほう……先程の剣を出す魔法か……よかろう。一度だけその剣を受けてやる。それで諦めがついたら、死ぬがいい」
この世界で使われる魔法独特の、長い詠唱を丁寧に唱える。一つ一つ間違わず、小さい頃にカナから教わった通りに。魔法は正式な呪文を唱え、魔法陣を描く事で威力が上がる。これもカナが教えてくれた事だ。
私の全ての魔力、気力をこの一回の魔法にこめて。
大きく強い魔力が体の中で満ちていき、血が循環するように全身を駆けめぐる。指先は上を指したまま、円を描き魔法陣を作り上げる。魔法陣を描く魔力は強い光となって、その図形をより強固なものにする。
詠唱は全て終わった。
あとは……私はちらりと二人の友達を見る。うずくまっているけど、死んではいないし、辛うじて動けそう。
「巻き込んじゃうかも知れないから……。カナ、ジル……逃げて……!」
私の声を聞いて、二人は私の意図に気付いた。これから私が何をするか分からなくても、私が言うのだからと、這って撤退を始める。
「何をするかと思えば……なんだ? 仲間を逃がすための時間稼ぎか」
ルーヴは私をあざけり笑った。
「ならば……貴様を殺した後、他の二人もなぶり殺しにしてやる。俺の期待を裏切った罰だ。……地獄で悔やむがいい」
彼が私に嘲罵を浴びせている間に、二人は十分に離れた。魔法が発動するまでの時間も合わせれば、十分に彼女たちは範囲から逃れる事が出来る。
ここだけは、ルーヴに感謝をしないと。
友達を逃がす時間をくれてありがとうって。
ルーヴは手刀を作って振りかぶる。
このまま私の喉元にその手を突き込めば、私は終わりだ。
「では、死ぬがいい……!」
彼の手刀が迫ろうとする中、私は力の限り叫んだ。
「《剣創世》っ!」
§ § § §
魔法名を宣言し、呪文を完成させる。――最後の一言、『剣の形』をそえて。
「……とにかくでっかい剣!!」
魔法が完成し、発動する。
その叫びが耳に届いて、カナとジルも呟く。
「とにかく……?」
「でっかい剣……?」
痛みをこらえて慌てて起き上がり、何度も転びながら全速力で逃げる二人。
ルーヴは、私の宣言に眉をしかめただけだ。
「とにかくでかい剣……だと、こけおどしか? 往生際が……」
途中まで綴って、そこで彼は言葉を失った。
ようやく、彼にも見えたようだ。――天空に描かれた巨大な魔法陣を。
魔法陣から、彼が想像だにしなかった、刃先と呼ぶには乱暴過ぎる『刃先』が頭を出す。一人の人間を刺すには巨大過ぎるそれを見た彼は言う。
「な……なんだと……? あんなものが落ちてきたら、貴様もただでは済まんぞ……?」
「死なばもろともよ……私を捨てて逃げれば、助かるかもね……」
無駄話をしている間にも『剣』はその姿の全てを現し、私たちへと降ってきた。
全長、数十メートル。超弩級の巨大剣が――!
それはまるで、落ちてくる暴力。
斬るよりも……押しつぶす事を目的とした、大雑把にも程がある破壊兵器。
『イメージしろ。イメージ次第でどんな剣でも出せる』
カナが教えてくれた、その通りの武器だ。
私がイメージしたのは『戦隊ロボの剣』
何十年にも渡って、あらゆる巨悪を両断してきた戦隊最強の武器。
それが低く重い、唸るような風切り音を上げて落ちてくる。
その馬鹿げた大きさは彼の思考力を奪い、私の嘘を容易に信じさせた。
とどめを刺さずに私を投げ捨て、右へ左へと逃げ惑う。スケール感を見失って、どちらの方向へ、どこまで逃げれば安全なのか全く分からず右往左往していた。
重力加速の限界点に達した落下速度で、『刃先』がルーヴに到達する。
「うおおおおおっ!!!」
ルーヴは叫び、両腕を一杯に広げた。
彼はこの大質量を、二つの腕で止めるつもりだ。
真剣白刃取り。
――無手の達人だけが可能とする、刃を両の手のひらで止める極意。
鍛え上げられた肉体と大量の補助魔法が、彼の体に刺さる前に刃を止める。
それでも、この加速と圧倒的質量。それに対して、たった一人の人間の力が敵うはずもない。そのまま彼は刃先ごと剣の作る亀裂に飲み込まれ、地の底へと沈んでいった。
重苦しく低い轟音と共に、大地へと突き刺さる巨大剣。
これが、私の最後の切り札。
練習中だから、上手くいくかどうかは分からなかったけれど……これのおかげで、どうにか敗北を勝利に塗り替える事が出来た。
私は残った力を振りしぼって起き上がり、よろよろと剣の下へと向かう。
「――生きてる? あれだけ魔法が……かかってたんだから、死んで……ないでしょ……?」
ルーヴの呻く声が亀裂深くから聞こえる。
よかった……まだ生きている。いくら悪人でも、殺してしまったら後味が悪い。それに、生きて罪を償わせる事も出来なくなる。
王族殺しの罪で追われるのも、まっぴら御免だった。
「聞こえる? これに懲りたら、もう二度と……私たちの前に顔を見せないで。そうしたら、『命だけは助けて』あげる」
ルーヴに精一杯の嫌味を言ってやると、地の底から恨みの声が聞こえた。
「覚悟しておけ……『剣聖』……! 俺は貴様を認めん……。次は……潰す!」
巨大剣に押しつぶされた状態で言われても、捨てぜりふにしかなっていないけれど、彼は吐き出すように私に悪態をついた。
「いい? ……次は無いからね」
それだけ言った後、私は避難したカナ、ジルの二人を助け起こす。私も二人も、満身創痍だけど……辛うじて歩けている。
三人で肩を貸しあって、私たちは街へと帰還した。