第四話 合格
一つ目の試験が始まった。受験生はおよそ百人。
木偶は十体なので、十人かける十回程度のローテーションで行われた。
先程の混乱で、私と三人の困ったちゃんは同じ列に。
三列目なので一、二列目の試験を先に見る事が出来るのは少し助かったけど。
「いーち! ……にーぃ!」
打ち込みを数える受験生。
その大き過ぎる剣を完全に持て余してしまっていて、前へふらふら、後ろへふらふらとよろめいて、上段に構えるだけで五秒。剣の重さに弄ばれながら振り下ろし、地面に突き刺さって、それを引き抜くのに五秒。
一回の打ち下ろしで、十秒もの時間をかけて大剣を振る、
……というより、剣に振られている。
腰も曲がって、脇も締めておらず、手を絞ってもいない。
当然、そんな形も何もあったものじゃない打ち込みが当たる訳もなく、剣は空を切り、地面を穿つ。
まるで、畑を耕す農家のおじさんのような動作。
腰が入っているだけ、農家のおじさんの方がしっかりしている。
これが、特に酷い一人だけが……という話ではなく、十人が十人全員その動き。
中には目を瞑って闇雲に当てようとする受験生までいた。
いや、確かに私、『目を瞑っても当たる』なんて考えていたよ?
でもそれは、最低限の基礎が出来ている前提があった上での話。
そんな、剣に使われてるような動きで目まで閉じたら、まぐれじゃないと当たらないよ。
……だから、この試験は十回中三回なんだと納得した。
そういえば貴族の次男三男坊といった、甘やかされて育てられた子息たちがここに入るって話だっけ……。
「次、三列目!」
「はい!」
私の順番が巡ってきた。
私が大剣を持っていないのを見て取ると、試験官が自らの剣を貸してくれた。
他の受験生のものより一回り大きい、けれど振れない程ではない大剣。
これなら、片手でも数回程度は簡単に振れる。
重さは10キログラムよりちょっと重い程度だろうか。
ぶんぶん、と何度か片手で振ってみる。
最近は《剣創世》で創った軽い剣に慣れてしまっていたため、この剣はかなり重く感じた。多少鈍ってきているから、重い素振り用の剣も今度創ってみようかな……なんて考えてしまう。
その素振りを見て、試験官が目を剥いて聞いてきた。
「い、今……何をした……?」
「何って、素振りですけど」
「他よりも重い特注の両手剣を、片手で……だと?」
「この程度なら、もうちょっと振れますよ」
試験官は信じられないといった顔をしている。
この程度の重さなら、片手で振れると思うんだけど。
「……い、いや、いい。では、命中精度試験十回。やってみろ」
「はい。一二三四五六七八……あっ!」
きちんと両手で構え直して、一息に連続で打ち込んだ。
しかし、十本入れるはずの八本目で、丸太が耐え切れなくなって鎧ごと後ろに吹き飛んでしまった。
……やっちゃった。
試験官と他の受験生たちが、木偶のへし折れる音を聞いて一斉にこちらを向く。私と、吹き飛んだ鎧を何度も見比べて、目を白黒させている。
困ったちゃん三人も、あんぐりと口を開いて驚いていた。
しばらく放心状態になった後、試験官が新しい丸太を持ってきて、木偶を立て直してくれた。
「い……今のは早過ぎて見えなかったから、もう一度頼む」
何も見えなかった、何事も無かったと自身に言い聞かせるような口調で試験官が言ってきた。私も冷や汗を拭って、はいと答える。
今度はゆっくりと、出来るだけ加減をして剣を振る。
試験官にも見えるように。そして、今度は壊さないように。
「どうでしょうか」
「十回とも全部命中……み、見事だ。アリサ・レッドヴァルト、合格」
「やったあ!」
喜んでいる私の横で、遅れて例の三人がへっぴり腰で地面を耕していた。
ヴァイサだけ五回だっけ。ちゃんと受かるかな……と思わず心配してしまった。
§ § § §
少しの休憩を挟んで、二つ目の試験が始まる。
ペアを組んでの模擬戦――だったかな?
私以外は皆、鉄製の全身鎧を着込んで、楽しそうに剣を合わせていた。
空振り対空振りが何度も続いて、一発当てたら勝ち、みたいな和気あいあいとした雰囲気だ。……後で聞いた話、私にはそう見えていたけど、楽しいどころか全員死に物狂いだったらしい。
勝った方は揚々と試験官の下へ報告に行き、負けた方は肩を落としている。
私も、早速ペアを組もうと相手を探した。
「ねえ、私とペアを組んでくれない?」
「も……もう、ペアは決まってますから……」
そそくさと逃げられてしまう。
気を取り直して、別の受験生に声をかける。
「私と闘って貰えない?」
「いや、その……すまん」
引きつった顔で、断られる。
それなら、また別の人を誘って……。
「あの、私と……」
ついには目が合っただけで誰もが目をそらし、数歩退くようになってしまった。
まるで恐ろしい怪物にでも出遭ったかのような表情で、遠巻きに私を見ている。
……まさか、一つ目の試験で私がやったあれが原因?
確かに誰だって、木偶をへし折り、鎧を吹き飛ばす相手となんて当たりたくはない。負けたら失格だし、それ以前に命の危険を感じるよね……。
私だったら、逆に強い相手には燃えるんだけど。
「先生……じゃなくて、試験官!」
手を挙げて、試験官を呼んだ。
「誰も相手をしてくれないんですが……」
「だろうな」
「どうしたら……ひょっとして私、失格ですか?」
「……合格だ」
突然の合格宣言。
何がなんだか、まるで分からない。
「え?」
「合格だ。君に勝てる相手がいない、つまり全勝という事にする。流石に、こればかりは仕方がないからな」
第二試験、無試験通過って……。
以前、『バケモン』って冗談で言われた事もあったけど、こんな所でも化けもの扱いされる私って一体……。
§ § § §
そして運命の、三つ目の試験。
スキル――私の知らない何か。ジーヤからもカナからも、一度も聞いた事がない。眉間に皺を寄せて、今までの人生を何度も思い返す。
記憶は遡って、生まれ変わる前まで。
『では、転生特典を選んで下さい。なんでも構いませんよ?』
確かその後、こう言ってたっけ。
『誰にもない特別なスキル……』
あ……、確かに女神様が『スキル』って言ってた!
しまった。こんな事なら、リュウケンジャー最終回なんて言わないで、素直にスキルを貰っておけば苦労しなかったんだ。
まあ、得体の知れないものを貰っても、どうせ持て余しちゃうんだから、やっぱりいいや。リュウケンジャー見たかったし。
そんな事より、前の人たちのスキルを見てどんなものか研究しよう。
幸い試験官が一対一で試験をしているので、私の番までたっぷりと観察出来る。
「次!」
試験官が呼ぶと、はいと答えて前に出る受験生。
大剣を大上段に構え、力強く叫ぶ。
「《二連撃》!」
彼が宣言すると剣が派手に輝き、そこそこの剣速で二回地面を耕した。
十秒に一回だったものが、五秒に一回に。
倍の速度で剣を二回振れるから《二連撃》なんだ……と理解した。
それを見た他の受験生たちが、揃って歓声を上げる。
私も光る剣に戦隊的なロマンを感じて、思わず歓声を上げていた。
「次!」
「《神速》!」
すると体が光り、重い鎧と大剣を装備したままで、右左へステップを踏む。
神速……と言うにはちょっと問題のある速度だけど、それだけの重量をまとった動きとしては結構速いかな、とは思う。
勿論、歓声が湧き起こる。
「次!」
といった感じで、次々と試験が進む。
スキルが使えない、または発動に失敗した者が失格になっていく。
そして、ついに私の番が来てしまった。
スキルなんて持ってない……でも、ここで失格になるなんて、絶対に嫌。
「えっと……あの……」
言葉に詰まり、体も緊張で固まってしまう。
どうにかしてスキルを使ってみせないと……焦りだけが空回りする。
「どうした、スキルを使わないのか?」
「えっと……」
早く……早く何かを使わないと。
さっきの人みたいに《二連撃》と叫ぶだけ叫んで、ただの早素振りを……ってそんなの、すぐにばれるに決まっている。
あんな物理法則を無視した光を出すなんて、私には絶対無理。
光……光……。
スキル……女神様……。
――そうだ!
「あ……あの、ソ……《剣創世》って言うんですけど……」
「ソード・ジェネシス? 聞いた事のないスキルだな。どんなのだ?」
「えっと……いつでもどこでも何もない所から、剣が出せるスキルです」
「そんな事が出来るのか? よし、やってみろ」
「《剣創世・大剣》っ!!」
試験官の特注品と瓜二つの剣が、私の手元に現れる。
ちゃんと光も出た……魔法陣の光だけど。
「私そっくりの剣だと? なんだ、その規格外のスキルは!」
「これでいいですか?」
「どういう仕組みか分からんが、文句なく合格だ!」
――よし! ありがとう、女神様!
女神様がこの魔法の名前を変えてくれた事に、初めて感謝をした。
§ § § §
ちょっと、ずるしちゃったかな……と思いながらも試験は終了。
私は最初の減点以外は満点で通過し、合格した。
リカや例の三人も無事合格したようで、ほっとした。
……あれ?
今まで私なんで、あの困ったちゃん三人の心配までしてたんだろう?
あの三人が受かったという事は、これからも苦労させられるって……事だよね?
騎士学校の三年間、私の前途は多難だった――。