表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/290

第百十八話 暴走熊

 暴走熊(タイラント・ベア)は大抵、山岳地帯や森で出現する。今回の依頼で出現したという場所は、中央都市ガンマ・アイから歩いて半日のファミュ大森林だった。


 ウサギやイノシシなんかを狩っている狩人が、あまりに大きすぎる熊に襲われた……という事で、暴走熊(タイラント・ベア)の生息が発覚した。以降、何組かの狩人や冒険者が襲われて、討伐依頼が出たとの事。


 最も多い冒険者のランクはCからD。Bランクの魔物に対抗し得る冒険者が中々現れず、森林を立入禁止とする事で対処していたとか。


 私たちはすぐに出発して、夜には森林の入り口に到着。

 突入は明朝という話になり、そこから少し離れた場所で野宿をする事になった。


 夕食は、私とカナが入り口付近で狩った、鹿の肉を焚き火で焼いたもの。やっぱり、カナと一緒に狩りをするのは楽しい。額に角付きの鹿ではないから楽に狩れたけれど、子供の頃を思い出して、二人ではしゃいでしまった。


 その焼いた肉に、香りや辛味を付けてくれる香草。まあ、どこにでも雑草のように生えているんだけど……は、この国では手放せない調味料だ。塩はそこそこ高価なので、しっかりと味が付き、いい感じに仕上がるのはとても便利。


 それと、保存用の黒パン、チーズに、ギルドで昼食と一緒に購入しておいたスープを温めたもの。


 道中、スープをつまみ食いをしようとするジルから、スープを守るのに少し苦労をしたけど。……聖女がつまみ食いとかしないで欲しい。最近、わりと本気でそう思う。


 今回は獲物が鹿なので、ジルも量が食べれて喜んでいた。私たちの分を除いた丸々一頭をぺろりと平らげたのを見て、ルゥさんが驚いていたけど。


 夕食の後は、作戦会議。 

 論点はこの広い大森林をどう探索するかと、遭遇した際の隊列。

 ……それと、こんな話だった。


「やはり、狩猟者(ハンター)の減少が問題ですのね」


「うん。ゾディアック帝国が狩猟者(ハンター)を狩ってるみたいだからね……」


「許せませんわね」


 ルゥさんの眉がぴくりと動く。

 この件は、初耳なのかな……?


「帝国の……ですか」


「はい。この国の森を守っている、狩猟者(ハンター)って呼ばれる魔族が皆狩られてて……。そのせいで、どの森でも魔物が氾濫しているんです」


「ほう……」


「カナも元狩猟者(ハンター)で……こんな姿になっているのも、帝国のせいなんです」


 カナが折れた角の跡と、奴隷刻印を見せる。

 彼は痛ましそうな表情で、カナの角の跡を見つめた。


 口元だけが憐れむように歪んでいたけど、目は無表情だった。

 ひょっとしたら、目で表情を作るのが苦手な人なのかも知れない。


「ま、アリサに助けて貰ったおかげで、売り飛ばされなくて済んだけどな!」


 酷い目に遭い続けていたのに、屈託のない笑顔で笑うカナ。

 カナはもっと帝国を恨んでもいいんだよ?


 少々話がそれたから、私が話を本題に戻す。


「……多分、暴走熊(タイラント・ベア)が出たのも、そのせいだと思います」


「そうですか……」


 そうして作戦会議をした後、早めに眠りに就いた。

 回復役であるジルにはしっかりと寝て貰って、私とカナとルゥさんの三交替で見張りをする事になった。


 ……夜に現れたのは、ウサギやリスといった石を投げれば逃げていく小動物ばかりで、特に何事もなく夜は過ぎたのだけど。



    §  §  §  §



 翌朝、早くから森へと入る。パンとチーズをかじりながら、捜索開始。

 お行儀よりも、効率優先で熊を探す。


 途中、いくつかの野生動物をやり過ごして、森の奥へと入っていく。

 出ても小動物か、強敵と呼べるかどうかも怪しいイノシシ程度。そのイノシシすら、こちらから手を出さなければ、襲っては来ない。


 オオカミ一匹現れない、平和な森だった。


 しかし、それはある程度までの深さの話で、陽の光が陰る鬱蒼とした奥地まで来ると、話は変わった。


「いるな……動く気配を感じる……」


 カナがまだ視界に入らない熊の気配を察知して、私たちの歩みを制する。

 それから程なくして木々の隙間を縫うように、熊――暴走熊(タイラント・ベア)が姿を現した。


 大きさは四メートル。初めて戦った熊と同じ大きさだ。


 あの頃は、私たちの四倍近い大きさで、とても恐ろしかった事を憶えている。今見ると、私の倍ちょっと程度。飛龍(ワイバーン)巨鬼(ジャイアントオーガ)真竜(ドラゴン)と戦ってきた今では、拍子抜けする程小さく見えた。


 ジルは平気そう。いざという時は、竜の力を開放すればいい。

 ルゥさんも余裕の顔をしている。Aランク冒険者という話に嘘偽りはなさそう。


 問題はカナだった。肩が少し震えている。


「……カナ、大丈夫……?」


 小声でカナに聞いてみる。

 カナは恐怖を振り払うように、顔を左右に振ると弱々しく答えた。


「……へ……平気だぜ……?」


 全然平気じゃななさそう。今の私たちにとっては、楽勝なはずだけど……。

 心的外傷――トラウマというもので、幼少期に感じた強い痛みや恐怖は、大人になっても拭えないと聞く。カナにとっては、『熊』がその心的外傷だった。


 以前、梟熊(オウルベア)と戦った時も、真っ先に手伝ってくれと言っていた。思い返すと、あれはあれで強がっていたんだと理解出来た。


 そこで、声を少し大きくして私は言う。


「私に、まかせて……!」


 驚く三人。昨晩立てた作戦では、なるべく気配を消して奇襲で仕留めよう……という話だったのに、わざわざ居場所を知らせてしまったのだから。


「行ってくるね」


 そう一言告げると、私は熊へと駆け出した。

 気付いた熊も、私に向かって駆け寄ってくる。交差する瞬間、私は横にある木へと跳んだ。


 急な方向転換に驚いて、一瞬躊躇する熊。


 私は木を壁に見立てて壁キック――パルクールのテクニック。一対の壁があれば、右斜め上へ、左斜め上へと何度も蹴る事で、相当な高さまで忍者のように跳べる――を繰り返し、熊よりも高いポジションを確保。熊の真上から落下する。


「『剣創世(ソード・ジェネシス)』!」


 重力に任せて落ちながら、魔法剣を創り出し、その剣を横へと一薙ぎ。

 私が着地した時には、熊の頭と胴は離れて別々の方向へと倒れた。


「ほお……!」


 驚愕の表情を見せるルゥさん。


「討伐完了!」


 私が剣を消してカナの方を向くと、カナの顔色は悪いままだった。

 肩はまだ震えていて、大きな声を上げる。


「アリサ! まだ終わってねえ! う……後ろだ……っ!」


 振り向いた私の視界には、二匹、三匹、四匹……十、十一、十二……!

 次々に遠くから近付いてくる熊。

 その全てが四メートル以上。一匹だけなら余裕だけど、流石にこの数は……。


 依頼には『暴走熊(タイラント・ベア)の討伐』としか書いていなかった。一匹だけなんて一言もなかったし、森を閉鎖してしばらく経っているから……発見時は一匹だったとしても、増えている可能性があった。


 一太刀で終わったはずのこの依頼、一転して私たちは窮地に陥った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ