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第百十七話 合同依頼

 ――サクリーク領、中央都市ガンマ・アイ。

 ここまで来たら、王都まで魔犬アイシーであと二日の距離。


 私たちは、ジルの我がままで高級宿に一泊して、彼女が豪遊……暴食して目減りした旅費の補填に、ガンマ・アイのギルドに立ち寄った。


 ジルという人物は、お金がないならないで我慢するけど、あったらあるだけ使ってしまう、そういう性格の持ち主だった。出逢ってすぐの時の、托鉢しながら質素に暮らす姿。あれは純粋に一文無しだったからだと、最近になって分かった。


 まあ、快適だったし、たまになら高級宿もいいけどね。


 街の大きさ、豪華さに負けない大きなギルドの建物。そのスイングドアを開けて中に入ると、王都の近くという事もあり、沢山の冒険者たちでホールが賑わっている。


 最果てであるナックゴンやコバックは、戦士系の冒険者が大多数を占めていたけれど、ここでは魔法使い系も多く、魔法学校がある王都に近い事を実感させてくれる。


 私がホールを眺めていると、不意に誰かの視線を感じた。


 殺気にも近い鋭い気配。その方向に振り向き、冒険者たちを見た。しかし、気配は一瞬だけで消え去って、視線は感じ取れなくなっていた。


「アリサさん、どうしましたの? 早く受付を済ませてしまいましょう!」


 ジルが私を呼ぶ。

 そう、普通の視線というのは、今ジルが私に向けているようなもの。あんな刺すような視線を受けるいわれも、憶えもない。


 気のせいかな……。


 そう思って、ジルに促されるままにカウンターへ向かった。



     §  §  §  §



 この世界の成人は十五歳。成人したばかりの女の子なら、私やジルの感覚なら、まだ少女。


 ……とは言っても、実はこの世界でも、成人してすぐから二十歳前までを子供扱いする風潮がある。私も、ナックゴンで初めて絡まれた時は、『お嬢ちゃん』とか『小娘』と呼ばれていた。


 貴族なら、政治的なしがらみもあって十五、六には結婚しないと行き遅れだけど、平民の場合はそうでもないらしく、二十歳を過ぎてから結婚する人も多いのだとか。


 カナもその背の低さや可愛らしさから『お嬢ちゃん』呼ばわりされる事が多い。


 この街のカウンターでは、そういった少女たちが受付をしていた。

 私たちの担当になったのは、成人したて……というにも少し幼い、十二、三歳にしか見えない女の子だった。


「ご要件をおうかがいします」


 ぎこちない笑顔を見せながら、私たちに語りかける受付嬢。

 私とジルは、それぞれの冒険者プレートを提示して、ついでにクエストボードにあったBランク討伐依頼も見せた。


「申し訳ありません……。Fランクのお二人では、このBランク依頼『暴走熊(タイラント・ベア)の討伐』を受ける事は出来ません……」


「えっ……私、暴走熊(タイラント・ベア)なら倒した事あるんだけど……」


 暴走熊(タイラント・ベア)――私が六歳の時に、首を斬り飛ばして倒した大型熊。魔石に支配されて、その苦痛から暴れるだけとなった危険生物。カナを助けた時の熊であり、生まれて変わってから初めて勝利した相手だ。


「それでも駄目です。ランクは絶対ですので……」


「でも、仲間にBランクの子がいるんだけど」


「当ギルドでは、『寄生』行為も認めておりません」


 うーん……この受付嬢は、職員になりたてで頭が固いのかも知れない。今までのギルドでは、カナのプレートを見せたら、すんなり受けさせてくれたのに。


 もう、いっそ『剣聖』のプレートを見せて、無理にでも受けちゃおっかな……。


「お困りのようですね」


 悩んでいるところに、誰かが後ろから声をかけてきた。若い男の声だ。

 振り返ると、そこには長身の男性が立っていた。


 年の頃は、二十代半ば。端正な顔立ちに、鍛え上げられた肉体。

 烏の濡羽色をした艷やかな黒髪、闇のように黒いマントを身にまとい、その隙間から漆黒の甲冑が見え隠れしている。


「ふむ……Bランク依頼をFランクで、ですか……」


 依頼書を持ち上げ、ざっと上から下まで眺めると彼はそう呟いた。


「はい。私たちなら、その熊は倒せます……!」


「それでも、依頼を受けるのは断られたと?」


 彼がちらりと受付嬢を見ると、その精悍な美貌に見惚れていた受付嬢が、我に帰って答える。


「え……ええ、規則ですので……」


「なら、どうでしょう? ここはAランクの俺が、彼女たちの『引率』……という事で。『寄生』ではなく『引率』なら、異論はないでしょう?」


 その整った美貌で優しげに微笑むと、受付の少女は頬を赤らめて、簡単に手のひらを返す。


「はっ……はいっ!」


 これだけのイケメンに微笑まれたら、誰でもそうなるよね。

 優しげな口元に対して、全然目が笑っていなかったのが少し気になったけれど。


「では、貴女たちは俺と一緒に依頼を受ける……という事で、いいでしょうか?」


「はい! 助かります!」


 私たちは、この漆黒の男性と合同で依頼を受ける事になった。



    §  §  §  §



(おせ)ーぞ、アリサ。待ちくたびれちまったよ」


 先にテーブルを取っていたカナが、私に愚痴を零す。

 待ちきれずに、頬杖をついてテーブルを指で叩いていた。


「ごめん、カナ。ちょっと依頼を受けるのに、手間取っちゃって」


「何があったんだよ。ま、二人が来たなら、それでいーけどな!」


 カナは相変わらず切り換えが早い。

 数秒前まで怒っていたのに、もう笑顔になっている。


「ところで、そのニーチャンは?」


 漆黒の男性に目だけを向けて、カナが尋ねてきた。そういえば、彼の名前を聞いていなかったっけ。


「えーとね……」


「ルゥです。訳あって今回、討伐依頼をご一緒する事になりました」


 彼は『ルゥ』という名前らしい。

 カナは彼をいちべつすると、その可愛過ぎる顔に似合わない、にやりとした笑顔を見せた。

 

「ふーん、強そーだな。よし! じゃ、早速行くか!」


「待って、カナ。お昼がまだだよ!」


(わり)い、そーだったな……」


 まずはお昼を食べて、腹ごしらえ。当然、ルゥさんも一緒に食べる事になった。

 ルゥさんは、その優雅な出で立ちに見合った振る舞いで、上品に食事をしていた。隙のない所作は、貴族かも……と思わせる気品を漂わせていた。


 それは、冒険者向けの荒々しいギルドホールが、ここだけ高級なレストランの一角に見えててしまう程。庶民向けの黒パンや、香草焼きにしただけの川魚でさえ、上等なフルコースと錯覚させてしまう。


 育ちも良さそうだし、鎧やマントも上等で、この人は一体どんな冒険者だろう。


 私は、『戦隊』になるって夢のために貴族の生活を捨てて、今ここにいる。それなら彼は、どんな事情でどうして冒険者をしているのかな。



    §  §  §  §



「……よし、メシも食い終わったし、早速行くか!」


「もー、カナったらせっかち。ごめんなさい、ルゥさん……」


「いえ、お気になさらず」


 まただ。口元だけ笑っている笑顔。


「……それに、やっと目的の相手を見つける事が出来たしな……」


 ルゥさんは、小声で何かを呟いたけれど、私には聞き取る事が出来なかった。彼に顔を向け、私は尋ねる。


「え……今、何か言いました?」


「いえ、なんでも」


 気のせいかな。

 彼には彼なりの、思うところがあるんだろう。


「おーい、アリサ! 先に行っちまうぞー!」


「もう……、待ってよ、カナー!」


 ギルドの扉を抜け、目指すは暴走熊(タイラント・ベア)退治。

 今日もがんばるぞ!


 ――そう思ったのも、つかの間。

 この後、私たちが思わぬ敵に大敗を喫する事を、私はまだ知らなかった。

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