第百十六話 ある朝
――アタシらは今、東に向かって旅をしている。
仲間は、ガキの頃からの付き合いで親友のアリサと、真竜にまで変身出来ちまう高位聖職者の聖女サマ。
信頼のおける仲間であり、大事なダチだ。三人いれば何も怖くない。
今回の旅は、アタシの腹に刻まれた奴隷刻印を消すのが目的らしい。わざわざアタシなんかのために、そんな面倒なコトしなくてもいいのに。まったく……二人共、世話好きなヤツらだ。
別に奴隷でもいいんだぜ……っていつも言ってんだけどな。
アタシの種族、魔族は人間を下に見るヤツも多いけど、アタシは下に見た事はない。だから、奴隷でも『嫌』って感覚は全然ないんだ。むしろ、こんな刻印一つでダチと一生一緒にいられる……なんて、逆に嬉しくなるってモンだよな。
アリサがみっともないから消すべきだーとか言ってるから、ダチの顔を立てるって事で、奴隷刻印を消せるかも……って話の、王都を目指してるっつー訳だ。
コバックで迷宮を制覇し、フォアカードで聖女サマが真っ黒コゲになっちまったって事故があってから、ジャッカ領を抜けて魔犬アイシーで四日目。
アイシーはアリサの故郷、レッドヴァルト領の魔物だけど、アイツらとんでもねえ犬っコロだよな。乗り心地もよくて、馬より速いときてる。
――もう、ここはサツリーク公爵領。王都へは目と鼻の先だ。
公爵領にもなると街はかなりデッケーし、きらびやかで賑やかだ。今泊まってる宿も結構豪華で、一晩の宿賃が金貨五枚もする。そんかわり、ベッドはフカフカだし、出るメシもいい材料を使ってて、とにかく美味い。
いつもなら『ギルド』の宿泊部屋に泊まってんだけど、この街の綺麗さに感動した聖女サマが無理言って、高級宿に泊まろうって提案してくれたおかげだ。
美味い晩メシと快適なベッドで、旅の疲れも吹っ飛んだ。
§ § § §
……それが起きたのは、朝の事だった。
宿の裏手からとんでもねえ轟音が聞こえて、アタシは目を醒ます。
床や壁まで激しく揺れる程のモノ凄い音だった。
アリサは……いねえな。おそらく、外で素振りだ。アイツは毎朝、馬鹿正直に千本の素振りをする。その真面目さが、『剣聖』とまで呼ばれるようになった強さの秘密……なんだろうけど。
聖女サマは……寝てる。こんな馬鹿でけえ音がしたってのに寝てるとか、凄え肝っ玉だ。
そんな事より、今の轟音だ。
慌てて窓から裏手を見ると、そこには朝の素振り練習が終わっただろうアリサと、アリサの足元に巨大な亀裂。十メートル……いや、それ以上のモノ凄い『地割れ』が出来ていた。
宿の裏手は案外広い庭だったが、庭の先の道までブッ壊れちまってる。庭に備え付けられてた井戸も見事にメチャクチャだ。
昨日まであんな地割れはなかったから、多分、アリサが何かをしてあーなったんだと思う。一体何をしたらあんな事になるのか、皆目見当がつかねえけど。
ま、アイツの事だ。何をやっても不思議はねえ。
「おーい、アリサー! 今のは一体なんだっただー?」
下にいるアリサに聞こえるように、アタシは大声で尋ねた。
アリサはアタシの方を見上げると、何事もなさげに微笑んだ。
畜生、美人ってのはニッコリ笑うだけで、なんでもごまかせるから得だよな。
初めて逢った時のアリサは、マジで『女神サマ』がアタシを助けに来てくれたかと勘違いしたもんな。アタシは魔族だから、人間が言う女神サマなんて信じてなかったけど、あん時は本気で女神サマだと思った。
「カナー! ごめーん、起きちゃったー?」
「その、デッケー地割れは何なんだよー?」
「ああ、これ? ちょっとねー。なんでもなーい!」
どう見たってなんでもねえ訳ねーだろ……。しかめッ面になったアタシに、アリサはしょうがなく……といった風に答えた。
「えっとねー、『必殺技』の練習ー!」
「『ヒッサツワザ』!? なんだそりゃ!」
「あ、えーと……ヒッサツワザじゃなくてー……うーん、新しい魔法かな?」
アリサは、『ヒッサツワザ』とか言う謎の言葉を、大陸の公用語に言い直す。
アリサと聖女サマはたまにニホンゴとか言う、謎の合い言葉を使う。アイツらだけの秘密の言葉とか、ちょっとずるいよな……。
……って、ちょっと待てよアリサ。
新しい魔法? あんな地面がブッ壊れる魔法とか、一体いつどこで使う気だ?
アタシらの『組手』ん時に使われたら、確実にアタシ……死んじまうぜ?
魔族だからって、何したって死なねーって訳じゃねえんだぞ……。
「それより、カナー! これから『組手』どうー?」
「いや……いい。遠慮しとくぜ……」
アタシは血の気が引く思いをしながら、ゆっくりと窓を閉じた。
とんでもねーモンを見ちまったな……。寝直すとすっか――。