第百十五話 蒼白
幸いな事に、ヒドラは縄張り意識が強いらしく、縄張りの外までは追ってこなかった。私たちはある程度の距離をおいてから、ジルを降ろして休憩を取った。
「ジル……大丈夫? 生きてる?」
「けほ……けほっ……! 生きてます……わ……」
「よかった……!」
満身創痍だけど、ちゃんと生きていた。
カナが使った《天雷》は中級魔法。しかも、ジルの言うところの『精霊の祝福』で威力が上がっている。
普通の人間なら死んでしまうけど、流石は真竜だった。……辛うじて、だけど。
「危うく、三途の川を渡るところでしたわ……。川の向こうで、死んだ真竜たちが手を振っていましたの……」
本当に危ない状況だったらしい。
「《竜闘志》をとっさに発動して、攻撃力の替わりにHP極振りで、なんとか死なずに済みましたわ……。とりあえず、《浄化》《完全治癒》……!」
ヒットポイント極振りというのが私にはぴんと来なかったけど、つまり一瞬だけ真竜の力を発揮して、助かったという訳ね。ジルは説明をしながら、自分自身に治癒魔法をかけた。
上から水が降ってきて、すす汚れを洗い流し、次の魔法で火傷が完全に治る。
「完・全・復・活・ですわ!」
ヒドラと戦う前と、寸分も変わらない姿に戻ったジル。
岩石地帯で、適当な岩に座って反省会が始まった。
§ § § §
「カナさんの雷系魔法は、威力は出てもコントロールが全く出来ない……という事ですのね」
「ホント、すまねえ……」
「いえ……辛うじて生きていましたので、問題はありませんわ。雷系魔法を奨めたのは私の方ですもの。ですけど、アリサさんに当たっていたら……と思うとぞっとしましたわ」
ジルの後半の言葉を聞いて、カナは私の方を向いて顔を真っ青にした。
本当に心配そうに、私を見つめている。今にも泣きそうな表情だ。
「大丈夫だってば。私なら避けれるから」
私の言葉を聞いて、安心して顔色が戻った後、また青くなる。
何故かジルまで真っ青だ。
「流石に《天雷》避けれんのは、バケモンだろ……」
「化けものですわね……」
二人して、また私を人外扱いする。カナもジルも酷い!
私が怒って顔を赤くすると、二人は同時に笑い出した。
笑った事で悲壮感漂う空気が一変、和やかな雰囲気になった。
ジルなんかは、私が爪を刺して悶絶した時と同じくらい、腹を抱えて転げ回っていた。ひとしきり笑うと、真面目な顔になって今回の反省点を切り出した。
「まず、カナさんの雷系ですが……、確かに『魔素』の枯渇は起きませんでしたけど、コントロールがあれでは……正直、実用性はありませんわね」
「そっか……」
「ですので、今まで通り小さい《火球》で牽制しつつ、メインは短剣……というのがよろしいですわね。どうしても強大な敵には、奥の手として巨大魔法を使うという事で」
真っ黒にされながらも、ちゃんと戦力分析をしているジル。
「アリサさんは真竜をも倒せる実力の持ち主ですから、アリサさんを主軸に、カナさんは隙をサポート……私がバフと回復担当という事で、前衛二人後衛一人の構成で……」
「「バフ?」」
「ええと……支援魔法の事ですわ。『地球』という世界では、そう呼ぶのが常識ですの」
「えっ……」
地球に住んでたけど、初めて聞いた単語だった。
多分、RPG用語か何かだろう……というのは予想出来るけど。
「アリサさん……本当に貴女って人は……」
ジルは頭を押さえて、やれやれといった表情になる。
「とにかく、雷系を使えと言った私の失言でしたわ。今回ばかりは謝罪しますわ。これからも今まで通りの戦い方、という事で……」
「ところで、真竜って言ったら……なんだけど。ジルをやっつけちゃったから、カナもドラゴンスレイヤーって事にならない?」
「「……えっ?」」
ジルもカナも目を丸くする。
ジルの正体は真竜。人間状態とはいえ、その真竜を倒したカナは立派なドラゴンスレイヤーのはず。迷宮でも称号を欲しがっていたし。
すると、私の提案にカナが笑い出す。
「そりゃねーよ! いくら聖女サマが魔法で真竜に変身出来るからって、人間倒してドラゴンスレイヤーは名乗れねーわ」
「ですわよ。あの姿なら、《天雷》一発程度では、私は落ちませんわよ」
「地竜以上にありえねーよな」
「……カナさん……流石に私と地竜を比べるのは、酷くありません事?」
結局、ドラゴンスレイヤーの称号の件は、カナ自身の辞退と、ジルの姿が人間状態だった事からお流れになった。名案だと思ったんだけどなあ……。
「それよりも、ヒドラですわ! さっさとあれをぶち殺して、あの禿戦士にたっぷりをご飯を奢らせますわよ!」
やっぱりあの約束、憶えてたんだ。
私としては面倒だから、うやむやにして帰ろうと思っていたんだけど。
「えー……また行くの?」
「当然ですわ!」
結局、二度目のヒドラ討伐に向かう事になった。
§ § § §
結論から言うと、ヒドラは大きいだけで、支援魔法のかかった私一人だけで事足りてしまった。加速された足で避ければ、毒の牙も大した事はなかった。
ただ、斬っても斬っても首が生えてくるから、そこはカナの《火炎付与》がかかった大斬刀で二度と生えないように斬り飛ばした。
「うおおおおおっ! フレイム大斬刀おおおっ!!」
ヒドラの首、最後の一本を斬り落とすと、胴体も地に倒れ伏した。
「これにて一件コンプリート! 私のヒーロータイム終了っ!」
「お疲れさまですわ!」
「よくやった! アリサ!」
「労ってくれるのは嬉しいんだけど、今回の肉体労働……ほとんど、私なんだけど……」
口笛を吹いてごまかす二人。
「ま、いいわ。早く帰りましょ!」
平地へと戻って、アイシーを呼び街へと帰る。
§ § § §
――そして夜も更けぬ内に、ギルドに到着。
ギルドホールでは、冒険者たちが酒盛りをしていた。
「ただいま」
私がそう言うと、一瞬の間を置いて爆笑の渦がホールに広がる。
「ただいまって……まだ半日だぜ、馬でもやっと到着する時間だろ?」
「怖くなって、途中で逃げ帰ったのか?」
「ねえちゃんたち、ヒドラ討伐の証明はどこだよ? まさか、口だけで『倒した』なんて言わねえよな?」
皆が笑う中、ジルが胸元に手を入れると、そこからありえない大きさの『頭』が飛び出した。ヒドラの頭だ。どんっと大きな音を立ててテーブルの上に乗せると、テーブルが重さに耐え切れず粉々になった。
同時に、その場にいる全員の顔面が蒼白になる。
「さあ……約束通り、奢って貰いますわよ……!」
ギルドの請求を受けて、賭けの話をした禿頭の冒険者はとんでもない額に、頭の先まで真っ白になっていた。
ジルの『本気』を見た私が同じ顔色になったのは、言うまでもなかった。