第百十四話 九頭竜
唐突なジルの提案に、私は悩んだ。
カナのためにも、少しでも早く王都に着きたい。でも、カナの魔力が節約出来れば、ジルが倒れずに済んで旅の効率が良くなる。
一体、どうすればいいんだろう……。
「面白そーじゃん。やってみよーぜ!」
私の苦悩をよそに、カナの一声で討伐依頼に行く事が決まった。
「それに一昨日、聖女サマが素材の儲けを使い切っちまったからな。もう一稼ぎしよーぜ!」
それは、私が思ってても言わなかった事!
ジルも、やぶを突いたら蛇が出てきたって顔をして、慣れない口笛を吹いてる。
そんなこんなで、私たちはギルドに行く事になった。
§ § § §
フォアカードのギルドは、大きな街であるにもかかわらず、コバック村のそれより小さかった。レンガで出来た三階建ての建物で、いかにもギルドっていう雰囲気はあったけれど、少々手狭な感じがする。
いつも通り、両開きのスイングドアを開けて入ると、冒険者でごった返している。カウンターは王都やゴレンジと同じで、綺麗なお姉さんが受付に立っていた。同じ組織の施設だけど、土地柄によって少しずつ違いがあるのが面白い。
コバックギルドの眼鏡でイケメンのお兄さんも、格好よかったけどね。
ジルはギルドに入るなり、まっすぐにクエストボードに向かった。冒険者の誰もが、ジルに見惚れてしまう。荒くれ者ばかりの場所に、絶世の美女が突然入ってきたら……誰だって同じ反応をする。私だって、最初はそうだった。
誰もが呆けたような顔をしている中、クエストボードを隅から隅まで確認し、ジルが叫んだ。
「……ありましたわ! Aランク討伐!」
「ジル……確かにスライムや角ウサギじゃ、雷系の威力は測れないけど……Aランクは、いきなり過ぎない?」
「カナさんの炎系の実力を考えれば、このくらいが丁度いいですわ。それに、これ以外の討伐依頼はありませんもの」
ここ、ジャッカ領は迷宮があるため、冒険者は迷宮に篭もりっきり。依頼を受ける冒険者が少なく、そのせいで依頼も少ない。ギルドも、迷宮での戦利品の査定と買取ばかりというのが実情。
討伐依頼があっても、取るに足らない小さな害獣駆除か、いわくだらけの危険過ぎる依頼だけ。今回も依頼書には『ヒドラの討伐依頼』と書いてあって、間違いなく後者の方だ。
それに、ヒドラ……飛竜や地竜と同じ亜竜じゃなかったっけ。仮にも真竜が、同じドラゴンの討伐とかいいのかな。それに『竜神教』の聖女であり、教祖だし。
「うーん……」
私が渋い顔をしていると、何かを察した冒険者が声をかけてきた。斜めがけに細身の長剣を背負った、革鎧の軽戦士だ。
「よう、ねえちゃん。その依頼は十年間、誰も達成した事がねえ最高難易度の依頼だぜ? 女にゃ、どうやったって無理ってもんだ」
女三人のパーティ、無茶な依頼を受けようとする身なりのいい美人、嫌そうな顔をする仲間……。この光景から、どうやら彼は『世間知らずのお嬢様冒険者と、その扱いに困る従者二名』と勘違いしたらしい。
そんな彼に怒りで顔を赤くして、ふくれっ面を見せるジル。
「そんな事ありませんわ! 私たちのパーティでしたら、この程度の依頼はお茶の子さいさいですわ!」
売り言葉に買い言葉で、冒険者に言い放つ。
その怒声を聞いて、ギルド中の冒険者が笑い出す。
「あっはっは! そりゃ、面白え。やれるもんならやってみな!」
「死んでもしらねーぞ? お嬢様はお家に帰って、執事に甘えてりゃいいんだよ」
「達成出来たら、なんでも好きなだけ奢ってやるぜ! まあ、生きて帰れたら……の、話だけどな」
言いたい放題になっている。
特に最後の一言、これがジルに火を付けた。
「ふふふ……『なんでも』ですの?」
「ああ、なんでも奢ってやるぜ!」
「その言葉、お忘れにならないで下さいな。絶っ……対に、討伐して帰ってきて見せますわ!」
「あー、はいはい。だけどよ、こんな別嬪さんに意地張って死なれちゃ、寝覚めってもんが悪いぜ。無理なら無理って、今の内に……」
更にジルを煽る冒険者。テーブル席で、自分の禿頭をなでながら笑っている。
完全に頭に血が上ったジルは、彼の言葉も終わらない内に、破くようにして依頼書を引きはがした。
小走りでカウンターに行き、叩きつけるようにして宣言するジル。
「この依頼、受けますわ! 手続きをお願いします!!」
カナの小手調べのために、Aランクというのはちょっと荷が重過ぎる。それに、九本も首がある竜に、たった三人でどう対処するのかも相談していない。……何もかもが未知数で、挑むのは無謀だと思う。
「この依頼、絶対に成功させますわよ!」
ジルは、本気でやる気になってしまっている。
とりあえず作戦を……と私が提案する前に、カナが私をさえぎって……。
「応ーっ!!」
なんて叫んでいる。これって絶対に、前衛の私がとばっちりを受ける奴だ。今回はジルだけなく、カナも後衛。カナの準備が終わるまで、私が二人を護って戦う事になる。
いっぺんに九本の剣は出せるけど、腕は九本もないよ……私。
§ § § §
不安を残したまま、ヒドラ討伐に向かう私たち。
街の外れでアイシーを呼び、ヒドラが棲まうとされる山へひとっ走り。山は岩山だけど、それ程険しくはなく、すぐに目的の魔物……ヒドラと遭遇出来た。
ここまでは順調なんだけど……。
戦いが始まってすぐに、私の予想は的中した。
ただでさえ強敵なAランクの亜竜。ジル程の埒外の大きさや攻撃力はないけれど、それでも竜だ。
二十メートルの巨体に、九本もの太い首がその体を大きく見せた。
カナの魔法陣が完成するまで、私一人で時間稼ぎ。あらかじめ《加速》の魔法をかけて貰ってるとはいえ、一対九は非常に辛い。
カナはカナで、慣れない雷系の魔法陣を描くのに四苦八苦している。
その間、ずっと剣の腹でモグラ叩き状態。本気を出し過ぎて致命傷を与えたら、雷系の威力を見るという目的が果たせないし、手加減したら三人共丸呑みになってしまう。
それに……。
「アリサさーん! 毒を受けたら、すぐ仰って下さいなー! 治して差し上げますわー!」
「毒って、ちょっと……。そういう事は。先に言ってよね!」
毒まであるらしい。だから、無謀だって言おうとしたのに……!
噛みつかれないよう注意しながら、何本もの鼻先を、何度も剣で叩き返す。かなり、精神的にくるものがある。
「もう……。カナ、まだぁー……?」
私の口から泣き言まで出る始末。もう、めちゃくちゃだった。
カナが魔法陣を完成させると……。
「待たせたな、アリサ。行くぜ……!」
カナが指先から魔力を通すと、黄色い光が魔法陣全体に走り、強烈に輝いた。
「《天雷》あああーっ!!!」
カナの叫びと共に、空が予告もなく曇り出す。
雲と雲の間が何度も光を発して、くぐもった低い音が空を支配した。それと同時に、太く強烈な稲光が地上へと降りそそぐ。
それに遅れて、激しい轟音。
その『サンダー』の名が指す通りの、凄まじい魔法が炸裂した……ジルに。
「ひぃああああぁぁぁーっ!! あばばはばばばばば……!!」
同士討ち。
まさか繊細な操作は苦手って言葉が、こういう意味だったなんて。
ジルはまっ黒焦げになって、私の後ろで倒れてしまった。
「きゃああぁぁっ! ジルーっ!」
「せ……聖女サマ、すまねえっ!!」
これは……非常に不味い。完璧に不利な状態になってしまっている。
ヒドラの首を食い止めながら、私はカナに叫ぶ。
「カナっ! 撤退……、撤退よ!」
私たちはジルを担いで、一目散に逃げ出した。




